後編
「君は雪の妖精みたいだね」
時は遡って四月、薄明女学院の入学式当日。
色乃は桜が舞う春日和の通り道に迷い込んで今にも消えてしまいそうな雪の妖精に自らの日傘を差し出す。
「……あ、ありがとうございます」
道の真ん中で行き倒れになっていた雪の妖精は火照った顔を上げて色乃にお礼を言う。
「君、太陽の光に弱いのかな?」
「はい……体質なんです。昔から紫外線を浴びてはいけないってお医者さんからも言われていたんですけど、今日は持っていた日傘が壊れてしまっていて……」
「だったら、私の日傘を貸してあげるよ。私は月ノ宮色乃。君の名前は?」
「日向……明日風日向です。皮肉な名前ですよね」
「うん。だけど、とても似つかわしい名前だと思うよ」
「えっ? どうしてですか?」
疑問符を頭に浮かべる日向の頬に身体を屈めた色乃の右手が触れる。
「だって、こんなにも君の身体は温かいから」
「色乃さんの手はひんやりしていて気持ちいいです」
まだ色乃が吸血鬼だと知らない日向は色乃の手が冷たい理由に気づいていなかった。
ただ、日向の赤い瞳には色乃が救いの手を差し伸べる聖女に見えていた。
凋落した名家の一人娘だった日向は両親も財産も全て失って天涯孤独の身となっていた。
そこに舞い込んだのが薄明女学院への推薦状。
難儀な体質のせいで引き取り手のいない日向はその日の住む場所を求めて吸血鬼の巣窟とも知らずに学院の門戸を叩いたのである。
「……あの、色乃さん、一つお願いがあります」
「お願い? ここで会ったのも何かの縁だし、出来ることなら叶えてあげるよ」
「…………わ、私を……あなたの従者にしてください」
主従契約制度だけは日向も知っていた。
だからこそ、この出会いが自分の運命を大きく変えてしまうとも知らずにそう言ってしまったのだった。
十 十 十
時は進んで決闘当日。
満月が空に浮かぶ真夜中十二時、薄明女学院の中庭では盛大な夜会が催される。
開催資金は全て有真の手持ちから出されているこの夜会の観客は一年生がほとんどだったが、審判役として鳳が呼ばれていた。
「うまーい! 千景ちゃん千景ちゃん! このロースハムすごく美味しいよ!」
「お前はどこに行っても食い物のことしか頭にないのか!?」
煌びやかなドレスに身を包んだ観客の中には千景と祥子の姿もあった。
決闘の夜会では正装の着用が暗黙のルールとなっており、千景と祥子もドレスコードをきっちりとこなしていた。
「それにしても千景ちゃんってドレスを着るとなんだかちょっとだけ頭が良さそうに見えるよね! 馬子にも衣装って奴かな!?」
「おい、それつまりお前の目にはいつもアタシのことが相当なアホに見えてるってことだよな?」
「そんなことより私のドレス姿どう思う!? ちゃんとメイクや髪型も整えたし、清楚系美女感出てないかな!?」
「論点ずらすなよ! 大体、そのドレスを用意したのも、メイクや髪型を整えてやったのもアタシだからな!? …………でも、まあ、黙っていれば綺麗なんじゃねーの?」
「へ? 最後の方、何か言った?」
「なんでもねーよ!」
千景は祥子から顔を背けてぶっきらぼうに言う。
「あっ! 見て千景ちゃん! 日向ちゃんと色乃ちゃんが来たみたいだよ!」
千景が振り返ると、祥子の言う通り、色乃たちが有真と凪の待つ中央広場に到着していた。
色乃は全身黒づくめのドレスを纏っており、普段からクールな雰囲気を放つ彼女の魅力を更に際立たせていた。
歩く姿一つを取っても周囲の生徒たちとは一線を画す洗練された色乃の立ち振る舞いは正に夜の女王と呼ぶに相応しい存在感を放っている。
しかし、そんな色乃も後から続いて現れた「彼女」の前座でしかなかった。
「…………色乃の奴、何考えてるんだ。あれは反則だろ」
そう呟く千景の隣で祥子が思わずぽかんとした表情で持っていた皿とフォークを落とす。
