第4話 『お飾り隊長のネーミングセンス』

「で、あんな大見得を張って出て行ったのにも関わらずわたしを頼った、と。ふははは、どこまでも格好悪い男だなあキミは!」

「こうやって揶揄われるのがわかってたから嫌だったんだよ畜生!!」


 ホント、ホントに最終手段だと思ってたのに。俺の交友関係の狭さがこんなところで出るとは思わなかった。

 だって仕方ないじゃん? こういう時に相談できるのなんて先生しかいないじゃん? もう当分来ねえよ、なんてカッコつけた手前顔出しづらかったさ俺だって!!

 なんて顔を真っ赤にしながら内心愚痴る。口に出したところで揶揄いが加速するだけなんで黙っておく。畜生。

 件の片翼の少女はと言うと、俺の家でもそうしていたように部屋中を見まわすので忙しい。心なしか俺の家に居た時より、ほんの少し楽し気に見える。

 まあそれもそのはずだ。俺の部屋に比べて物が多い────その大部分が本だけど────し、本の山の下には何に使うのかすらわからないような開発品の残骸が見える。見てるだけでも結構楽しめるというもの。ホント、いつになったらこのひとは部屋を片付けるんだろう。毎度汚くなっていることは有れど、綺麗な状態を見たことがない気がする。


「にしても部屋に女の子を連れ込んでコーヒーに煙草とは最低だね。キミが口を開く度にドブの匂いがするよ。う〇こ臭い」

「女のひとがう〇ことか言うもんじゃないよ……悪かったな最低で」


 俺だって緊張してたんだよ。だって天使と一対一で密室だぞ? いつも通りの自分を装うように、いつも通りの行動に出るくらいしか誤魔化す方法がなかったんだから。

 そんな言い訳も俺の中に消えていく。でも先生の口撃は止まらない。


「そうか……そうかあ。とうとう、こんな幼気な少女に手を出したか……女っ気がないとは思っていたが」

「幼気ってナリじゃねーだろ! 見たところ十七かそこらだし手も出してねえ!!」

「いやしかし天使は肉体年齢と中身が沿わない可能性もあるだろうし合法か……?」

「少しは俺の話を聞いてくんねえ?」


 全くひとの話を聞かないヤツだ。困る。ホントに困る。しかもそれを楽しんでるんだからタチが悪い。先生が男なら拳のひとつや二つ飛んでいたところだ。

 そんなこんなで先生は満足したのか、さて、なんて前置きをして。ほんの少し上体を前に倒すと、俺の隣に座っている少女と視線を合わせた。


「キミは人間じゃなく天使。それは間違いないね?」

「……たぶん、そう。だよね?」


 二人の視線が俺に向いた。いや俺に聞かれても困る。問いに問いを返すな。しかも俺に。

 とはいえ黙っていても状況は前に進まない。今日何度目かわからないため息と共に、ゆっくりと口を開いた。


「そうだな。片方だけとはいえ、翼も生えてるし。この子が言ってることが本当なら、『天獄』から落ちてきたらしいし────天使だとみて、間違いはないと思う」

「ふむ、そうか。あそこから」


 言いながら、また先生の視線が少女に向く。今度は少女の両腕を取りながら、観察するような色を乗せて。


「天使にしては再生速度が遅すぎる。空翔くん、この子が暴行を加えられていたのは陽が沈み始めた頃で間違いないんだね?」

「ああ。五時半ごろで間違いない。ここを出て少し経った頃だった」

「……だとしたらこれくらいの痣は、普通の天使ならとっくに完治しているはずだ。日頃から相対しているキミなら、奴らの再生速度は知っているだろう?」


 確かに、そう言われてみれば。

 天使の再生速度は恐ろしいモノだ。首が繋がっている限り、腕が吹き飛んでもすぐに生え変わる程度に。

 しかも特殊な武器や、俺たちのような改造兵────『SYSTEM:A』の適応者じゃないと傷つけられないときた。

 しかし少女の腕には、未だに痛々しい痣がくっきりと残っている。再生が始まる気配すらない。


「言われてみれば、確かにおかしいよな」

「だろう? 『SYSTEM:A』の適応者として……『セブンス』として、キミは何か感じないのか?」


 先生の若干期待が入り混じったような、そうでないような視線がこちらに向いた。ほんの少しの間を置いて、改めて少女を見つめてみる。

 困惑の色が揺れる、青い瞳。洗ったおかげかほんの少し毛並みが良くなった茶髪と、小さくなった翼────。

 ……正直、改めて見てみても何も感じないしわからない。ただ、


「なんだろ……少し、天使って感じの気配が弱い気がする」


 存在感、とも言うべきだろうか。戦場では嫌と言うほど感じるソレが、少女からはあまり感じられない。気迫がない、というか、怖くない、というか……なんと表現するべきか迷う。


