創作知識で魔法を始めよう 前編

「坊っちゃま、宜しいでしょうか?」


 味のない麦粥を何とか押し込み、胸の悪さを掻き毟って誤魔化しているとメイが戻ってくる。


「大丈夫だよ」


 入室の許可を出すと「失礼します」と声がかかってゆっくりと部屋に入り一礼する。


「それで、どうだった?」


「はい。旦那様からは食事の具合を見て良さそうなら私が教えるよう仰せつかりましたが…………食べきれた所を見るに大丈夫そうですね、御気分が悪くなったりしておりませんか?」


 空になった皿をみてそう問い掛けられ、胸を擦っていた手をそっと隠し手持ち無沙汰に頬を掻き愛想笑いで誤魔化すと思いきって疑問をぶつけてみることにした。


「あはは……そういえば普段の食事ってもう少し味のあるものかな?」


 病人食だとは思うが流石に薄すぎる味にやんわりと不満を述べると何故かキョトンとされる。


「お気に召しませんでしたか?」


「いや病み上がりだからかもしれないけどひどく塩気が薄く感じられてね」


 そこまで言う驚愕の顔を浮かべたメイは焦ったら様子で他に異常はないかと聞いてくる。

 何とか落ち着かせて話を聞いてみると特に病人食だからというわけではなくこの場所では普通に使われる、領主一族という事でともすれば多い程の量の調味料が使用されており倒れる前までは普通に食べていたものだという。


「あ……そうなんだ。ちょっとまだそこら辺は記憶が曖昧で…………。もしかして塩が貴重、下手をしたら不足してる?」


「それはまぁ、海もありませんし不足しがちですが……」


 事情のありそうな引っかかる物言いに何かを感じつつ、とりあえずは魔法についてをどうするかに意識を向けリドルの記憶を探る。

 まずは……。


「坊っちゃま?どうしましたか、大丈夫ですか?」


 思考の海に潜ろうとしたとき心配したメイが話しかけてきて、引き戻されてしまう。


「あ、いや大丈夫だよ。ちょっとおかしな事を聞かないか心配になっちゃってね……変な事をきいてゴメンね」


「そうですか、まだ少し寝ていたほうがよろしいのでは?」


 普通なら確かにそうだが、だがこの場合記憶こそあるが馴染みきっていないこの時を逃したら何時へんなボロを出して怪しまれるかわからない以上言葉を濁しながらでも丸め込まないといけない。


「やはりまだ少しお疲れなのでは?」


「そう、かな?でもやっぱり早いうちにやっておきたいんだけど……それに今回のことで一から勉強しなおしたくて」


 メイの勘違いにこれ幸いと畳み掛けると、そうですかと前置きしそのまま空になった食器を片付けながらハッとした様子で微笑む。


「かしこまりました。ではこれを片付けて参りますので少々お待ち下さい」


 そう言って部屋を後にし、リドルは一人残され意図せずして述懐する暇ができる。


「…………第一関門は乗り切ったか、はやく慣れないと何時ボロがでるかわかったものじゃないな」


 なんとか怪しまれずに色々と教わることができそうでホッとすると同時に魔法という空想でしかあり得なかったものを習える期待に胸が膨らませながら音を立てないようにそっとベッドから降りると閉じた扉に耳をあて誰も来ていない事を確認し、授業に備えて軽く体を解していく。







「坊っちゃま、メイでございます。入ってもよろしいでしょうか」


 しばらくして室外から告げられるその言葉に急いでベッドの端に腰掛けると簡単に身形を整えて入室を促す。

 失礼しますという声の後、教材らしい分厚い本を何冊も抱えたメイが入ってくる。

 重そうなそれを机のうえに並べると小さな黒板にチョークを俺に渡し、自分は懐から教鞭を取り出すと二、三度掌にピシャリと打ち付ける。


(あれ使う人初めて見たぞ。マンガとかでならよく見るけど実際目の前にすると怖いな……身が竦む……)


