回復薬は破裂する
冒険者____それは異世界における代表的な職業であり、夢とロマンと危険に満ちた波乱万丈なものと言われているが実際のところほとんどは出来高歩合制の日雇い派遣労働に近い。
その実力と実績によって格付けされ、ランクG~ランクE が下級 ランクD~ランクB が中級ランクA ~ランクS が上級にあたる。さらにそれの上をいく特S級とも言えるトップランカー達が各国に一人いるかいないかといった具合だ。
ランクが上がるにつれて危険性等も上がるが同時に実入りもよくなり、安定して成功率が高いとなれば名指しの依頼や専属、御抱えというパターンもでてきてそこから立身出世を果たすことも極稀ではあるが不可能という訳では無い。
そんな一発逆転の夢と世知辛さのある冒険者を養成するための学校に入ったはいいもののその前途はのっけから厳しいものになりそうだった。
俺と他称爆弾魔のトロンは二人して割り当てられた寮の部屋で荷ほどきを行っていた。
より性格にいえば荷ほどきをしているのは俺だけでトロンの方はというと持ってきた私物が異様に少ないのかベッドに腰掛けたまま、何をするでもなくただ虚空を見つめている。
「……あー、その……。荷物とか出さなくていいの?」
一人作業をしているところをただただ眺められている状況に耐えきれなくなり、思わず話しかけてしまった。
「いい……。僕は……収納の魔法が使えるから」
萌え袖のまま無感情にそう言うと両手でなにもないところから着替えを取り出して見せてくれる。
収納魔法
文字通り亜空間に物をしまっておける魔法である。
魔力さえあれば本人の素質だけで使える属性魔法よりも更に個々人の才覚素質が物を言う
特異魔法で習得しているものが極端に少なく、効果も限定的かつ知られていないことが多い。
そのなかでも収納魔法は珍しくはあるものの比較的世に知れ渡っている例外的な物だ。
勿論その内容量や消費魔力に関しては個人差が大きく小瓶一つから倉庫、宝物殿までとピンからキリまである。
しかし、この魔法を持っている人間が一人いるだけで移動の際の負担を軽減、もしくは収納できる容量によってはほとんど零に出来る驚異の利便性を誇る。
そのため行商人や兵端部隊、主計課にとっては何がなんでも欲しい人材で面接の際にこれがあれば採用確実と冗談混じりに語られる資格のようなものである。
そのため資格詐称ならぬ特異魔法詐称で入り、その後発覚するという嘘のような噂が後を絶たない。
その点、どうやらルームメイトは実用性の高いモノを持っているようでうらやましい限りである。
「もういい? 」
萌え袖をパタパタと振り回しながら出した荷物をしまうとまた意識を別世界に飛ばし始める。
こちらも荷ほどきを終えるとベッドに腰掛け一息いれる。
「終わったの?」
「あぁ、ちょっと一服させてもらうよ」
とりあえず近くの水差しから手酌で水を汲み
喉を潤すとトロンの方にもコップを差し出すが無言で首を振りこちらに関わりたくないかのように断られる。
「……それで、これからやっていく訳だけどそちらはどういったことができるの?」
曲がりなりにも一緒に生活や仕事をしていくことになる訳だが、何が出来るのか判らなければ始まらない。
そんな当たり障りのない質問だが、返ってきたのは想定外の反応だった。
「僕のこと聞いてないの?」
「生憎と辺境のほうから来たんでその辺の事情には疎くてね、それに俺は基本的に自分の目耳で知ったことしか信じない質でね」
これは昔からそうだった。
バカと思われるようなことを実際にやってしまい痛い目を見ることも多かった、それこそ前世からの癖が染み付いてしまっている。
「ちなみに俺は聖剣を生かした掘削が得意で他には土系魔法を使った陣地構築あたりも出来るよ」
あの地獄のような訓練で培われた技能でそれこそ某アール団の先遣隊三人組にもひけを取らない位に仕込まれたそれはちょっとしたモノじゃないかと思っている。
「……僕は収納魔法を生かした荷物持ちだよ。他には……ポーションも作れたけど」
