こんにちは、新世界

 ユニウス王国の辺境ボルナッツ領、その領主たるボルナッツ家の一室でそれは産声を上げた_____




 アルコールで寝堕ちした後特有の気だるい眠さのなか、ぼんやりとした視界でノロノロと眼を覚ます。


(また、何もできなかったのか……)


 廻らない頭で好きなこと1つすら儘ならない嫌悪感に思わず掌を顔に押し当てる。


(はぁ、悩んでも仕方ない、か。取り敢えず、起き……)


 そこまで考えると薄暗い視界が徐々に開け意識がはっきりしてくる。


(なんだ……これ?)



 顔を触る手の感触に違和感を覚え、眼を擦るとひどく……。

 工場仕事で荒れて硬く変形し、筋張った指は紅葉のように短くなり子供のように柔らかい。

 思わず指を曲げグーパーとニ、三回拳を作ってみると目の前の小さな掌も開閉する。

 視点を下げれば寝堕ちした時の格好……。

 ではなく子供らしい寝間着姿でその下にある体も太短い。


「いったい何が、っ痛!!」


 自分の体に違和感を感じていると不意に鋭い頭痛に襲われる。

 思わず蹲り額と口を押えると網膜の内に映像が流し込まれ意味をなさない嗚咽が口からまろび出、少しずつではあるものの状況を

 どうやら俺は元の日本で死を迎え、この世界に転生してしまったらしい、脳内に強制インストールされるように情報が流れ込み吐き気を催す。

 しばらくすると収まったものの気持ち悪さは変わらず何度もえづくとドテドテと激しい足音が聞こえ突然扉が開き一人の女性が部屋に飛び込んできた。


「坊ちゃま!目をさまされたのですね!!」


 俺の様子に気付くと開口一番安否確認の声を張り上げられる。


「あ……えっと、誰……だっけ?」


「坊ちゃま……産まれた頃よりお世話させて頂いているこのメイをお忘れですか?!」


 使用人服の女性に確認をとると泣きそうな顔になって手を取られる。


「あの、えっと...俺、どうなったの?痛っ!!」


「あぁ、おいたわしや。リドル坊ちゃまは魔法を練習されていた際に誤って頭を打たれたのです。その時に...」


 痛みを堪えつつ身振り手振りを交えた話を聞くとどうやらこの体の元の持ち主はリドルというらしく何でも魔法の練習中の事故で頭部を負傷し今まで意識不明となっていたんだそうだ。


「ゴメンなさい、何も思い出せなくて……」


 咄嗟に嘯くと涙ながらに抱き止められ、何時ぶりか分からない人肌の温かみに涙腺が弛んでいくのを感じる。


「無理もありません。あれだけひどい怪我をされたのです、ゆっくり治しましょう」


 そこまで言う気がついたようにメイは俺の体を解放し心なしか紅くなった顔を隠すようにスミマセンと謝り、両親に俺が目覚めたことを伝えるため足早に退室する。


「行った、か……あーこれからどうする、か」


 再び一人になると一先ず誤魔化せたことに安堵の息をつき、此れからの事を考える余裕ができた。


(まさか趣味で読んでた小説よろしく転生してしまうとはなぁ)


 未練がないと言えば嘘になるがあのまま空虚に乾いた人生を送っていても先が無いことは明らかだったからやり直せる事自体は嬉しいが……。


(俺はちゃんとやっていけるのか?)


 また周りに流されるまましたいことも出来ず思考を殺して生きる羽目にならないかと不安が過る。


(そう言えば魔法……っていってたな)


 それこそ魔法使いに片足を突っ込んでいた身の上だったがとりあえず試すことにする。


(何にしても先ずは動けるようにならないと)


 そこまで考えたときドタドタという音と共にドアが開け放たれメイと一緒に豪奢な服をきて女性が感極まった様子で突撃してきた。


「リドル!!目が覚めたのね!!母の顔は覚えてる?!心配したのよ!!」


 一息に言いきり俺の体をギュッと抱き締める。


「うっ!あ……母上……?」


「ああっ良かった…本当に良、かった。私のことは覚えていたのね!全く……何で一人で魔法の練習なんてしたのよっ、あなたはあなたなんだから…………」


 自然と口から転び出た言葉に安心したのか堰を切ったように涙声で一息に喋る様は本気で心配していた厳しさと優しさが混じっていた。


「あのね、土魔法は攻撃性のあるものは少ないと言っても使い方によっては危険なのよ、それにしても目が覚めて本当に良かったわ。もう二度と目を開けないんじゃないかと思って夜も眠れず食事も喉を通らなかったのよ。大体ね、周りの人間の言うことなんて気にすることないのよ貴方は貴方はなんだから自分のペースで自分の思うようにやってみれば…………」









「奥様、その、大変申し上げ難いのですが……坊っちゃまも目を覚まされたばかりなのでその辺りで……」


 海よりも深い親心から紡ぎだされる説法が尚も続き、その言葉の弾幕に見兼ねたメイが助け船を出してくれる。


(た、助かった)


 本気で本心からの親心に依るものだけに聞き流すこともできないが専門用語と精神論がかない交ぜになっていて最早支離滅裂な状態で頭がパンク寸前になっており、正直に申し出てくれたことに感謝の言葉しかなく心の中でこっそりと述べておく。


「あっ、そ、そうね。ごめんなさいリドル、今はゆっくりと休むのよ 」


 そう言ってハンカチを取り出し涙で濡れた顔を拭うとそそくさと部屋を出ていく。

 残されたメイは部屋の端に置かれた水差しからコップに中身を注ぎ差し出してくれる。

 ありがとう、といって受け取り一口飲むと目が覚めてから緊張の連続でひどく喉が渇いていたことに気付き思わずフぅと声が漏れる。


「落ち着かれましたか?奥様も気が気でなかったのだと思います」


「そうだね」


 人心地つくとメイの言葉に無難な返答を返すと集中が切れたのか瞼が重くなり眠気が襲ってくる。


「ゴメン、そろそろ限界みたいだ。悪いけどもう少し、寝かせてもらうよ」


「はい、お休みなさいませ」


 ペコリと一礼するとメイはゆっくりと部屋を出ていき、扉が閉められ足音が遠ざかるのを聞きながらじんわりと意識が落ちていった。

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