8歳から始める魔法学
それは記憶の底に沈む泡沫の悪夢、意識の底
澱みに眠る忌まわしき記憶。
リドルは新興貴族ボルナッツ家の次男としてこの世に生を受け、母は後妻であったものの父との仲は悪くなく両親とも腹違いの兄と共に分け隔てなく無償の愛を注いでくれた。
しかし義兄だけは違った…………。
顔を合わせる度に両親や使用人達に見つからないよう口汚く罵り、粗を見つけては容赦なくほじくり返しては針小棒大に言いふらしていた。
貴族の子息として領主の一族として恥ずべき事ない教育を受けたリドルだったが才には恵まれず魔力に乏しく、その制御も覚束ない有り様で失敗を大袈裟に触れ回る義兄を否定できず周りからの静かな圧迫と物言わぬ失望に晒され精神的に参りつつあり母や世話役のメイ以外では腫れ物に触るような扱いをされている。
そんななか、リドルはこっそりと魔法の自己鍛練に励んでおり例え成果は振るわなくとも密かに抜け出して裏庭で一人になれるこの時は唯一期待からも圧迫からも解き放たれ自由になれる時だ。
「はぁ……また失敗か、こんなんじゃまた兄上に馬鹿にされるな」
自嘲気味に愚痴を吐き出すと休憩がてら地面に座り込み空を見上げる。
『また、魔法に失敗したのか!お前本当に父上の血を引いているのか怪しいもんだな、卑しい傭兵の子が!』
『リドル坊っちゃまはまだ初歩の魔法もできないんですって』
『奥様って後妻でしょう。当主様の血を引いてないって噂ほんとなんじゃない?』
『やっぱりそう?兄のビート様は優秀なのに弟のリドル様は……ねぇ。そうなんじゃないかって思ってたんだ』
すこし物思いに耽れば義兄の激励に見せ掛けた罵倒を始めに静かな否定が脳裏に過り、それを覆そうと魔法に長けた母やメイに質問し練習するが何度やっても成功せずその度に
「……絶対に、見返してやるんだ………」
眼を見開き、深呼吸一つすると教科書片手に魔力を練り上げ始める。
「 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 」
記述に従い詠唱を開始するとノロノロと魔力が構築され這うように光が拡がる。
「え?あ?!」
もう少しで発動する……そう思った瞬間に気が緩み構築が一気に崩壊を始めバラバラとひび割れていき、完全に崩壊し残滓が努力を嘲笑うかのように舞いはじめると拡散した魔力を吸った大地は轟音を響かせながら陥没と隆起を繰り返し裏庭があっというまに荒れ果てた地へと変貌を遂げる。
その騒動が屋敷まで届いたのか遠くに使用人達が駆け寄ってくるのを視界の端に捉えるが大地の荒波を鎮めるより早く事態は悪化する。
「そんな……もう少しなのに……っあ!」
思わず涙を浮かべながら懸命に制御を試みるが其れが良くなかった。無理に捻り出した魔力は余計に地面を荒れ狂わせ、無情にもその幼い体を宙に撥ね飛ばす。
「坊っちゃま!!」
必死の形相のメイが手を伸ばすが間に合わなかった。
リドルの体は頭から地面に落下し、流血と共にその意識を刈り取っていく。
(こんな、こんなことって……まだ、せめて…いちどくらい…ちゃん…とつかえ……に…み…して……や…かっ……)
薄れて行く思考の中でそれだけを願いそのまま自我は薄暗い闇の中に消えていくのだった…………
____________________
(!!!!……もう朝、か)
瞼越しに鳥の囀りを聞き、微睡みながらゆっくりと眼を開ける。
(なんか変な夢だったな、泥酔したら異世界に転生していた……なんてラノベじゃあるまいし。ってマズい!仕事いかないと!)
いやにすっきりとした目覚めにどれだけぶりかもわからないキチンとした睡眠が摂れたことを自覚すると完全に遅刻だと飛び起きたところで常に感じていた体の痛みがなく、眼を擦った時に見える指紋のある掌が視界に入ることに気づく。
「あ……そうかここは……」
そうここは……。
父ジャスと母アリアの間に生まれた領主一族の次男リドル。
それが今生の自分だ、昨日目覚めた時に無理やりインストールされた情報を噛み砕いていると不意にドアがノックされお盆を抱えたメイが入室してくる。
「失礼します。坊っちゃま朝食をお持ちいたしました」
そう言われると子供の体は正直なものでクゥと音を鳴らし食事を催促してくる。湯気のたつ
「あっ、…………」
一匙口に含むと思いがけず涙が込み上げてくる。
以前口にしていた物と比べれば味気なく旨味も塩加減も足りていないが時間に追われて携帯食料や出来合いの菓子パンで凌ぎ無理やりに働き、久しく忘れていた人の作ったものの温もりを思いだし一瞬呆ける。
「!!坊ちゃま!どうされましたか?!」
と慌てたメイに問われ我に帰ると手の甲で朱くなりかけた眼を拭い、瞬時に言い訳を考える。
「あ、いやなんでもないよ。それよりもさ少しは体も動くようになったし後で魔法、教えてくれないかな」
突然の話題にへ?という顔をされる、がここは畳み掛ける。
「ほら失敗してこういう事になってるんだしそれこそ忘れないうちに勉強しておきたいからさ」
咄嗟にしてはなかなかの言い分ではないかと思う。
実際やってみたいと思うし記憶に寄れば元々魔法を教えていたのはメイみたいだからこう言えば責任感から食い付いてくるハズ。
「……わかりました。しかし私の一存では決めかねますので奥様や旦那様に伝えてみます」
視線を落として悩むような表情をすると絞りだすような声で了承し、そそくさと部屋から出ようと足を向ける。
「大丈夫だよ、ちゃんと言うことは聞くし何よりメイを信用してる。だから頼むよ」
「!ありがとうございます。では許可を取って参ります」
信用している、その一言が効いたのか曇らせていた表情をパァっと明るくし一礼すると嬉しそうな足取りで両親の元に向かった。
「いったか。それにしても……塩が欲しいな」
残されたリドルは二口目からの味の薄さに悪戦苦闘しつつ麦粥を少しずつ咀嚼し、なんとか呑み込んでいくのだった。
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