第11話 『大天使』

 まずは一体。それで危機に感づいた天使の軍勢、その中の一体が上半身を仰け反らせる。


 粒子砲の予備動作だ。しかし初動を潰せるほどの距離ではない。それなら、


「叩き斬ってやる!」


 剣を縦に構え、なおも前進。同時に粒子砲が放たれ、天使の背骨を利用した刃によって斬り裂きながら熱量の中を進んでいく。


 粒子砲が途切れる。これ以上の攻撃は無意味と今更理解したのか────もう手遅れだ。


 既に身体は天使の懐に。剣は振るわれ、既にその首を斬り落とすべく迫っている。


「シ────!」


 二体目。血しぶきを上げ、地面に落下していく天使を見送ってから、地上の下級天使に弾丸の雨を浴びせていく。


 三体、四体、五体。次々と天使を確実に屠っていく。これならいける。全滅まで持っていける……! 街に、平和を────、


「あまり調子に乗るなよ、人の子」


 そんな俺の舞い上がった思考を、遮る声があった。

 今までの天使たちと同じように。辺りに響くような、脳内に直接語り掛けてくるような声だ。


 その声は俺の遥か背後から聞こえてくる。ゆっくりと振り返ってやると、視界の先にソイツは居た。


 鳥肌が立つ。俺の身体が、コイツからは逃げるべきだと警報を鳴らす。それほどまでに、周りの天使たちとソイツは段違いだった。


 迫力からして違う。天使と俺たち『SYSTEM:A』が放つ謎の因子。その質量からして違い、振りまく死の気配が吐き気を催すほどに強い。


 背中に生やすのは一対の翼。その翼も、他の天使と比べひと回り近く大きい気がする。


 そして、特徴的なのはその目だ。その瞳に、機械的な色は一切なく。しっかりとした感情が、人間とほとんど変わりないモノが、宿っている。


『あの、ヒト……』


 ヒナから恐怖が伝わってくる。自然と剣を握る手が震え、奥歯がカチカチと音を立て始めた。


 無理もない。恐怖しているのは、今ひとつになっているヒナだけじゃなく。俺までも、目の前の未知の存在に恐怖しているのだから。


「アンタは、なんだ」


 問いを投げた。あっちから馴染みのある言語で話しかけてきたんだ、俺たちの言葉が通じないということはないだろう。


「……私はガブリエル。貴様らが『天使』と呼んでいる存在を超越した存在────そうだな。『救恤きゅうじゅつ』の大天使、とでも名乗っておこうか」

「大天使────」


 なるほど、とひとり納得。天使の連中を超越した存在だというのなら、周りの奴らと何もかもがけた違いだと思うのも無理もない。


 俺の言葉を聞いて、ガブリエルと名乗った大天使は俺の瞳を覗き込むように。寒気を催すほどに、見惚れてしまう程にまっすぐな視線を俺の瞳を覗き込むように向けてきた。


 ……いや、違う。正確には俺の中身を覗き込んでいる。俺の中にいる、ヒナを。


「にしてもそんなところに居たとはな、片翼。てっきり、もう死んだと思ったものだが」


 呆れたような声。ため息交じりの言葉を皮切りに、ソイツは掌を俺たちに向けてきた。


 殺意が満ちる。周りの時が停止されたと勘違いするほどの、濃密な殺意。ソレが、俺の一身に浴びせられている。


 収束する粒子。掌に眩い程の光が走り、そして。


「とりあえず、返してもらおうか」


 それは放たれた。


 天使たちの放つ粒子砲と同じ。熱量の差異はほとんどない。しかし、速度は通常の天使より遥かに遅い────だと、いうのに。


 おかしい。身体が動かない。


 否。避けようという意思が湧かないのだ。この攻撃を、避けてはいけないと錯覚してしまう程に。


「天使の救恤を避けようと思うなど無礼な話だ。死に値する……が」


 迫る砲撃。身体が、思うように動かない。

 光が視界を焼き、熱が頬を撫ぜる。焦燥感が胸に満ち、ロクに呼吸すらさせてくれない。


「ソレをここまで連れてきてくれた礼だ。今回は、命だけは助けてやる。おまえなど、いつでも処理できるからな」


 俺にできることは、その状況を見守ることだけ。

 身動きすら取れず、俺の左の翼が粒子砲によって撃ち抜かれ。強制的に、俺とヒナの融合が解除された。


 手を伸ばす。手を伸ばす。手を、伸ばす。


 落下していく景色。身体から、ヒナという存在が抜け落ちていく感覚。いくら手を伸ばしても、握りしめても、指の間からすり抜けていく。


「ヒ、ナ────」


 最後に俺が視界に収めたのは、眠るように、静かに目を瞑るヒナと。

 楽しそうに、笑顔に顔を歪めるガブリエルだった。


 意識が、暗転する────。

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