第12話 『無謀。しかし無策ではなく』
目を覚ます。
身体に走る倦怠感に一瞬ベッドへ身体を戻されそうになったものの、何とか無理やりに起こしてやった。
視界に広がっているのはいつもの病室。ひとりで使うには些か広すぎるように感じる、『SYSTEM:A』の適応者が運ばれてくる病室だった。
枕もとのサイドテーブルに置かれた時計は、午後の五時半を指している。
……あと一時間くらいで陽が沈み始める頃合いだ。
「起きたかね、空翔くん」
聞きなれた声がする。その声に視線が跳ね上がり、窓際に向けられた。
窓際に腰かけ、紙コップを片手に俺を眺める先生。先生はコップの中身をひと口呷り、
「とりあえずはおめでとう。……空を飛ぶ君の姿、とても綺麗だったよ」
「あ、ああ。ありがとう」
思わず素で礼を告げた後、首を即座に横に振る。違う、そうじゃなくて。
「あの後どうなったんだ。先生!!」
「起きた途端にその心配とは……もう少し自分の身体を労わってやったらどうかね」
呆れ気味に先生はため息を吐き、やれやれと首を横に振りながら。壁に立てかけられたパイプ椅子を広げると、気怠そうに腰掛ける。
「あの後キミの活躍のおかげで、天使たちは『天獄』へ帰っていった。まあ、目的であったヒナちゃんを手に入れたから、というのもあるだろうが」
「やっぱりヒナが……」
無力感に拳を握る。俺は結局、何もできなかった。
二人なら飛べる。ソレは紛れもない事実だが────言ってしまえば、ひとりじゃ何もできなかった。
目の前でヒナが連れていかれるのを、俺は眺めているしかなかった。
「例の天使は『大天使』と名付けられ、今までの天使たちより優先して討伐するよう方針が決まった。彼女の名前を聞き出せたのも、キミの功績だな」
「やめてくれ。結局何もできなかった……そんな大したモンじゃない」
謙遜でも何でもない。全部事実だ。あの天使────大天使の戦意と迫力に気圧され、剣を振るうことすらできなかったんだから。
「で、だ。キミに聞かねばならないことがある。キミの翼を撃ち抜いた例の一撃……あの瞬間、キミに何が起こったんだ? キミの見解を聞かせてほしい」
先生の質問は別に興味本位というわけではない。今後の方針を決めるために、先生は真面目に俺に問いを投げているのだ。
────あの瞬間、俺の身体に何が起こったのか。
「……正直、俺もワケがわからない。でも、俺の身体はおかしなことに、あの攻撃を避けちゃいけないって思った」
言うことを聞いてくれない身体。まるで硬直したみたいに身動きが取れず、あの砲撃を受けるしかなかった。
ソレを、確かアイツは、
「確か……天使の
「救恤……」
受け取らないのは……避けるのは無礼、死に値する、とかも言ってたっけ。
身勝手な話だ。受け取った、というよりは無理やり押し付けられたって表現が正しいだろう。
先生は少し考え込むように沈黙を挟むと、憂鬱そうに口を開いた。
「救恤。困っているひとや路頭に迷った人間に、金品なんかを渡すことを言う。近い意味合いとしては、施しなんかがわかりやすいだろうか」
……なるほど。つまり俺はアイツから粒子砲のお恵みを頂いたわけか。心底いらないけど。
「キミたち『セブンス』と同じように、例の大天使たちは異能を持っているのかもしれないな。それ以外説明がつかない」
「その説が濃厚だわなあ」
俺たち人間だってこうして謎の異能を行使してるんだ。アイツらが使えない、なんて決めつける道理はない。
……なんで今まで姿を隠してたんだってところが疑問だけど。嘗められてたのか、俺たち人間は。
話が途切れる。たぶん、先生は状況をまとめるだけの時間が欲しいんだろう。それでも、俺はここで黙ることはできない。
「先生。ヒナを助けたい」
連れ去られたヒナ。あの様子だと、天使の連中からあまり良い扱いを受けてないのはわかりきっている。それなら、助け出すのが当たり前って話だ。
一回助けただけ。けれど、ここまで関わってしまったんだから放っておくのも嫌な話だ。それに、ヒナが俺にしてくれたことが多すぎる。
……だから。ソレがそのお礼になるとは思わない。それでも、何か小さなことが返せるのであれば、俺は。
