3:女神降臨 その2

 そして、ローネがビクンと動いたかと思えば、メディアの姿が消えてしまった。


「うん、イイ感じね。ちょっと今までと違うメディア様でいいかも」

「ローネの体を乗っ取ったのか?」


 それよりもショックを受けていたのはエリザベートだった。


「メディア様、なぜ私を選んでくださらなかったのですか! 貴方様のために教団を大きくしました。今やメディア様のご威光は国中に――」

「面白くないから」

「え……?」

「だって、あなた全然面白くないんだもん。私を褒め称えるなんて当たり前でしょ? そんな普通のことして自慢されても嬉しくもなんともないわ。そもそも私のためじゃなくて自分のためじゃないの?」


 エリザベートは女神に図星を突かれて口をパクパクさせるだけになった。反駁しようものなら不敬の誹りを免れないのだから。


「それにこの入れ物はジェイトのことを愛してるから。愛の女神としては応援してあげたいじゃない」

「わ、私だって、この下賤の男を愛するくらい――」

「無理でしょ? 真剣に想いすぎて悶えるくらい好きって気持ち、あなたにはわからないわ」

「へ?」

「ローネちゃん、やっぱりジェイトのこと好きだったんだー」

「うん、知ってた」

「え? そうなの?」

「そうだよー。ファミも好きだよー」

「うん、そう。ボクもだよ?」


 女神から予想外の間接告白を受けて動揺してしまって、バカみたいに聞き返したら告白が三倍になって返ってきた。なにそれ?


「だいたい、私の名前を騙って好き放題しちゃって、それで私が喜ぶなんて思ってるわけ? バカじゃないの? 頭腐ってるの? 蛆わいてるの?」


 女神は神とも思えない辛辣な言葉をエリザベートに浴びせかける。


「し、しかし、私は――」

「もういいから。祝福は取り上げるね」


 メディアは有無を言わせずにエリザベートがに右手を掲げる。何か光がエリザベートの脳天から抜けていったと同時に、エリザベートはガクリと膝を折った。


「後は好きにしていいわ。でも、私の名前は使わないでね」


 にっこりと慈愛に満ちた微笑みを浮かべたけど、どう聞いてもこれは脅しだ。女神の脅し怖え。エリザベートもそれは理解したのか、カクカクと首を振る。


「じゃあ、大丈夫ね。はい、そこのキミたちも起きていいよ」


 ローネの攻撃で動きを止めていたレジスタンスのおっさんふたりが起き上がった。


「お!? なんだ? なにが――」

「気を失ってたのか? これは――」


 メディアの姿に気づくと、おっさんたちは反射的に平伏した。顔も上げられないほど強ばって、額は床の絨毯にこすりつけるほど。


「これが通常の人間の反応なのよ。隠しきれない神気が罪作りなのよね。反応しない段階でダーリンたちは異質なの」

「そうなのか。いや、その、さっきからダーリンってのはなに?」

「ひどいわ。あんなに激しく求め合ったのに……」

「そんな記憶はないぞ」

「忘れるなんて。神を弄んだのね」

「身に覚えのない罪を糾弾されてもなぁ」


 困ってファミとセイルに助けを求めたけど、ふたりとも目が怖い。

 と、魔王が口を開いた。持つべきものは魔王だ。


「おい、そろそろ突っ込んでもいいか?」

「汚い触手なんか突っ込まないでちょうだい」

「今は触手などないが、お望みなら異次元から出そうか?」

「ジェイト、女神と触手、どう?」

「いや、遠慮しとく」

「ジェイトはそっちじゃないと」

「そっちってどっちだよ?」


 セイルのよくわからない問いに困惑しながら、俺は状況を把握しようと周囲を見る。

 床に額をこすりつけているおっさんふたり。

 ファミルこと魔王、セイルこと勇者。

 ようやく取り返したローネの中に女神メディア。

 ショックのあまり放心状態のローネ誘拐の首謀者エリザベート。

 なんだか、混沌としているんだが、さらに女神は俺をダーリンと呼んでいる。


「えーっと、まず説明して欲しいんだが――」


 ローネの中に入ったメディアに説明を求めようとしたら、女神が先に切り出した。


「じゃあ、私はこの入れ物を使って出かけるから、後はよろしくね」

「は?」

「メディア様がご不在では教会が――」

「今までだって私がいなくてもやってきたんでしょう? ずいぶん好き勝手にね」


 メディアが目をすうっと細めて見ると、エリザベートは硬直したように動きを止めた。


「私の名を汚すようなことはしないわよね?」

「ち、誓っていたしません!」


 エリザベートの態度には最初の傲慢さはなくなっていた。女神に嫌われでもしたら終わりだとわかっているのだ。

 メディアは満面の笑みを浮かべると俺に向き直った。


「じゃあ、問題なしね。というわけで、私もあなたたちについていくから。よろしくね、ジェイト。じゃあ、お近づきの印をあげる」

「へ?」


 いきなりローネいやメディアの顔が俺の目の前に現れ、口を塞がれた。


「んむ……む……むぅ……」


 強引に割り込んできた舌が俺の舌にからみつき、口の中をなめ回す。

 大人のキス……だけじゃない。なにかが俺の中に入ってくるような危険な快感。

 いや、ちょっと待って! 初めての体験がこれってのはヤバいよ。

 もういろいろと我慢の限界と思った時、ちゅぱっと濡れた音を立てて、ローネは唇を離した。


「やはり肉体のある状態での交わりは格別ね。おかわり」


 ローネなら絶対にしないような艶っぽい表情でペロッと舌先で唇をなめると、もう一回唇を押しつけてくる。逃げる暇も余裕もない。というか腰が砕けそうで動けない。


「愛欲の女神だけのことはあるな。欲望には躊躇がない」


 そこの魔王! 解説いらないから助けろよ!


「……あ……あふっ……え?」


 いきなりローネが俺から離れた。それまで定まらなかった焦点が俺の顔をしっかり見ている。


「……ジェイト!? い、今、私はなにを……」

「い、いや、何もしてないぞ! うん。なあ?」

「チュウしてたー!」

「キスしてた」

「キ、キ、キ、キスだとっ!?」

「うん! すっごく熱いの!」

「濃厚」

「わ、わたしが、ジェ、ジェイトとか!?」

「他にいないよ?」

「他の人がよかった?」

「い、いや、他の人などいない! ジェ……何を言わすのだ!」


 ローネは顔を真っ赤にして俺の頬を平手で叩いた。理不尽だ。


「それよりもだ! どうしてこうなった!?」

「俺も聞きたい」

「話そらした」

「そらしたー」


 セイルとファミが鋭いところを突いた。こんな時だけ鋭くならなくてもいいの!


「で、俺たちはどうすれば?」


 おっさんたちがまだ床から顔を上げられずに苦しそうな声を上げた。

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