「そうか……まあ、キミにしては上出来な回答だ。他とは明確に違う、と言うことがわかればいい」

「……悪かったな」


 上出来だ、なんて言いつつも先生の言葉にはため息が混ざっている。簡単に言えば頗る不満げ。んなこと言ったって、わからないものはしょうがないじゃないか。

 その不満を払拭するかのように、先生が煙草を咥えて火をつける。机の上に転がっている包みの残骸が二つ近く増えていて、相変わらず良く吸うひとだなあ、なんて思ったところで、俺の服の裾が引かれた。


「……ん?」


 その犯人は、無論先生ではない。隣に座っている少女だった。

 間抜けな声と一緒に視線を向けると、少女のまっすぐな視線とかち合う。


「……私は、違うの?」


 同時に放たれた言葉。そこには珍しく、強い感情が込められていた。

 恐怖と、困惑。あまりよくない色を孕んで、その瞳が小さく揺れている。……すぐさま返答が出てこない。そんな俺を畳みかけるように、少女は更に口を開いた。


「私は、他とは違うの?」


 まるで、そのこと自体に恐怖を抱いているかのようだった。周りとは違う、自分は異常だ────そのことが怖くて怖くて、仕方がないみたいに。

 先生に助けを求める視線を向ける。あまり期待こそはしていなかったが、見事に笑顔で受け流された。


「あーーー」


 ……なんと言うべきだろう。ただでさえ口下手だと自負しているのに、ここまで潤んだ目を向けられると困る。正直今にも逃げ出したい気分だった。


「っと、そのだな」


 これ以上誤魔化しは効かない。逃げられない。

 どうにか言葉をまとめつつ、大きな呼吸。習慣というのは恐ろしいもので、それだけで何とか落ち着きを取り戻してくれた。


「……確かに、キミは他の天使とは違う。でも別に、悪い違いじゃない」


 どうすれば少女を落ち着けられるだろうか。考え、悩み果てた結果、頭を撫でてやる、なんて顔がいいヤツ以外がすれば迷惑極まりない行為に落ち着いた。


「他の天使はめっちゃ怖い。対面すると気を失いそうになるくらいに怖い。でもな、キミはそうじゃない。それだけだ」


 自分で言っておきながら恥ずかしくなってきた。思わず咳払い。たぶん誤魔化しきれてないけど。

 その証拠に先生はにやり、といつもの揶揄うような、怪しげな笑みを浮かべて、


「まあキミにしては良かったよ。及第点といったところかな。流石、初陣で天使を前に気を失った男は言うことが違う」

「うるせえな。それに、あの時は先輩が────」


 言い訳を並べかけて、口を噤む。情けないしあんまカッコいいことを言えてなかった自覚はある。言われんでもわかってる。穴があったら入りたい。ないなら自分で掘り起こすレベルに。

 ……それに、あの時のことは先生に言い訳しても仕方がない。覚えてないだろうし。


「で、その子はどうするつもりなんだ?」


 照れくさくて死にそうな俺に気を遣ってか、先生はずっと目を逸らし続けてきた問いを投げてきた。

 そう、ソレが一番問題だ。照れくさくて死にたくなってる暇はない。


「そうなんだよな、そこなんだよ」

「天獄に返すにしても、連中は全くもってこっちの話を聞いてくれないからな。対話すらできないというのに、ソレは些か難問すぎる」


 出会い頭に決まり文句である、粛清だなんだって言葉を一方的に捲し立てたあと、すぐさま戦闘開始だ。ロクに会話した覚えがない。

 そんな連中の目の前にこの子を抱えて出ていく、だなんて想像をしてみろ。二秒で俺の首から上が吹き飛んだぞ。


「キミも苦労してわたしの部屋に連れてきた甲斐がないだろうしな」

「……まあ、ココの人通りのない場所はだいたい把握してるし。そんな苦労もしなかったよ」

「ああ、キミがいつもアレをしている場所か」

「うるさいなあ!!」


 ホンットこのひとは会話のうちに定期的に俺を揶揄わないと気が済まないみたいだ。だから話してて疲れるんだよ、本当に。

 しかも会話が前に進まない。進路を取れ。マジでこのままだと日付が変わっても駄弁ってそうだ。


「……それを相談しにここに来たんだよ。ようやく本題に入れた」

「どっかの誰かが話を逸らすから」

「大概アンタのせいだからな」


 先生と話していると話題が逸れまくっていけない。関東支部では『霞先生とまともに話をできるのは部隊長だけ』なんて噂が流れているが、全くの嘘だ。進路を取るどころか荒波に揉まれている。勘弁してほしい。

 数秒の間が空く。あまりにも会話が難航しすぎて、思わず頭をぼりぼりと掻きむしる。そんな俺を笑い飛ばしながら煙草の火をもみ消し、さも当然のように、


「キミの家で預かればいいじゃないか」


 とんでもないことを言いやがる。何言ってるんだこの人は。


「んなことできっかよ。翼はどうすんだ翼は。陽が出てると結構大きいんだぞこれ」

「わたしが翼を隠す為の機械やら開発すればいいんだろう? ひと晩あれば十分だ」


 しかもすぐさま解決策が飛んでくると来た。これだから根っからの天才は困る。ホントなんなんだこのひとは。

 さらりと言いのけた先生は何やらどや顔。ふはは、なんて高笑いまでし始めそうな勢いだ。天才なんだけど中身は残念だから、案外世界ってのは上手く釣り合いを取ってるのかもしれない。

