第14話 『飛べ』
「出撃可能なのはここに居る全員……後衛組十四人程と、改造兵組がキミと柳ちゃんだけ。些か厳しい戦況ではあるが……」
モニターの前に立つ先生が冷静に状況を告げた。あちこちから生唾を飲み下す音が聞こえ、緊張が伝わってくる。
……見方によっては死にに行くようなものだ。緊張するのも無理もない。だけど、
「大丈夫だよ。誰も、死なせるつもりはない」
俺たちは死ぬために戦場に行くわけではない。ヒナを助ける為に────文句ない、完膚なきまでの大団円を目指して、今から俺たちは戦場に向かうんだ。
「ふふ、そうだな。……対天使用固定砲台の装填も済んでいない。こちらからのバックアップは出来そうにないし、勝機は空翔くんの案だけとなっている。第一目標としては天獄への侵入、それからヒナちゃんの奪還、となっていた……が」
大きく開いたシャッター。それを覆うように、ホログラムの画面が現れる。
そこに映し出されているのは、拡大された天獄。その中心に、ヒナの胸ぐらを掴んで現れた救恤の大天使が見える。
「奴さん自らお出ましだ。天獄への潜入の必要は無くなったらしい。これは嬉しい誤算だな」
「戦力は天使が二体と……下級天使は見えないか。だいぶ俺たち人間のことを嘗めてくれてるらしい。好都合だ」
事実、アイツからしてみれば俺たちなんて取るに足らない存在なのかもしれない。だからこそ、その余裕に漬け込んでやる。
「よし。したら、相手の気が変わらないうちに行こう!」
各自準備を終えたのを確認してから、辺りに声を張り上げる。
「必ず全員で生きて帰って、上手い飯を食う!」
「ははは、いつもの〝人類の為に〟なんて目標に比べると単純明快でわかりやすいな!」
「単純上等! ヘンに意気込むよりよっぽどわかりやすいだろ!」
腹を抱えて笑う先生と、苦笑いを浮かべる仲間たち。でもその表情からはいつもに比べて緊張の色は感じない。
これくらいで良い。これくらいで良いんだ。世界の命運だとか、街の平和だとか。俺たちが背負うには、あまりにも重すぎるから。
大きく息を吸って、吐く。何度となく繰り返してきたいつものルーチン。緊張と、恐怖を押し流すための行為。
しかしそれは、いつもより短く終わった。押し流すだけの恐怖が少なかったからだろうか。
────みんなが付いてくれている。その事実が、こんなにも幸せなことだったなんて。これはきっと、ヒナが居なければ気付けなかったこと。
「……だから、早く助けないとな」
覚悟は決まった。陽も沈み始めている。時間はもう、あまり残されていない。
「────出撃!!」
叫んだ。豪速で景色が過ぎ去り、空の中心に投げ出される。足に後衛組が戦場で使用しているものと同じブースターを身に着けているからか、若干身体が重い。
……それでも文句を言っている暇はない。天獄は、まだ遠いぞ。
始動の勢いを失い、身体が落下を始める。同時に肩甲骨に意識を伸ばし、『SYSTEM:A』を起動。そして、
「結構強く踏むぞ!」
「大丈夫です!!」
ブースターを利用し、丁度足下を陣取って飛行していた後衛組のひとりに確認。膝を畳み、その両肩に足裏を乗せ、
「ご、めんッ!!」
跳躍。勢いよく身体を蹴り飛ばし、更に前へ。
今足に纏っているブースターの容量では、とてもではないが天獄に届かない。そう判断した先生が提案した作戦だ。
カタパルトによる射出の勢いが死に始めたところで、再度跳躍。それにより更に飛行距離を稼ぎ、何とかブースターの容量で天獄に少しでも近づけるようにする、というものだった。
足場役を買って出てくれた隊員は、踏みつけられた勢いで地面に落下していく。
……加減はするな、なんて出撃前に言ってもらったモノだが。それでも、少しやりすぎたかもしれない。
「……愚かだな、人間」
しかし、そんなことを考えてる暇もなくなった。
気味が悪い程によく通る声。救恤の大天使が呆れたように言い放つと同時、天獄の陸に佇む大天使を守るように、隣を飛行していた二体の天使────そのうちの一体が、地上に居る後衛組が放つ妨害の弾丸の雨を掻い潜るように、こちらを目掛けて凄まじい速度で前進を始める。
「部隊長、任せてください!!」
俺の真横を突き抜ける風の音。その音の主は、今回の作戦で唯一空中戦を可能としている柳だった。
腰元から剣を引き抜き、天使を妨害。いつもと違い一対一だから戦いやすいのか、その動きはイキイキしているように見える。
同時、ブースターを起動。何とか跳躍の勢いで前に進んでも、残り目測一キロメートル程────!
『ダメだ、このままじゃ届かない!』
「く、そ、お!!」
届くか、届かないかの瀬戸際。先生曰く、このブースターは八十メートル前後の飛行を想定しているらしい。
無理もない。後衛組が着地の衝撃を殺し、非常時にはその高い起動能力で戦線を離脱する────それくらいの利用法しか想定されていないのだから。
「ヒナ!!」
叫ぶ。それだけでヒナは俺の意図を汲んでくれたのか、何とか大天使の拘束を抜け出し、両手を縛られたまま勢いよく天獄から跳び出した。
────落下を始める俺の身体。それと同じ速度で、地面を目掛けて落ちて行くヒナ。手を伸ばしても届かない。あとほんの数十メートルだってのに。
「飛、ば、せろ────!!」
俺が、空を飛ぶことができたなら。これくらいの距離、なんともないはずなのに。
◇◆◇
『SYSTEM:A』の適応者や、天使たちの翼から放たれる謎の因子は、天使や適応者たちの飛行能力、ならびに『セブンス』や『大天使』連中が異能を発動するのに必要不可欠な成分だと思われる。
あの成分は世界と、この世に生きる人間たちの認識や五感に異常に干渉し、その観測能力を幻覚によって捻じ曲げる効果があることが分かった。
つまりは、『セブンス』や『大天使』の異能、そして適応者と天使の飛行能力は、多くの人間が〝そうである〟と幻覚を真実として認識することで、世界の
この世の現象は多くの人間が観測し、その事実を確認することで成り立っている。シューレディンガーの猫などが良い例だ。
しかしその粒子が見せる幻覚は粒子を放つ者の認識、意思の強さに依存され、その本人が起こりえる、と────〝できる〟と強く信じることが必要である。
以上。牧之瀬 霞『SYSTEM:A』研究資料より抜粋。
空翔がいつまで経っても空を飛べなかった理由。そんなのは簡単だ。
常に彼を見ている隊員の連中が『空翔は飛べるわけがない』と心のどこかで信じて止まず、そして空翔本人が自分は飛べないと下卑していたことにある。
しかし、今。この瞬間、
「飛べ、空翔くん」
「飛んでください、部隊長!」
「飛べ!」
「飛べ!!」
「飛んでくれ!!」
「飛、ば、せろ────!!」
多くの人間が『空翔は飛べる』と信じ、『飛んでくれ』と願い────他ならぬ空翔本人が自分のことを信じ、強く願うことでその条件は満たされた。
そして空翔は、ひとつの幻覚を見る。
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