第4話 「プロデュース」

「本当にごめんね、古賀さん。変なことをしちゃって……傷つけて……」


「別に傷付いてないよ。なにより面白かったし」


「それで……できることなら、忘れてくれるとうれしい。いや、僕が告白したことは別にいいんだけど、死にたいって思ってることは、忘れられなくても、誰にも言わないでくれると……」


「ふうん?」にやりと、古賀さんは悪辣な笑みを浮かべた。「随分と都合がいいね、一樹くん。傷付いてないとはいえ、傷付けるようなことをして、あまつさえわたしの秘密を知って、自分の秘密は黙ってくれ、なんて」


「それは……ほんとうに、ごめん」


 秘密は古賀さんが勝手に喋ったんじゃないか、だなんて言えない。僕がこんなことをしなければ彼女が話すこともなかった訳だし、そもそも突っ込んだ質問をした時点で、僕にそんなことを言う資格はない。


「別に、知られてもいいじゃん?」


 と、フェンスと床に完全に体重を預け居座ることに決めたらしい古賀さんが、首を傾け僕の顔を覗き込んだ。「そうするべきだと、わたしは思うんだけれど」。どうして、と当然僕は訊ねる。


「だって、一樹くんは誰にもそれを理解してもらえなかったから、っていうか話せなかったから、こんなにこじらせちゃったんでしょ?」


 こじらせちゃった、という言い方に、古賀さん程ではないが小さく笑ってしまう。

 こじらせちゃった。うん、今の僕の状況を表すのにあまりにも的確な言葉だ。


「いっそのことオープンにした方が気が楽なんじゃないかな?」


「いや、それには遅すぎるんだよ」


「遅すぎる?」


「正直……ここまでこじらせちゃうと、もう気遣いが煩わしいものにしか感じないんだ。それにクラスに友達一人もいないやつが死にたいとか言っても、むしろ気味悪がられるだけだと思わない?」


「……うーん」


 古賀さんは顎を撫でて考え込む素振りを見せるが、確かにその通りだと、顔に書いてあった。


「だから、ここまで来たら、この気持ちを隠し通したまま、誰も知らない所でひっそりと死ぬしかないんだよ」


「……言わんとすることは分かるけど」と古賀さんは顎の皮をつまんだ。「でも、わたしはそれを知っちゃったじゃん」


「うん、だからそれを秘密にしてほしくて……」


 すると、古賀さんはわざとらしい大きなため息を吐いた。はあーーーー……そして酸素を吐き出しきって、それでも溜め息の仕草を続けて――すうぅぅぅぅ――大きく何度も深呼吸。


「そうじゃなくて――はあ、はあ、はあ――一樹くんがどうこうじゃなくて――はあ――わたしが、気分悪いじゃん」


 もう一度大きく深呼吸して、やっと呼吸が整って、ほおっと息を吐き出した。


「一樹くんは死にたいって考えてて、でそれを何とかするために告白して、わたしがフって……で、その秘密を知っちゃって。一樹くんはこれからどうするの?」


 ……どうするんだろう?

 それは全く考えていなかった。


 でも……最期に恋をしてみよう、と思い至った訳だから、その恋が叶わなければ――叶うまで生きてみよう、とはならない。やっぱり無理だった、じゃあ死のう、となるのが自然だろう。


「……それで一樹くんが死んじゃったらさ、わたしがどんな気分になるか分かる? 間接的に、君を殺してしまったことになるんだよ? そこまで考えた?」


 ……あっ、と、声にこそ出さなかったが、僕はぽかんと口を開けていた。

 全く、考えてもいなかった。その程度の考えも及んでいないことに、僕は僕に驚いた。 


「でしょ? もう一樹くんは勝手に死ねないの。わたしがその事を知っちゃったから、一樹君の自殺には、わたしの精神的な死が付きまとうんです」


 ……死にそうだった。

 死にたいのに、死ねなくて、死にそう。


 酷く悔やむ。

 どうせ死ぬんだから、最期にちょっとはっちゃけたことをしてみよう、なんて考えた今朝の自分をひどく恨む。


 どうせ死んだら何も残らないんだから、古賀さんのことなんて気にせず死ねばいいじゃないか――なんて考えはするが、しかしできない。できる訳がない。そんなに傲慢にふるまえないから、こんな屈折した性格になってしまったのだ。


「……古賀さん」


「なに?」


「僕はどうすればいいですかね……」


「……」古賀さんは垂れた目じりを更に下げてから、「ちょっと、罪悪感は感じてる」と呟くように言った。「一樹くんの気持ちを知らないで……秘密を暴くようなことをしちゃったから。それにその事を聞いた時、わたし笑っちゃったし……」


「いや、別にそれはいいんだよ……。そもそも悪いのは僕だし、変に重くとらえるよりも笑ってくれた方が……」


「でも、“やっばあ”だよ、“やっばあ”!」


「“やっばあ”でもさ」


「ねえ、一樹くん」


 改まって、古賀さんが僕の名前を呼んだ。

 なんだか今までと違う雰囲気に、僕は思わず唾を飲み込んだ。


「一樹くんは、恋をすれば死にたくなくなると考えたんだよね」


「まあ、ダメ元みたいなものだけど……」


「でも、とりあえずは踏みとどまろうとは思うんだよね?」


「うん、多分……」


「そっか……」


 古賀さんは顎を引くと、口をぎゅっと結んで、自らの膝に視線を落とした。

 ひどく何かを悩んでいるようなその表情に、僕は何も言葉を発せず、同じように口を閉ざして視線を落とした。「プロデュース」。やがて彼女が、そんな言葉を口にした。


「え、プロデュース?」


「プロデュースしたげるよ」


「え?」


 その言葉の意図が分からず、聞き返す。

 古賀さんは顔を上げると、にっこりと優しく微笑んで、そして言った。


「プロデュースしてあげるよ。一樹くんの初恋と、初彼女。あと、できれば脱童貞」

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