「坊っちゃま?」


「っ!なんでもないよ、それより出来たら初歩の初歩から頼みたいんだけどいいかな?」


 一瞬ビクリっとしてしまうが、すかさず話題を変え事なきを得る。

 一から勉強しなおしたいと言えば否とは言えずそちらが優先される筈だからだ。


「かしこまりました。では、始めさせていただきます」


 メガネを取り出しキラリと光らせながら言われるとリドルもつられてお願いします、と言って授業が開始される。


「魔法とは大きく分けまして『属性魔法』、『特異魔法』、『儀式魔法』の三つに大分されます。

 まずは最も基本の『属性魔法』からお教え致します。

『属性魔法』は『火』『水』『土』『木』『風』といった自然に存在するものに働き掛け各々の特性に合わせた事象を起こすもので」


 メイの説明にゲームでよくあるやつだなと思いながら、リドルは渡された黒板にメモをとる。


「そしてこれらを使う際に必要なものは『魔力』『詠唱』『適性』の三つでございます。このうちのどれが欠けても魔法は発動しません、少しやってみましょう」


 教材の中から木片を取り出し教鞭を器用に差し向け『湿化モイストラァゼン』と唱えれば、乾いた木片がみるみるうちに濡れ始め水滴が床に滴り落ちる。


「これが『水』の基本魔法『湿化』です。他にはそれぞれ『発火ティンダァ』『活化アクテベィト』『礫化グラベレィション』『涼風クゥルブリィズ』があり一番詠唱が短く発動させやすいものになります」


 所謂練習魔法らしく簡単そうな代わり効果も据え置き、といったそれらに思わずキャンプ用品かと思ってしまったがよくよく考えてみれば機械の類いが見あたらないこでは利器として需要があるのかと思い直す。


「メイ先生、複数の属性もしくはあまり『適性』のない属性を使おうとするとどうなりますか?」


 敢えて先生と呼び手を挙げて質問するとメイは嬉しそうに眼鏡をクイッとさせながら答えてくれる。


「良い質問でございますね。確かに複合属性の魔法は存在しますが数人係でようやくといった具合なうえに相当高度で複雑極まりないものですので。坊っちゃまの『適性』は土ですから今はその練習に専念致しましょう」


 そう言うや否や木片を此方に差し出してくる。


「此れにほんの僅か力を籠める要領で魔力を流し『礫化』と唱えてください。良いですか?くれぐれも少し、ほんの少しでございますよ」


 何度も念押ししながら差し出された木片を受けとると何故かメイは身構え始める。


「えーっと……」

 使


 とりあえず深呼吸をして木片が脆くなるのをイメージしながらほんの少し念じるようにして力を込める。

 すると木片の質感が変わりはじめる。あわてて言われた呪文を唱えればパキパキと音をたててひび割れ、軽く指で叩くとポロポロと崩れ破片が散らばる。


「あ、成功したかな。ってメイ?」


 なんとかうまくいった事にホッとすると臨戦態勢をとっていたメイが緊張を解かないまま涙を流すという器用な挙動を見せる。


「坊っちゃま……とうとう」


「いやどうしたの?」


 拙いながらなんとか成功させたが基本中の基本らしいそれが出来ただけにそこまでのリアクションをされると逆に不安になる。


「坊っちゃま……やっと……やっと……」


「えっ!チョッ!」


 感極まった様子のメイをなんとか落ち着かせて話を聞く。どうやら本格的に魔法を成功させたのは此れが始めてとのことで長らく教えてきた身として感動の涙が出てしまったらしい。

 そんなバカな、と思いつつも記憶を探ればリドルが魔法をまともに成功させた場面は一つとして浮かばず今この時が人生初と言って良い成功の瞬間であった。


「あぁ、……今まで何度となくお教えしてきて、坊っちゃま自身も努力なさって、……私の教えが悪いとばかり……」


「そんな大袈裟な」


 とは言ってみたもののラノベやらアニメやらで齧った知識でイメージを固めた結果成功させたのであって元々の素養は充分らしいポテンシャルからして、恐らく元の身体の持ち主はイメージの部分でつまづいていたのだろうと推測すると急に身体が怠くなり始める。


「あ…………れ…………?」


「坊っちゃま!!…………恐らく急に魔力を使ったからでしょう。そのくらいのお歳ではよくあることでございます」


 フラフラとしだした体を支えながら色々と調べるとメイは今日はここまでに致しましょう、といってそっとベッドに寝かせて暮れる。

「ありがとう」と御礼を言うと慣れない事をしたせいか徐々に瞼が重くなり、そのまま睡魔に為されるがまま意識を落とすのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る