第33話 「死ぬために生きよう」

「何があったのかはなんとなくは聞いたし、それ以上のことは想像できるから、もうこれ以上は聞きません。先輩――一樹先輩も、……実先輩? も、そこは二人の関係ですし、二人だけのやり取りがあった訳ですし、外野からあーだこーだ言われるのも嫌でしょう?」


 このテーブルを仕切っていたのは意外なことに雪子だった――いや、その役回りが雪子になったのは妥当かもしれない。僕も古賀さんも叱られる側だし、黒川さんは自殺願望がないのだから、理解を示すのは難しいだろう。


「まあでも、自分たちが如何にバカでアホなことをしたかっていうのは、本当に理解してくださいね。花芽先輩がどれだけ心配してたか、知らないでしょう?」


「黒川さんが……?」


 古賀さんが黒川さんに視線を向けると、彼女は必死に両手を振ってその言葉を否定した。


「い、いや、別に……そんなことないのよ?」


「……本当にすみませんでした」


 僕は改めて黒川さんに頭を下げた。古賀さんもそれに続いた。

 黒川さんは「いや、そんなこと」と顔を上げるように促していたが、ほどなくして「もう……あんなアホなことしちゃだめよ?」と言った。僕たちは更に深く頭を下げた。


「一樹先輩が怪我するのは別にいいですよ。死にたいんですし、それは自業自得です。でも花芽さんは部外者じゃないですか――仲間外れとかそういう意味じゃなくて、ですよ? 他者に迷惑かけず、他者の血を流さず。これが自殺のマナーじゃないですか」


 そんなマナー聞いたことはなかったけれど、その通りだ。僕に返す言葉はなかった。


「……あたしだって心配したんですよ? 本当にうらやま――じゃなくて、抜け駆け――じゃなくて、……えーっと、とにかく、心配したんですよ」


「……ありがとう、雪子」


 雪子はにやっと笑って鼻を鳴らした。「次一緒に死ぬのはあたしの番ですからね」


「今はもう死ぬとかそういう話は禁止です」珍しく怒ったように、黒川さんが口を尖らせた。「あなた達みたいな自殺志願者にとっては鉄板ブラックジョークみたいなものなのかもしれないけど、私から見たらそういうの、すっごい気が気じゃないんだから」


 ……申し訳ありません、と本日何度目になるか分からない謝罪の言葉を口にしようとしたが、それよりも先に雪子が言葉を挟んだ。「や、そういう訳にはいきませんよ」


「ちょっと、ウサユキちゃん?」


「花芽先輩の気持ちもわかりますけど、でもあたしたち、そういう人間なんですよ。死にたいって感情の上で生きてるのがあたしたちなんですよ。いつでも死ねるから生きてるんですよ。少なくとも宇佐雪子ちゃんという女の子は、今も変わらず死にたいし、死にたいの上にいる人間なんですよ。だから、それはただ目を逸らしているだけなんですよ」


「……なんか」


 黒川さんは笑った。引きつったような、呆れたような、脱力したような、ヤケクソ気味な笑顔だった。


「そんなキラキラした目で死にたいって言われると、よく分かんなくなるわ」


「そんなにキラキラしてました?」


「キラキラしてました」と黒川さんがうなづく。「というか、私だけアウェーなのよね。私だけ死にたいとかそういうことを考えてない。……や、ちょっと考えてみたりすることはあるわよ? ……中間テストのことを考えると、もう、屋上から飛び降りたくなるくらい。でも本気で、本音で、死を願ったことは、ないからさ」


「まあ、それが普通ですよ」と雪子。「それが健全です」と古賀さんも同調。僕も頷いた


「なーんか悔しいというか変な感じ……え? 私の感覚が普通なのよね?」


「どうでしょうね」と言ったのは僕だった。「僕たちは変わりものなので、普通がどうとかは分かりませんから」


「……なんかみんな、達観しちゃってさ。憑物が落ちたみたいにすっきりしてるわ。私だけがこの空気について行けてない……」


 黒川さんは唇を尖らせて、いじけているアピールなのか「むう」「むう」と音を鳴らし始めた。僕と古賀さんと雪子は交互に視線を交わす。黒川さんの言い分は分かる、フォローしたい、でもこれは僕たちにしか分からない、いや僕たちでも分からない感覚なのだからどうにもできない。


「あ、ほら、また三人で目を合わせて! 私だってすごい心配してたのに……こうなったら私も……」


 黒川さんはそこで言葉を切ると、何を思ったかブレザーのポケットをまさぐり始めた。「ん、んー……どこ入れたかな」。やがて彼女の眉がピピンと動き、手を引き抜くと、その手を自分の首元へ持っていった。


 僕たちは彼女の行動の意味が分からなくて、頭に疑問符を浮かべながらその奇妙なポージングに黙って視線を向けていた。「何をしてるん――」。そしてすぐ驚愕に言葉が詰まった。


 彼女のポーズには見覚えがあった。彼女の手に握られている物には見覚えがあった。先程僕たちがしていたものだ。先程僕たちから没収したものだった。「私も死んじゃおっかな!」。黒川さんは立ち上がり、その首筋に当てがったカッターナイフを見せつけるように顎を上げた。


「……黒川さん、刃が出てないです」


 しかしすぐにそのことに気が付いて指摘をすると、彼女はふっと笑ってカッターをポケットに再びしまった。


「焦ったかしら?」


「脅かさないでください!」と古賀さん。「冗談でも危ないじゃないですか!」


 いったいどの口が、と雪子がジトーッとした視線を古賀さんに向ける。古賀さん自身も自分の言動のちぐはぐさをすぐに自覚して、かあっと顔を赤くした。うふふ、と黒川さんが笑って僕たちもつられて笑った。

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