第2話 『俺は、』
対『天使』殲滅機動部隊極東第壱支部。街の復興が難航する中でも、常に小綺麗に保たれている施設だ。
それもそのはずで、この施設は今の人類にとって生命線。天使に対する武具の製作や研究、兵隊の治療、それから世界各地との連携と雑に並べても、どれも今の世界を救うには必要な事ばかりが行われている場所なワケで。ここが滅んだ日には、三日も経たず関東地区は終わると思っていい。
そんな最新施設の医療室から出て、身体の調子を確かめるべく肩を回す。診断結果としては、至って正常。つい二時間ほど前にへし折られた肋骨と右腕は既に修復が終了しており、出撃前の肉体と相違ない。
「またやっちまったなあ……」
誰に聞かせるわけでもなく、人通りの多い廊下を歩きながら独りごちる。
部隊長。そんな大それた階級を与えられてから、早いこと三か月が経過した。桜の咲き始めだ、今年こそは花見をしよう、なんて騒いでいたのに、今じゃ外ではやかましくセミが鳴き叫んでいる。きっと子孫を残すのに必死なんだ。人間と一緒で。
医療室での簡単な診察が終わった次は、技術顧問兼担当医師との面談。この三か月怪我をしなかった出撃はないし、この流れも慣れたものだ。
医療室が立ち並ぶ区域から、歩いておよそ五分ほど。油の匂いと機械音が目立つようになり始めたそこに目的の部屋はある。
研究・開発区域なんてわかりやすい名前で呼ばれる一帯でも、一番端。よっぽど予定でもない限り訪れない場所。長々と歩いてきた廊下の突き当りの壁にある、ひと際目立つデザインをした扉が俺の目的地だ。
小綺麗な白い壁に対し、赤い縁取りがされた黒い扉。その中央には天使の翼を両側に携えた人骨のデザインが施されており、慣れたはずの俺でもこの扉をノックするのは一瞬躊躇ってしまう。
大きく息を吸って、吐き出す。緊張や不安なんかを吐き出すルーチンを数度繰り返してから、コンコン、と、辺りにノックの乾いた音を響かせた。
「ン、入りたまえ」
何秒か沈黙が流れた後、扉の向こう側から返答がある。それだけ聞いて、見た目の割に軽い扉を開いた。
真っ先に飛び込んでくるのは無数の本。天井にぶら下がる電球以外に高原を確保していない部屋の床に、無数の本が転がっている。
部屋の右手、正面、扉の脇と威圧感を放つほどに本棚が並んでいるのにも関わらず、足の踏み場がない────と表現するのは少し大げさな気もするけど────程に、乱雑に本が転がっているのだ。
何度見ても目を見張る。これだけの量の本をすべて覚えている、なんてここの部屋の主は言うんだから更に驚きだった。
「扉の前に立ってからノックまで約十五秒。少しは進歩したかな?」
「毎度ながらそうやってひとの観察してるんなら声をかけてくれよ、先生」
唯一本棚が存在しない左手側の壁。そこには無数のモニターが有り、その正面にローラー付きの椅子に深く腰を掛けた白衣の女がいる。
名を
若くしてこの極東第一支部の技術顧問まで上り詰め、医療の知識もあるためか俺の担当医師まで任されている。
……まあ技術顧問としての仕事の方が忙しすぎて、俺の診断なんてほとんどしたことがないワケだが。
「わたしはキミの成長を願っているからね。その芽を摘むようなことはしたくないんだ」
「嘘言え。面白がってるだけだろ」
「そうとも言う」
いや実際そうとしか言わない。そうとも言うじゃねえ。
ただでさえ『落ちこぼれ部隊長』だとか『お飾り隊長』だとか、あまり良い目で見られてないんだから。これ以上悪い噂を流すような真似はやめて頂きたい。実際ここの扉の前に突っ立ってる時の視線の痛さったらない。
「まあ、とりあえず立ってないで座って。一本どうだい?」
視線に従い、目の前の椅子に腰を掛けるなり、煙草を差し出してきた。銘柄はラッキーストライクのソフトパッケージ。
「……いや、良い。自分のあるし、ソレ俺には合わない」
「そうかい?」
言葉と裏腹に、声音に残念そうな色は一切ない。これは毎度恒例のやり取りで、最近このやり取りから俺の何かを読み取っているんじゃないかと思い始めてしまったほどだ。
先生は飛び出した一本の煙草のフィルターを咥え、白衣のポケットから取り出したジッポーライターで火をつける。キン、と甲高い音が響いたあと、ほぼ同時に独特な煙の香りが部屋に充満した。
「キミは良いのか? 長い診断で禁断症状も出ている頃だろう」
「いや別にそこまで依存はしてねえよ。……まあ、吸うけど」
吸っていいというのなら遠慮なく。研究区域や医療区域では取り扱っているモノがモノなだけに、基本全面禁煙なのだが。どういうワケか、先生の部屋ではそれが適応されない。VIP待遇というヤツだろーか。
機動部隊の制服、その胸ポケットからインスタントライターとマールボロのメンソールを取り出し、一本咥えて火をつける。
口の中に広がる清涼感と、程よいニコチンの感覚に目を細め、目いっぱいに肺に取り込んだ煙を吐き出した。何となく、煙と一緒に疲労感が吐き出された気がする。
「で、容態は? もうなんともないのかね?」