色乃があてがった純白のドレスを着て登場した日向は人々の視線を一身に集め、一瞬にして夜の世界を支配した。
誰もが見惚れ、誰もが言葉を失う。
彼女たちが主従だと言えば、知らない人々は間違いなく色乃が従者で、日向が主人だと思うだろう。
「主人である自らよりも従者を目立たせるなんて粋なことをしてくれるわね、色乃」
青いドレスを身に纏う有真は玉座に腰掛けながらニヒルに笑う。
有真の傍らには白いタキシードを着た凪が表情さえも微動だにせず佇んでいる。
中性的な容姿の凪と華麗なる有真は一見すると美男美女のカップルのようにも見える。
「どんなに私が美しい衣装を着ても、私の従者が私を上回ってしまうのだから仕方がないよ。それに私からすれば、君たちの方こそ充分異質だと思うけどね。特に凪が」
「これが私にとっての正装です。ドレスなどというひらひらしたものを着て、主を守るなどとは口が裂けても言えませんからね」
「なるほど。その男装は趣味とかじゃなくて効率性を重視したからなんだね」
「……………………当然です」
「おい、今結構な間があったぞ」
「千景ちゃん、例えそれが事実だったとしても色々台無しだからそういう突っ込みはやめようね?」
「私の従者の服装なんてどうでもいいじゃない。それより、これから決闘だけど、ちゃんと覚悟は決まっているのかしら? 今ならまだ勝負を降りることだって出来るわよ」
「お気遣いはありがたいけど、私も日向も負けるつもりでここに立っている訳ではないよ」
「そう言うと思ったわ。あなたとは幼馴染だから、お気遣いをありがとうなんて台詞が嫌味とかじゃなくて本心だと分かってしまうのよね。そんな純粋なあなたが、私は昔から大嫌いだったわ!」
有真は怒りを露わにして色乃を睨む。
「私は有真のことを今でも大切な友達だと思っているよ。私と有真と千景、よく三人で遊んでいた頃の思い出を懐かしく感じているよ」
「お黙りなさい! これは一族の誇りを賭けた決闘! 過去の友情など無駄なものよ!」
「無駄じゃありません!」
その時、色乃の前に日向が進み出て、小さな身体で色乃を庇うように立った。
「私は吸血鬼の誇りとか、よく理解出来ません! でも、一族同士の因縁とお嬢様たち個人は関係ないじゃないですか! お言葉ですが、私はお二人に仲直りして欲しいです!」
「仲直り? そういうレベルの話じゃないのよ、日向さん。あなたはとてもお利口で色乃にはぴったりの従者だと思うわ。だけど、それはあなたが口出ししていい問題じゃないのよ?」
「日向の言葉は私の言葉だよ。私は彼女の意思を尊重する」
「随分と従者に甘いわね。忘れたとは言わせないけど、あなたたちは五分の間に私の凪を屈服させなければならないのよ? あなたたち二人には卑劣な手段を使えるとは思えない、とはいえ、そこまで自信があるのならなんらかの秘策でもあるのかしら?」
「もちろん。とっておきの策を用意したよ」
色乃が背中に隠し持っていた一冊の手帳を日向に渡す。
色乃の用意した「秘策」の存在に有真と凪は表情を険しくした。
「…………いいわ。審判係の鳳お姉様、時間の計測をお願いします」
「わかりましたよ。では、両者揃ったところで、今宵の決闘を始めさせていただきます」
鳳は睨み合う両者の間に左手を差し出し、決闘開始を知らせるように手刀を振り下ろす。
「日向、二百六頁を開いて」
直後に色乃は日向に手帳を開かせる。
「やはり、その手帳が秘策の正体でしたか。一体どんなことを記してあるのでしょう?」
「色乃お嬢様から教えていただいた有真様の隠された真実です」
「お嬢の真実、ですか?」
「はい。色乃お嬢様曰く、『この日記に記されている内容を凪には知られたくないだろう』とのことです」
「……待ちなさい。日記ということはまさかそれは――」