 そんなどうしようもない会話を繰り返していると、またもや俺の服の裾がくい、と控えめに引かれた。配慮が足りず、疎外感を感じていたのかもしれない。申し訳ないことをしたな、なんて思っていたものだが、


「それに、その子はキミに懐いているようだ。キミのところで預かった方が、何かと都合がいいだろう?」

「そうかあ……?」


 その真実は違ったらしい。少女の表情は俯いて見えないが、先生の目にはそういう映り方をしたらしく。懐かれるのは悪い気はしないが、少しばかり先生の色眼鏡が入りすぎている気もしないでもない。


「と、いうわけだ。この子は一晩ウチで預かろう……我慢できるね?」


 最後の問いは少女に対して。問いを受けて、視線を俯かせたまま小さく頷いてみせる。

 そして数秒の沈黙。原因はと言えば、何やら先生が口ごもっているからだ。何か言いたいことでもあるんだろうか。


「どうかしたか、先生?」


 とりあえず、少しでも話しやすいように問いを。もしかしたら少女に対する大きな問題でも見つかったのかもしれない。

 気持ち身構え、返事を待つ。ほんの少しだけ頭を掻きむしった後、先生は「いやな?」なんて前置きをして、


「いつまでもその子、とか少女、とか呼びづらくないか……? いい加減その辺、どうにかしよう。言うタイミングをずっと伺ってたんだ」

「あー、なるほど、確かに」


 言われてみればそうかもしれない。呼び名が存在しないのは何かと不便だ。この子が名前を思い出してくれるのが一番良いんだが、ソレがいつになるのかはわからない。思い出すまで『おい』だとか、『キミ』だとか呼び続けるのもなかなかにアレだ。


「というわけでわたしが名付け親になろう。感謝したまえ」

「いやいや先生はダメだ。ダメだろ。俺が、俺が何とかする」


 先生に名前をつけさせてはいけない。先生のネーミングセンスは……その、なんだ。精一杯のオブラートに包ませていただくとすれば、なかなかにアレなのだ。

 先生は関東支部の技術顧問の地位を持っているものだが、『SYSTEM:A』を作り上げた時の最初の呼び名といえば、なかなかに酷かったらしい。

 人類の存続の危機だというのに、会議の場が『ソレはちょっと……』なんて凍り付いたほどだ。俺はその現場に居たワケではないから、良くは知らないけど。

 不満げな先生にガン無視をキメて、思考を回す。名前……名前。こうやって改めて考えると、なかなかに難しいモノだ。

 しかも少女から期待の眼差しが飛んでくると来た。思わず目を逸らし、凄まじいプレッシャーに頬が引きつる。

 何だろう。この少女から向けられる感情は、よくも悪くも純粋なのだ。生まれたての赤ん坊、というか。翼が生えてるし、雛鳥とでも────。


「……ヒナ」


 それだ。雛鳥。自分の思考にぽん、と手を合わせ、なかなかの妙案が口から漏れる。思考と口が直結するのはあまりよろしくない。

 まあしかし、なかなかにこの少女にぴったりだろう。名は体を示す、とも言うし。この場合は逆になるわけだが。


「……それはもしやとは思うが、雛鳥の『ヒナ』とか言わないだろうな?」

「え、ああ……その通りだけど」


 しかし妙案と思っていたのは俺だけのようで。先生は大きく息を吐き出して、俺の肩にぽん、と掌を乗せてくる。生暖かい視線までついてきた。


「キミのネーミングセンスも結構アレじゃないか」

「その同情の目やめない?」


 同志を見つけたような目、とも言える。なかなかに気持ちが悪いからやめてほしい。居心地も頗る悪い。なんだこれ気持ちが悪いな。


「仕方ない……考え直すか。こういうセンスが俺にもあったんならなあ」


 漏れるのは憂鬱気味な言葉。評価が芳しくないなら仕方ない。別のを考えるか、なんて頭を抱えたのと、同時。


「良い」


 ほんの少し大きめな主張と、俺の顔を覗き込んでくる少女のまっすぐな瞳が、思考をせき止めた。

 思わずだんまり。驚きのあまり声が出ない、と言うのが正解か。


「……アナタが、私のことを思って考えてくれた名前なら、それが良い」

「お、おお」


 正直圧倒される。まさかここまでこの名前に賛成されるとは思わなかったし。何より、嘘偽りなく喜んでくれているように見えたのが驚きで、尚且つ嬉しかった。


「……じゃあ、ヒナで」


 そんなこんなで、少女の名前が決まった。ホントに良いんだろうか、こんな由来で。

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