1:王女奪還へ その2
細い通路を下ったり登ったりしながら、黙々と進んでいく。すでに今町のどの辺りにいるのか見当もつかない。窓もない通路に松明の明かりのみなので、地下なのか地上なのかさえわからない。
「中心の塔に入ったな」
急に顔を上げてファミ、いや魔王が小さくつぶやく。
「わかるのか?」
「方向と地表からの高低差で把握している」
「便利だな」
「我の能力を便利で済ませるな!」
「ファミもその力欲しいよぉ。そしたら迷子にならないもん」
「我の生まれ変わりが方向音痴などあり得ぬ!」
「ファミはひとりで町に行ったら帰ってこられないもんな」
「そうなのー」
「くっ……屈辱だ……。魔王ともあろうものが迷子とは……」
ファミは羨ましがって悔しがって表情が忙しい。
「セイルちゃんと一緒だから大丈夫だよー」
「道どうやって迷うのかわからない」
「オレの野生の方向感覚を引き継いでいるな」
セイルと勇者が自慢げに言うのを聞いて、魔王は舌打ちする。
「ワレもこんなポンコツに生まれ変わるならば転生などせんかったものを」
「あ! 転生先って選べないのか?」
「選べるならこんな小娘になど選ばぬわ!」
「あー、ひどーい! ファミ、エロい大人の女になるんだもん!」
「オレは満足だぞ!」
「勇者の趣味はわからんけど……」
「複雑な気持ち」
「まあ、とにかく、魔王の魔法がポンコツだったってことだな」
「なっ!? なんだと! ワレの魔法がポンコ――」
魔王は急に口を閉ざして考え込んでしまった。
「どした?」
「そもそもワレは転生の魔法など使えんかった」
「え? どういうこと?」
「命を奪うのは得意だが、傷を治すくらいならともかく、命を移したりするのは専門外だ」
「じゃあ、転生の魔法を使ったのは――」
そう言いながら、俺と魔王はセイル――勇者を見て、顔を見合わせる。
「こいつじゃないな」
「うむ。脳筋勇者にそんな力はない。こいつは自分の傷はすぐさま治せるが、それ以外はかっらっきしだからな。厄介な相手ではあった」
「あー、なんか、面倒そうだな」
「うむ、面倒な相手だったぞ、魔王は斬っても斬っても触手が減らんのだからな!」
「どっちも面倒だったんだな……」
無限触手と無限回復の虚しい戦いを想像しただけでダメージを受けそうだ。そして、疑問が浮かぶ。
「じゃあ、いったい誰が魔王と勇者に転生の魔法を使ったんだ?」
「神側の誰かか? 誰だ?」
「神が魔王を転生させるなんてありえないだろ」
「では、何者が――」
「シッ!」
先を進んでいたラウルが振り向いて唇に指を立てた。
「こっから先は無駄口するんじゃねーぞ」
ようやく本番ということらしい。戦闘のレンディンたちは壁に手をかけて何やらしている。隠し扉を開けるのに手間取っているようだ。
それに焦れた魔王がつぶやく。
「魔法が封じられておらねば一気に壁を破壊してやるのに」
「そんなに目立ちたいのかよ」
所期の目的を忘れているらしい魔王に思い出せてやろうとすると、ファミがすかさず口を挟んできた。
「ファミ、バーンってやるの好きだよー?」
「好き嫌いの問題じゃないから!」
「だから、おまえら無駄口が多いって!」
ラウルの声は石の扉が開くザラザラとした音にかき消された。
薄暗い通路に外の明かりが射し込んでくる。
先頭のおっさんたちが顔を出して様子を窺う。最初に聞いた計画どおりなら、ここは教国の中心部にそびえ立つ塔の上層のはずだ。
「よし、誰もいないな」
「いや、誰もいないのがおかしくないか?」
思わず突っ込むと、レンディンが答える。
「警備は下の階まででここには誰もいないって話だ」
「まあ、塔だからな。いきなり上の階から侵入する事は考えてないんだろ」
「う~ん、上手すぎる話だなぁ」
「心配性はハゲるぞ」
「おっさんはもう手遅れか」
「やかましい」
廊下はしんと静まり返っていた。
装飾は控えめで、落ち着いた色合いの壁、シンプルな柄の絨毯が敷き詰められた床、天井にも飾りはない。下の豪華絢爛な教会とはまったく違う印象だ。
その廊下の突き当たりに扉があった。廊下の反対側は下への階段だ。
つまり、この向こうに目指すローネがいるはずだ。
「いくぞ」
左右をおっさんたちが固め、後ろにファミとセイルとラウルが控える中、俺は扉を一気に押し開けた。
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