「ソレを聞く前に煙草を勧めるなよ、俺の担当医師だろうが……」
「応えはわかりきっているからね。どうせなんの異常もなく、出撃前と変わらない」
形だけでも聞いておかないと立場が危ういからね、なんて煙を吐き出しながら、気だるげな先生。
確かに身体に異常はないし、先生の言う通りなんだけども。
「にしても、毎度のことながら『セブンス』の回復力は目を見張るものがあるな。もはや人間離れしすぎて気持ちが悪い」
「その人間離れした気持ち悪い存在を作ったのは先生だぞ」
「ははは」
笑って流された。視線まで逃げていく。この人はもう。
人間に天使の身体の一部────羽根を数枚移植し、天使と同等の戦闘力、飛行能力を人間にもたらす技術。通称、『SYSTEM:A』。
先生の〝技術顧問〟という地位は、俺の部隊長、なんてお飾りだけのモノとは大違いで、その功績は大きい。
……いや、大きすぎる、と言っても過言ではない。
その『SYSTEM:A』は先生の開発した技術のひとつで、色々とうるさかった世間からの批難、中傷を掻い潜り、人体に極力影響を及ぼさない形でその研究を成功。しかし適合する人間と適合を持たない人間がいる、なんて問題すらも、新たに天使の肉体を使った銃弾や剣なんかを作り上げることで解決して見せた。
今俺たちが生きていられるのはこのひとのおかげと言っても大袈裟じゃない程に。このひとの功績は大きすぎる。まあそんな先生でも、たったひとつだけ、予想していなかった研究の穴があったのだが。
……まるで俺とは対照的なひとだ。ほんの少し、胸が痛くなる。
「その顔はくだらないことを考えている時の顔だな」
煙と共に吐き出された、図星を突く言葉。それから、全てを見透かすような深い瞳が俺の俯く顔を覗き込んできた。
先生はもうひと口煙を吸い込み、吐き出すだけの時間を取って。ゆっくりと口を開く。
「そう気にすることはないさ。誰も、キミが早々に『強欲』と適応するとは思ってないよ」
「それって誰も俺に期待すらしてないってことだろ」
自分でも嫌になるほど、厭味ったらしい言葉だった。
後味が悪くなって、煙の清涼感で口の中を誤魔化す。対して先生は気にも留めた様子はなく、いつもの怪しげな笑みを浮かべている。
「そういう意味で言ったわけじゃない。そんなに気負って折れるなよ、って言ったんだ」
……わかってる。そんなことは、わかってるけど。
それでも、周りから向けられる目が痛くてしょうがない。誰も先生みたいに言ってくれるひとばかりじゃなくて。まるで、全身に針を刺されているような感覚だった。
ひとつひとつは大した痛みじゃない。それでも、塵も積もれば……なんてよく言ったもので、僅かな痛みでも集まれば俺の心を傷つけていく。
だから、先生の優しさが傷に染みて。余計に痛い。
「……俺は飛べないし、指揮も取れない。発現するはずの異能すら、まだ」
ないモノばかりだった。挙げ始めればキリがない。
なるほど、周りが俺のことをお飾りだとか言うのもわかるって話だ。きっと、俺だって似たようなヤツを見れば同じことを言うだろう。
「……俺は、先輩とは違う」
決まって吐き出される弱音の終着。いつも俺は、ここに行きつく。
対『天使』殲滅機動部隊極東第一支部。その、先代隊長。俺の背中を常に押してくれたそのひとも、俺と対照的で……前向きで、優秀なひとだった。そんなひとに目をかけられてたのが、ワケがわからないくらいに。なんで俺なんかが、と毎日のように思っていた。
沈黙が続く。先生は毎度俺の愚痴を黙って受け入れ、何も言うことなく。ただただ煙草を吹かして、何処か遠くを眺めているだけ。
「……悪い、聞かなかったことにしてくれ」
これもまた、俺の決まり文句だった。あまり聞いていて気持ちがいい話ではないし。早めに忘れてもらったほうが、俺の精神的にも助かるってモノだ。
男は古来から女に弱い姿を見られたくないものだ。なんて、自分の羞恥に無理やり理由をつけて押し流してみる。
気まずさに負けて、火種を灰皿に擦り付けて揉み消しながら立ち上がる。丁度同時に先生は二本目の煙草を咥えて火をつけたところだった。
先生に背中を向けて、逃げるように扉に手をかけた。同時に、
「最後に一応、ひとつだけ訂正しておこう」
そんな言葉を背中に投げつけられ、歩みが止まった。ドアノブを握りしめたまま、視線だけで言葉の続きを促してやる。
「誰も期待していない、というのは間違いだ。一度も空を飛べなかった雛鳥が、大きく羽ばたく瞬間────わたしは期待しているよ。嫌になったらまたこうして、ここに一服しに来ればいい」
「……、……」
顔が熱くなっていくのがわかる。胸にこみ上げた感情を何とか飲み込み、落ち着かせるために大きく呼吸を繰り返し、
「うるせえ。もう当分来ねえよ」
……やっと吐き出されたのは、そんな情けない、照れ隠しの言葉だったわけだが。本当に、情けない。
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