第8話 「間抜けなデートプラン」
「いや、そうじゃなくてさ、デート」
安っぽい、しかしそれがおいしいコーヒー味に舌を浸してから、僕は強引に話題を戻した。
「デートって、どうして急に?」
「急じゃないよ」と古賀さんもストローから口を離した。「あ、もしかして一樹くん、腕を組んだりチューしたり、そういういやらしいのを想像したでしょー?」
「してないよ」
即答。
流石にそこまで悶々とした欲望に塗れた思考はしていない。
ただ、デートというのは付き合ってる男女がするもの、と僕の辞書には記録されている。その事を古賀さんに告げると、彼女はぷぷっと噴き出した。
「それは実に童貞らしい考えだね」
「……」
それは事実なので、僕は何も言い返せず、「しょうがないだろ」という抗議の視線を向けることしかできなかった。
「今思えば、昨日急にはきはきとわたしのことを褒めだしたり、付き合いたいって言い出したのも、非常に童貞らしい行動ですねえ」
「……それは今関係ないでしょ」
「うん、関係ないね。だから、話を本題に戻しましょ」
そう言いつつ、古賀さんは「してやったり」という風に、意地の悪そうに頬を歪めていた。
「つまり、一緒に遊びに行こうよってことですよ。惚れた腫れたの前に、わたしたちは互いのことをほとんどなんにも知らないんだからさ。恋愛対象にしろ協力相手にしろ、わたしは一樹くんのこと、一樹くんは古賀実ちゃんのことはちゃんと知っておきたいでしょ」
「……それは、一理ある」
というか、全くその通りだった。
完璧な正論である。
しかし……昨日の無茶苦茶な流れ、そして今日のこのやり取りから、急にまともなことを言われると、なんだか拍子抜けしてしまう。
「それとも、一樹くんは嫌? わたしとデートするの」
デート、の部分をいやに強調して、悪戯っぽく僕の目を見た。
「僕は嫌じゃないよ」
「じゃあいいじゃん」
「古賀さんは嫌じゃないの?」
「……わたし? なんで?」
「分からないならいいよ」
「……あー、”僕なんかと一緒に遊んで嫌じゃないの?”ってこと?」
「……まあ、そう」しぶしぶ、僕は頷いた。
「そんな卑屈じゃ叶う恋も叶わなくなっちゃうよ。そんなの分かる訳ないじゃない。わたし、まだ一樹くんと遊んだことないし、知り合って実質一日しか経ってない。一緒に遊ぶのが嫌かどうかは、これから遊んでわたしが判断すること。だから一樹くんはそう思われないように努力しないと」
それが相手から好意を持たれるように頑張るってことですよ。古賀さんはドヤ顔で、眼鏡をくいと押し上げる仕草をした。
「古賀さんを、楽しませる……」
古賀さんの言葉を否定する訳ではないが――その”頑張る”方法が分からないのである。古賀さんを楽しませる。だから、どうやって楽しませるかが分からないのだ。
「あ、考え込んじゃった。そんな難し考えなくていいんだよ。自分が楽しめばそれでいいんだから」
「自分が楽しむ?」
「そ」
「周りの人を楽しませるのに?」
「そ。つまんない気持ちって伝わるから、まずは自分が楽しむこと。それで、たまに周りの人を気にかけてあげるの。それが“自分が楽しむ”と“自分だけが楽しむ”の違い」
「……」
「あ、頭抱えちゃった」
「……難しい」
「大丈夫だよ。分かるよ。っていうか分かってる筈だから。人との接し方って普段無意識にやってることだから」
古賀さんはまるで先輩が後輩に、どころか母親が子供に向けるような、優しい――あるいは言い聞かせるような笑みを浮かべた後、「ただ、これはちょっと問題がありましてー……」と、一点表情を曇らせた。
「その、わたしたちはさ、今この関係をばれないようにしてるじゃない? あんまり堂々とはできないんだよね」
「……確かに。じゃあ、人気の少ない所をデートするってこと?」
「うん。それも一緒に向かうんじゃなくて……ほとんど現地集合、みたいな感じで」
「……」
「それじゃ嫌、かな……変かな?」
「……いいんじゃない?」
「ほんと?」
「うん」
変で間抜けな感じはするけれど、それでいいだろう。
普通じゃない経緯で巡り合ったのだから、そして間抜けな経緯でこの関係になったのだから、普通じゃなくて間抜けなのがいいと思ったのだ。
「じゃあさ、じゃあさ」と、彼女はやや上機嫌そうに、スマホを取り出し画面を開く。そこには駅周りの地図が表示されていた。
「駅前はちょっと目立つんじゃないかな……」
「や、違うよ。それくらいは分かってる。じゃなくて、ここ」
そう言って彼女は、駅前の商店街、の隣の隣の通りを拡大して、表示されている飲食店のアイコンの一つをタッチした。店先の写真が浮かび上がり、“喫茶店ふくろう”の文字が現れた。
「喫茶店……」
「そ。ここ、行ってみよ?」
「……もちろん、構わないけど」
喫茶店。
喫茶店、か。
「……もしかして、嫌?」
「いや、違うよ。嫌じゃない」
「……そう?」
「もしかして、嫌そうな表情をしてた?」
すると古賀さんは目を伏せて、「ちょっと」。
「……ごめん、その、本当に嫌とかじゃなくて」
「……うん」
「嫌じゃないけど、喫茶店なんて入ったことないからさ、ちょっと気が引けちゃって。そういう所って、学生が一人で入るの、ちょっとハードル高いでしょ? 気取ってるみたいだし……女の子グループとかならおしゃれで、映える? っていうの? なんだろうけど……」
そう弁明しながら、僕のどんどん言葉と首が下に下に沈んで行った。
こういうところが卑屈なんだ。それを自覚しながらも、そう簡単に変えることはできないようだった。そう諦めるから卑屈なんだ。それも判ってる。
……行く前から嫌な気持ちにさせてごめん。
そう言おうとして僕は顔をあげた――そこには、嬉しそうに笑っている古賀さんの顔があった。
「わたしも一緒。そういう所苦手だし、入ったことないの」
「……そうなの?」
「うん。洒落てるの、気取ってるの、苦手なんだよね。だから髪とかも染めたことないし。一緒に入るような友達も、いないしさ」
「……」
僕と一緒だ。
僕は、思わず頷いていた。
「だからこそさ、一緒に行ってみようよ。ここ、ほら、写真見て、あんまり洒落てないでしょ。それに今は、一人じゃないからさ。折角なんだから、デートじゃないといかないようなところ、行ってみようよ」
「……うん」
僕はもう一度、今度はしっかりと、頷いて見せた。
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