怪訝な表情をする凪に対して、有真の顔からは血の気が失せていく。
「お嬢? どうされたのですか? 顔色が悪いようですが……」
凪や観客たちが有真の異変に気付く。
「花里さん、どうされたのでしょう」
「もしかすると、あの日記にはとても重要な秘密が書かれていたのかも」
観客たちが有真に不信感を抱き始めてざわめき出す。
「凪さん、あなたは有真様とこの学院に入学してからの付き合いだと聞いていますが、それ以前の有真様については知らないですよね?」
「確かに……存じ上げてはおりませんが……」
「この日記には有真様の恥ずべき過ちの数々が書かれています」
「過ちの……数々?」
凪は息を飲んで背後の有真を一瞥する。
「凪、惑わされてはいけないわ。あの二人の話はハッタリよ」
有真は真っ青な顔を伏せて震える声で凪に言う。
「ええ、きっとハッタリだわ。だって、あの子があんなことを持ち出してくるはずが……」
顔を伏せた有真は誰にも聞こえないような小声でブツブツと呟いた。
「それでは、告白いたしましょう、知られざる有真様の過去を」
日向が咳払いをして、開いた頁を見つめながら深呼吸をする。
「『二月十三日、私の家に泊まりに来た有真がまたしてもおねしょをした』」
「……………………お、おねしょ?」
「『十月六日、お昼ご飯を食べている時に有真がまたしても嫌いなミニトマトをこっそり私の皿に移し替えていた』」
「…………ミニトマト?」
「『三月二十七日、私の家に泊まりに来た有真とゾンビ映画を見たら眠れなくなったらしく、夜中に何度も叩き起こされた。途中から無視して寝たら、翌朝、またしても有真がおねしょをしていた』」
「……お嬢、ゾンビが怖いのですか? 吸血鬼なのに?」
凪が困惑した表情で有真を見つめる。
「『五月十日、私と有真と千景の三人で映画館に行った。有真に私のジュースを一口あげたら全部飲まれた。ホラー映画じゃなかったのに有真がおも――』」
「あああああああっ! 聞くんじゃないっ! 全員耳を塞ぎなさいっ!」
有真は絶叫するが、時すでに遅く、観客たちの視線は有真の下腹部に向けられていた。
「花里さんがおねしょ……」
「どんな人にも意外な一面があるのですわね……」
普通科の生徒たちがひそひそと話し始め、有真の顔はさっきまでと打って変わり、耳まで赤く染まっていた。
「そ、それはまだ十歳の頃の話でしょう!? 流石に今はおもらしなんてしないわよ! というか、なんで私のおもらしの話なんて日記に書いているのよ!」
「毎回、君が失禁した時は私の服や下着を貸してあげてたから、返してもらうことを忘れないように記録として残しておいていたんだよ」
「いつもちゃんと洗って返していたじゃない!」
「いや、十歳にもなって他人の家や公共の場でもらしてる時点でアウトだろ」
「嫌いな食べ物を他人に押し付けたり、他人の飲み物を勝手に飲み干したりするのは駄目だよ?」
「そこの主従は黙っていなさい!」
有真は千景と祥子をぴしゃりと黙らせる。
「祥子ちゃんがそれを言うのはどうかと思うけど……これで有真様の弱みは握れました」
「ふーん。つまり、初めから私が狙いだったのね」
「凪を屈服させるには彼女の弱点を知る必要があったが、凪にはそれらしい弱点が見つからなかった。だから、私たちは標的を有真に変えることにした」
「これ以上恥ずかしい秘密を暴露されたくなかったら私から凪に降参させるように仕向けるつもりだったのね。おかげで私は致命的なイメージダウンを受けたわ」
「どうされますか? 有真様にとって凪さんは大切な従者のはずです。そんな凪さんに恥ずかしい過去を知られたくなければ――」
「凪、その子を黙らせなさい」
「仰せの通りに」
いつの間にか日向の傍まで歩いて来ていた凪は左手で日記を奪い取ると、右手で日向の首を掴んで持ち上げた。
「ひっ、かはっ!」
「日向!」