先生は俺の発言をわかりきっていたように。眉間を指先で押さえると、呆れを隠さずコーヒーを呷る。
「……正直、無謀だと思うんだが。相手には一度、こっぴどく負けているわけだしな」
「わかってる。それでも俺は助けたい」
無謀だなんてわかってる。一度負けた相手に挑むとか馬鹿げた話だ。だけど、
「先生にヒナを助ける手助けをしてもらいたい。力を貸してくれ」
「……勝算は?」
「ないワケじゃない。けど、正直少ないと思ってる」
「それでも信じろと」
小さく頷きを返す。俺にはそう言うことしかできない。
俺ができると信じてくれ。信じて力を貸してくれ。そう願い、まっすぐにぶつかるしか手を知らないから。
先輩ならもっと上手いことやれたのかもしれない。上手く交渉できるかもしれない。
それでも。
『アキトは、無理に〝センパイ〟になることはないんだよ』
ヒナがそう言ってくれた。気づかせてくれた。
だから俺は、みっともなくとも俺のやり方でやってやる。
「……信じて、くれるか?」
考えこむような沈黙が痛い。肌に突き刺さるみたいだった。
俺もひたすらに黙り込み、頭を下げながら布団をただただ見つめて、返事を待つ。しかし意外なことに、
「ふ、ふふ」
返ってきたのは先生の噴き出したような声だった。
思わず頬が引きつり、勢いよく視線が上がる。丁度大爆笑している先生と目が合った。おまけに肩を揺らしながら腹まで抑えて、目尻に涙を浮かべている始末。
「はははは! いや、いやいや。可笑しい話だな。勝算はほとんどない、勝てるかもわからず、キミが最悪死んでしまうかもしれない戦いを信じて協力しろと。ふ、はは」
「そんな笑うことないだろ!? 俺の無様さがそんなにおかしいか!!」
部屋に俺の悲鳴じみた叫びと先生の笑い声だけが部屋に響く。しばらくそれだけの時間が続いて、
「いや、なに。無様なワケじゃなく、随分と変わったなと思っただけだよ。この数時間で人間は変わるモノなんだな」
ようやく落ち着いたのか、先生は目尻の涙を拭いながら。流石に『そういうテンション』で話すことじゃないと判断したのか、何とか笑いを引っ込めた。
「ひとりで抱えすぎないって決めたからな。叱られたし、改めなくちゃいけない」
あそこまでまっすぐに叱られたら、考え方を変えざるを得ない。こんなにまっすぐ向き合ってもらえたのは初めてだったし。
「年下の女の子に叱られて思いなおすとは、情けない話だな」
「うるせえやい」
罵倒するような言葉。しかし、ソレは本心からのモノではないだろう。先生は柔らかな笑みを浮かべていた。
たぶん、俺の変化を喜んでくれている。かなり先生には心配をかけたし、無理もない話だ。先生はひとしきり落ち着けるような呼吸を繰り返した後、ついでとばかりに『仕方ない』と言いたげなため息を吐いて。
「わかった。キミを信じてみよう……が、しかし、少しばかり厳しい戦いになるぞ。『SYSTEM:A』適応者の黒い翼と、空翔くん────『ツヴァイウィング』の翼は別物に見える。もしかしたら、天使たちの翼と同じで陽が沈めば被害を受けてしまうかもしれない。が、絶好のチャンスといえば────ヒナちゃんを連れ帰り油断していて、かつ陽も沈み始めた今しかない」
ツヴァイウィング。なんか知らないうちに名付けられていて驚いたモノだが、とりあえずソレは横に置いておいて、だ。
「……そうだな。普通の黒い翼なら、陽が出てないウチも活動できるのか?」
「いや、試そうと思ったことすらないからわからないな。だいたい天使の襲撃は陽が出ているウチだし……ともあれ、動けたとしても通常の『SYSTEM:A』では大天使に敵わないだろうさ」
……それは確かに言えてる。アレは、今までの天使とは根本から違う────そんな感じがした。恐れく先生のことだから、その辺の解析やらが済んだうえで俺にこうして警告してくれているんだろう。でも。
「わかってる。それでも、勝算はほんの少しだけあって……あくまでもヒナを取り戻せたら、って話になっちまうけど」
「ほう? とりあえず聞かせてもらおうか」
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