2:皆殺しの番か? その2

 ファミの声に見るまでもなく、ミノタウロスが砂煙を巻き上げて突進してくるドッドッドッと重い足音が響いてきた。

 跳ね飛ばされたら確実に逝くな、これ。

 確信した。勇者の鎧が使えない状態じゃ逃げるしかない。


「跳べっ!」


 俺は一直線に突っ込んできたミノタウロスの角から逃れようと、必死に跳んだ。

 意識を極限まで集中させたせいか、視界がゆっくりと動く。

 猛然と地面を蹴る後脚が砂を舞い上がらせる。

 当たる物を跳ね上げんと左右に伸びた角を激しく振る。

 ファミが俺と反対方向に跳んで逃げる。

 セイルはその場に踏みとどまってミノタウロスをにらみつけている。

 にらみつけ?

 時間もないのに俺は二度見した。


「セイル――ッ!?」


 横っ飛びになって叫びながら地面に転がってセイルを見る。もう間に合わない。どう考えても角に貫かれて跳ね飛ばされて肉塊が飛び散って――


「やっちゃえ、セイルちゃん!」

「どっせいっ!」


 ファミの声援に応えてセイルがらしからぬ声を上げる。

 真正面からセイルに突っ込んだミノタウロスは顎に突き上げる一撃を食らってクルクル舞っていた。


「……あれ? 魔法は使えないんじゃ?」

「あーっはははーっ! これは魔法じゃないからな! 筋肉だ!」


 拳を腰に当てて豪快に笑うが、声はハスキーな少女の声。


「ウソつけ! その腕のどこに筋肉があるんだよっ!」


 腕を曲げて二の腕に力こぶを作ろうとしたセイルだが、そんなものあるわけがない。


「ええい、やはり筋トレをせねばならんな!」

「やめて」


 速攻でセイルに却下された勇者には慰める言葉もない。

 代わりに速攻で逃げたおっさんが顔を赤くして怒鳴ってきた。


「おい、おまえら! なに倒してくれてんだよ!?」

「何か問題が?」

「デカブツをかわしまくって、観客席に突っ込ませて騒ぎにまぎれて逃げようって魂胆だったんだよ!」

「なるほど」

「でもでも、混乱してるよ?」


 ファミが観客席を見回して言う。

 うん、吹っ飛んだミノタウロスが観客席を直撃したせいで何人か下敷きになったみたいだな。おまけにまだ元気なミノタウロスは暴れ回ってさらに犠牲者が出ているようだ。ざまあみろ。さらに教兵が大挙してミノタウロスと俺たちに向かってくる。


「……そうだな」

「いや、これ、悪い方の混乱だろ!」

「混乱にいいも悪いもない。どうやって利用するかだ! 行くぞ!」


 勇者が馴れた感じで言うと壁に向かって駆け出した。


「わははっ! 懐かしいな! 魔王軍と戦ってた頃はいつもこんな感じだったからな!」

「ああ、行き当たりばったりな感じか。こやつらまともに考えて戦っとるのかと不思議だったが……考えとらんかったのか!」

「それも計略だ!」

「そんなんで上手く行くのかよ……」


 一抹どころではない不安を抱きながら、俺たちは闘技場からの脱出を試みる。

 背後から教兵の指揮官の叫びが聞こえてきた。


「ひとりたりとも逃がすな! 囚人どもは皆殺しだ!」

「オレたちの番はもうちょっと後だぜ!」


 勇者が叫び返すと、観客席との間を隔てる高い壁にパンチを見舞った。


「ようし。こっから出られるぜ!」


 穿たれた大穴を背に勇者がドヤ顔をキメる。


「だから、その細腕のどこにこんな力が……」

「わははっ! 筋肉は嘘を言わん!」

「いや、絶対嘘だろ! だいたいセイルはどうなんだ? 大丈夫なのか?」


 俺の断言に、セイルは小首を傾げながら答える。


「大丈夫?」

「疑問形で返すな!」

「……多分問題ない」


 拳と手首を動かしながら、セイルは小さくうなずいた。

 こいつの体はどうなってるんだと考えながら、俺は穴を潜ってコロセウムから逃亡した。

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