閑話 教師たちの楽肴

「ふぅ、この辺りで今日は終わりにしますか」


「学園長、お疲れ様です」


ジュノが執務室で何本かの書類の塔を決済し、目頭を指でマッサージすると近くで手伝ってくれていたラギアから労いの言葉を受ける。


「ラギア先生もこんな時間まで付き合わせてしまいましたね」


「いえいえ、かわいいアイツの為ですしこのくらいは……」


規定業務時間はとっくに過ぎ、日も落ちて夜の帳が降りてなお手伝ってくれた事にジュノが感謝を述べるとラギアは軽く謙遜する。


「それに例の魔剣についての事がありましたしね。どうですか?そのあたりのことはこの後呑みながら話しませんか。勿論酒代は持ちますよ」


そう言ってジュノが片手で酒盃を呷るジェスチャーをする。


「これは有り難いですなぁ。イイ物を出すとっておきの穴場を案内しますよ、ちょっと場所が悪いんですが……」


ラギアが頬を掻きながら相づちを打つと、簡単に片付けと戸締まりを始める。





学園からのある裏通りからさらに一本隔てた、ソレこそ怪しい雰囲気漂う一画、およそ教師と名の付く職業に就いている人間が寄り付きそうもない場所に二人は来ていた。


「いやスミマセンねぇ、学園長をこんなところに釣れて来てしまって」


「いえいえ、実を言うとこの辺りは若い時分に色々と世話になったものですよ」


若々しい見た目に反して遠い過去を思い出すような口調でジュノが語りながら歩いていると程なくして目的地に到着する。


灯りに照らされた看板には『産地直営 鳥締め』と書かれており、扉の左右には注意札と奇っ怪なオブジェクトが置かれている。


「なになに、『当店では新鮮な食材を使用しているため、お客様によっては気分を害す場合がございます。御入店の際にはご理解下さい』ですか……。

それにコレは防音の魔道具ですね。まぁ入って見ればわかりますか」




「いらっしゃい!開いてる席へどうぞ!」


中に入ると壮年の店主が愛想よく出迎え、同時に「ピギィャアアアアアアアアっ!!」というかん高い絶叫が響く。



「なるほど絶叫鳥スクリームバードの専門店でしたか」


「はい、珍しいと思ったのですが苦手でしたか?」


絶叫鳥スクリームバードとは救荒食材として開発された経緯を持つペンギンとオウムの間の子のような見た目をした人造の生命体であり、多産で早熟なうえある程度何でも栄養に出来る雑食性で栄養豊富、更にその来歴から捕まえやすいように飛べず、鈍足なうえ味もいいという知る人ぞ知る隠れた美食である。



「付き合いで何度か食べたことがあるので大丈夫でよ。しかし捌きたては美味しいですが五月蠅いので専門店は無いと思っていたのですが……。

なるほどそれで防音をしたうえでこの場所ですか」


「そのとおりです。学園にも卸している所の直営店でして小耳に挟んで来てみたらハマってしまったんですよ」


そんな絶叫鳥の欠点としては締めた瞬間から劣化が始まるため捌いた状態での保存が利かない点、そして被捕食者としての機能を追求した弊害で発声器官の異常発達により危険を感じると人間に近い声質で大音量の鳴き声を放つのだ。

その断末魔も味のうちという一部の通もいるが人間の悲鳴に近い声をあげる個体もいるため王都以外では広まっておらず、安価であることから学園の食堂などで消費されるに留まっている。


「親父さん、とりあえずエールを2つに串焼きの盛り合わせ。あといつものを」


「あいよ!」


ラギアが注文すると手際よく樽からエールを注ぎ、二人の前に置く。


「これは?」

「付け合せの燻製です。いつも御贔屓にしてくださっているのでサービスということで。では、少々お待ち下さい」


愛想よくスモークされた絶叫鳥が数切れ入った小皿を提供すると料理の準備に取り掛かる。


「それではいただきましょうか」


「そうですね。お疲れ様です」




こうして洒脱な雰囲気の中絶叫が響くというある種の矛盾した異質の空間で二人はジョッキを合わせて乾杯するのだった。

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