二律背反を崩す者

流石に語りっぱなしで喉が渇き、時間的にも夕食時になったためトロンを追って食堂に向かうとやや時間を外していたのか夕食を済ませて席を立つ生徒がちらほら見受けられ丁度良く疎らになっていた。


「ここ、いいかな?」


人の少ない食堂を見渡してトロンを見つけると向かいに座る。


「いらっしゃい、注文はなんにする?」


「あ、それじゃあ俺は日替わりのチキングリルセットを」


「僕はサンドイッチのセットで」


席を確保するとすぐにウエイトレスが注文を取りに来たので立て掛けられた看板の一番上に書いてある日替わりのメニューを注文する。


「日替わりとサンドイッチね、少々お待ち下さい!」


元気よく注文を復唱すると慣れた足取りで厨房へ引っ込んでいく。


話しながら待つこと、しばらくして注文した料理が運ばれてくる。

パンとスープとパスタ、それにサラダ付きのチキングリルといったラインナップのそれはシンプルながらも量が多くお財布にも優しい値段というこれぞ学生向けとでも言うべき安い、多い、それなりに美味しいというモノだ。


「お、きたきた。とりあえず食べながら話そうか」


メインのグリルをナイフで切り分け一口頬張る。


「……美味い!」


予想外の旨味に思わず声が出る。


プリプリの皮脂の食感にジューシーで甘味の強く柔らかい肉質、ともすればクドい味になりそうなところを塩気のあるソースが引き締める。


下手をすれば前世含めて三十路過ぎまで生きてきた中でトップに入るかもしれない。


「嬉しい事いってくれるね。名物の絶叫鳥スクリームバードだよ、苦手って言う人も多いけど気に入ってくれたみたいだね!」


(スクリームバード?マンドラゴラみたいなものか?なんにしても美味い。米が欲しくなる味だ)


ウエイトレスの反応に一部疑問を感じるような気がしたが、絶叫鳥というらしい鳥肉を飲み込むとすかさず二切れに手を出してその味に舌鼓を打つ。

そのままの勢いで濃い味をオカズにパンを一口齧ると少しボソボソで風味の強い味が適度に油を吸収してマイルドにすると同時に食感にアクセントをつけてくれる。そしてやや重たくなった口の中をスープで洗い流すと自然にふぅっと息がでる。


そこからパスタを食べようとフォークとスプーンを手に取りソースと麺を絡めようと搔き回すと……。


「ん?どうしたんだ、そんなに見つめて」


「いや、ちょっと……」


なぜかトロンの視線が混ぜているパスタに向けられている。


「欲しいの?まだ口をつけていないから要るなら少し位分けるけど」


そう言ってフォークで巻き取ったパスタを持ち上げると鉤爪の義手でサンドイッチを持ち、リスのようにハミハミと齧りながら否定する。


「い、いや別に……。そんなことよりもほら、コレからどうしていくの?」


「ん、そうだな。とりあえずソッチの薬品とかについては詳しく聞かせてほしい」


一応、今回の魔剣の掘り出しと移設に関して学園側から報酬が出ることになっているのでそれ次第ではあるもののまとまった資金にしてトロンに爆薬を量産してもらいたい。

しかし、まだ決心がつかないのかトロンは渋い顔をしながら黙り込む。


「さっきも言ったけど他の誰にも真似できないなんだから凄く期待しているよ。俺でできることなら手伝うし」


「そんな簡単に言わないでよ……。爆発するのが怖くないの?それにそうでなくても分量を間違えたモノが跳ねると危ないのに……」


食べかけのサンドイッチを皿に戻しながらトロンはそう告げる。


「俺の適正は土魔法だからどうしても気になるようなら塹壕を掘って傀儡生成モデリング・ドールを使えば安全だし」


せっかく異世界に来て土魔法が使えるのだからとロボット風ゴーレムを作るためにメイに頼み込んで練習したものの、結局身につかなかった魔法。それでも一部分は、具体的に言うと某龍を探すRPGのやたら仲間を呼ぶ経験値稼ぎの代名詞の如く腕だけを作って動かすことはどうにか習得できたため、それを使ってマニピュレータの真似事程度のことは充分できる。


「いや、君はいったいどこで作るつもりなのさ……」


呆れたようにトロンは鉤爪を額にあててぼやくが、実際危険な薬品の取り扱いは専用の場所で換気を行いながらフェイスシールド等でキッチリガードした上でやらなければひどいことになるのは重々承知している。

実際、横着して体を壊したものを何人も見てきた身としてはいくら経験者の監督の下としても屋内で素人が無防備にやるのは流石に憚られる。


「まぁまぁ、とりあえず明日お金入ると思うしそこからだね」


そこまで言ってパンとパスタを追加注文する。


「まだ食べるの?」


「違う違う、こうするのさ」


ナイフでパンに切れ込みを入れ、その間にパスタを詰め込む。

そうして完成したナポリタンパンもどきをトロンに差し出すと信じられないような目をされる。


「……なにこれ」


「いや、欲しそうにしてたから食べやすくしてみた」


多分、鉤爪だとフォークを摘むのが難しいんだろうと予想して作ったソレに向けられるトロンの視線は胡乱げを通り越してコチラの正気を疑うかのようだった。


(まぁ炭水化物と炭水化物ってのは昔は拒否感が強いって聞いたことあるからある意味仕方ないかな)


流石にお節介が過ぎたかと処理をしに手を伸ばそうとするとトロンが両手でナポリタンパンもどきを掻っ攫う。


「……いただく」


そう言ってサンドイッチと同様にモソモソと咀嚼すると急に目をカッと見開き、一口二口と食べ進めていく。


「なかなかイケるでしょ?無理そうなものでも案外やってみればどうにかなるもんだよ」


というわけで一つ協力お願いしますと再度頼みこむ。 

するとトロンは頬張ったナポリタンパンもどきをゴクリと飲み下して少し迷うように視線を泳がせるが、やがてコチラを見据える。


「……わかった。でもどうなっても知らないからね」



こうして食堂の一画で俺は楽隠居への新たな一歩を進ませるのだった。

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