苦しそうな声を出して凪の右腕を掻きむしる日向の姿に色乃は慌てて飛び出そうとする。
「いけませんよ月ノ宮嬢! あなたが飛び出せばルール違反となり、決闘に敗北してしまいます! それでもよろしいのですか!?」
だが、凪にそう言われた色乃は辛うじて踏み留まる。
「くっ、日向から手を離しなさい! その子に何かあったら私が許さない!」
凪が日向の首から手を離し、日向は石畳の上に尻もちを突く。
「お嬢が過去にどのようなことをしていようと私にはどうでもいいのです。私が主に幻滅するなどあり得ないのですから。私は主の命令に従い、あなたたちを完膚なきまで叩きのめします」
凪はよろめきながら立ち上がった日向の腹に容赦なく蹴りを入れる。
「ふぐっ!」
日向の悲痛な声に色乃は両手の拳を握りしめて駆け寄りたい気持ちを抑え込む。
凪は日向に殴る蹴るの暴行を加える。
それは明らかに過剰な攻撃であり、無表情で暴力を振るい続ける彼女の姿を見た観客の生徒たちは皆一様に震え上がった。
「美しい日向にこんなことをするのは心苦しいけど、私にもプライドがあるの。気を失うまで痛めつけるわ」
凪が意識も朦朧としている日向の顔にトドメのパンチを喰らわせようとする。
「有真お前、そんな下らないプライドのために――」
「そこまでにしておきなよ」
千景が激昂した瞬間、色乃が唐突に声を上げる。
凪は突き刺すような殺気を感じ取り、振り上げた拳が日向の顔に当たる直前で停止する。
「堪忍袋の緒が切れた。日向が傷つく姿はもう見ていられないよ」
しかし、色乃の表情は放っている殺気とは裏腹にとても落ち着いているように見えた。
「千景、プランBに変更しよう。正直、使いたくはなかったけど、こうなったら手段は選んでいられない」
「……了解。こうなるだろうと思って手を打っておいた甲斐があったな」
色乃が決闘の場に足を踏み入れる。
「色乃さん!? 決闘の妨害はルール違反となりますよ!?」
「いいえ、ルール違反にはなりませんよ、鳳お姉様。何故なら、私が『日向の従者』になるのですから」
「ええっ!? どういうことなの!?」
「こういうことだ」
驚愕する祥子をよそに千景は自身の手提げ鞄からボイスレコーダーを取り出して、再生ボタンを押す。
『凪と直接対峙出来るのは従者だけ。主人が手出しをすることは禁じる』
再生されたのは三日前の有真の発言だった。
「有真、君は従者だけが凪と対峙出来ると言ったね。でも、それが日向でなければいけないと明言していない。となれば、私が従者で日向が主人になっても問題はないはずだよね?」
「もしかして、あの時に千景が凪に掴みかかろうとした理由は……ようやく理解出来たわ。あなたが日向を自分よりも目立つようにしたのははこれが目的だったのね。まあ、いいでしょう。グレーゾーンだけど私は認めるわ。鳳お姉様もそれでいいかしら?」
「有真さんが認めるなら私から何かを言う権限はないですよ」
「ならば、ここから先は私が従者として闘わせていただくよ」
「お嬢様……そんな話、私は一度も聞いていなかったのですが……」
地面に倒れた日向を色乃は優しく抱き寄せる。
「そうだね。君にもこの策は伝えていなかった。君がこんなに傷だらけになるまで決心がつかなかったことを申し訳ないと思っているよ。初めからこうしておけば良かった。今は休んでいるといいよ」
日向は口の中を切ったことにより、唇からは一筋の血がだらりと流れていた。
色乃は日向と唇を重ね合わせ、溢れ出る日向の血液を喉の奥へと流し込んでいく。
「これで闘いの準備は整ったよ。早速だけど、決闘の続きを始めようか」
色乃の瞳が赤く染まり、自らの右手の人差し指の腹に歯を突き立てる。
色乃の指先からは血が噴き出し、彼女は人差し指を立てた右手を凪に向ける。
「凪! 右に避けなさい!」