「ポーション!いいじゃないの、俺も地元ではよくお世話になったよ」
聖剣の訓練がてら開墾に土木作業、掘削に討伐とある程度護衛がついてくれてはいたもののやはり生傷が絶えない。
特に遠征の際にはメイを始めとする回復魔法を使える面々がいるもののそれだけではとても追いつかず班長達共々ポーションにはよくお世話になった。
それが自前で賄えるとなるとある程度は確実に負傷を押さえることができ、安定して依頼に望めるという点で我がパートナーは優秀なバックスといえる。
「……ふざけ……ないでっ!」
「え?」
こちらとしては頼もしいさと間を繋ぐために出た台詞だったのだ、それを聞いたトロンは急に触られなくない部分に無遠慮に触られたかのように機嫌を悪くする。
「何も……知らない……癖に……」
「いや……どうしたんだ?何か失礼な事をいってしまったのなら謝るから一旦落ち着いて……」
何らかの地雷を踏んでしまったリカバリーをしようとしていると不意にドアがノックされる。
「リドル、いるか?学園長がお呼びだ」
「あ、はい。今行きます」
救いとも言うべきタイミングにトロン不満げな顔を隠そうともしないまま萌袖で扉を指す。
それに甘えて一言断りを入れて廊下へ出るとラギア先生に連れられ学園長の待つ執務室へと向かう。
「お待ちしていましたよ、リドル君。少し待っていて下さいね」
「学長、また溜め込みすぎですよ」
ラギア先生に連れられて学長室に入ると左右に書類の塔を気づきながら学長が迎え入れてくれる。
ニコニコと笑顔で応対しつつも手を休めることなく決済し続け見る見るうちに書類タワーが右から左へとスライドされていき、その様子にラギア先生が「また無駄に溜め込んでますね」とため息を漏らす。
「っとここらで一区切りにしましょう」
書類タワーを笑顔で数棟建築し終え、それらを端に避けると両手を口の前で組みこちらへ向き直る。
「それで、貴方を呼んだのは他でもありません。貴方の聖剣とやろうとしていることについてです」
「は、はいっ!」
いきなり聖剣のことで呼び出されたと知り、なにかしらの法律に触れてしまったのと身構える。
しかし、学長はカラカラと笑いながら懐から一通の封筒を取り出す。
「ハハハ、何も咎めようと言う訳ではないのですよ。そもそも貴方の御母様から事情は知らされておりますので」
そう言いながらもわずかに顔の端がビクついているのが目に入る。
(あぁ、この人も扱かれたんだろうな)
自分より遥か目上の学長だが、おそらくは母の何某かを受けたと思われるその痙攣にどこか親近感が湧く。
「とりあえず明日のオリエンテーションでこの学園にある魔剣に一人ずつ挑戦する行事があるのでそこで一つお願いしたいのですよ」
なんでもこの学園の敷地の外れにも魔剣があるらしい。
設立以来誰も抜けていないため、新入生はみなチャレンジしてみるのが恒例となっているらしい。
「楽しみがあるのは良いのですが流石に場所が場所で不便に過ぎるので移動させて欲しいのですよ。勿論、抜けたなら抜けたでそれにこしたことはないのですが」
「解りました、後々の宣伝にもなりますしお受けさせていただきます」
願ってもないチャンスに了承すると上機嫌なまま机に越しに手をとられる。
「そうですか!助かりますよ。あ、勿論諸々の説明はこちらでやっておくのでご心配なく」
「学長、その辺にしとかないと次が来ちゃいますよ」
色々長くなりそうなところをラギア先生に咳払いと共にせっつかれる。
「ああ、そうですね。リドルくん、申し訳ありませんが書類のお替りが来るみたいなので今はここまでにしましょう」
「わかりました。では失礼します」
そう促されると、ラギア先生がドアを開け共に一礼して退室する。
「……こうなるとあの子がバディになったのはある意味運命かもしれませんね」
最後に疑問の残る言葉を耳にしながら俺は寮へと戻るのだった。
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