凪は色乃の殺気に自身の怒りを相殺されて我に返り、有真の指示に従って回避に徹する。
その刹那、色乃の指先から深紅の弾丸が発射されて、有真の頬をかすめて玉座に弾痕を刻みつける。
「
色乃が指先から放ったのは自らの血液だった。
「これは混血魔法……先ほど、明日風嬢と口づけを交わした際に血液を摂取したのですね」
混血魔法。それは吸血鬼が竜血紋の眷属と自身の血液に含まれる魔力を掛け合わせることで発動する特別な魔法。
混血魔法は吸血鬼と眷属の組み合わせによって固有の効果が現れる。
色乃と日向の混血魔法は血を弾丸に変える心血魔弾。
「私が扱える弾丸は六発。その内の一発はさっき使ってしまったから残りは五発。その五発で君を仕留める」
「焦る必要はないわ! 要するに心血魔弾を使わせなければいいだけの話よ!」
「銃弾を目視で全弾避けるつもり?」
「……可能です。私は対銃火器用の戦闘訓練も経験しているのですから」
凪が動き出し、色乃は凪に魔弾を発砲する。
凪は宣言通りに五発目までを紙一重で避け、色乃を取り押さえようと手を伸ばす。
だが、凪の右足が踏み込んだ先は不自然に盛り上がり、それを踏み抜いた彼女は態勢を崩してしまう。
「何故足場が――」
「五発目はわざと外したんだよ。そして、次の一発で私は勝つ」
最後の一発を放つ銃身が凪の首元に向けられた。
「
有真が自らの右手首を噛んで、色乃の射線に右手を差し向ける。
出血した有真の右手首からは血の仕込み槍が飛び出し、魔弾から凪を守る。
「これはお嬢の混血魔法!? 何をなさるのですかお嬢!」
「そうしなければあなたは死んでいたかもしれないのよ! 本気で自害されたら私が困るのよ!」
「ですが、これでは私たちが反則負けに……」
「構わないわよ! 従者に死なれるくらいなら負けた方がマシだわ!」
「……有真さん、先ほどの混血魔法の使用は色乃さんに対する攻撃行為とみなして反則と認定しますが、宜しいですか?」
「ええ、反則負けで結構! 私としたことがまんまと色乃の策に引っかかったわ!」
鳳に問われて有真は吐き捨てるように敗北を認める。
「有真、君は優しい子だ。私が凪を撃とうとすれば君は私と同じように従者を庇おうとするだろうと思っていたよ」
「撃たないと分かっていても、最悪の事態を考えるだけで居ても立ってもいられなかったのよ」
「知っているよ。君は昔からそうだった」
「だったら、なんで私と一緒にいてくれなかったのよ!」
「えっ?」
「幼い頃の私たちはいつも一緒だった! 一族同士の仲が険悪になって疎遠になってしまってからも宿敵としてならずっとあなたの隣にいられると思っていたわ! だけど、私のいた場所はそこで眠っているアルビノの子に奪われてしまった!」
有真が気を失って祥子に介抱されている日向を睨む。
「今や色乃が一番大切にしているのは私じゃなくて日向さん! 私はそれが堪らなく妬ましかったわ! あなたから日向さんを取り上げたらどんな顔をするのか見てみたかった!」
「お前は馬鹿か! それなら素直に相談してくれれば良かっただろ! わざわざ日向を傷つける必要もなかったんだ!」
「いいえ! 千景のような人に私の気持ちはわからないわ!」
「なんだと!」
「そこは怒っちゃ駄目だよ千景ちゃん! 有真ちゃんの気持ちにも一理ある!」
「祥子……すまん。つい熱くなっていた」
「有真、決闘の報酬について、私は何も欲しくはないよ。君からは何も奪わない」
「そうですか。その寛容なお心遣いに感謝します、月ノ宮嬢。さあお嬢、今夜はもうお部屋に戻りましょう。事後処理は私が引き受けます」
有真はそのまま一言も話さないまま凪に連れられて中庭を去り、その後は半ば自然な流れで集まった人々は解散していった。
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