episode 4
「ん……手紙……無事……?」
紙に手を伸ばして風に煽られ、宙から落ちたと思った。どのくらい経ったのか分からない。フィカは自分の背中、長衣越しにひやりとする地面を感じた。力んでいる右手の中には紙の感触を覚える。
それにほっとし、どうも身体が重いのに気がついた。
うっすら眼を開けると、眩しいはずの太陽がなく、前が見えない。
というか、腰あたりに自分のものでない手がある。
「うきゃぁ何してんのよ!」
腕を押し出しながら飛び起き、フィカはヴァイオリンを抱きしめた。突き飛ばされたウェネが弾みで尻餅を付き、ヴァイオリンをぶつけられた額を摩る。額にはスクロールがぶち当たった赤い跡が見事についていた。
「いったぁ……落ちてくるから大急ぎで受け止めたってのに……失敗して箒ごと落ちたけど」
「え、あ、嘘、ごめん、悪気はないの」
フィカはウェネの額に手を伸ばしかけ、すぐ手前で止めた。しかし思い直して、鼓動が早くなるのを感じながらそっと指を伸ばし、ウェネの額に触れる。死神の体温は低く、指先から冷気も伝えられる。
「……ありがと」
「うん、いいよ無事だったし。でも手紙……標的は……」
はたと気が付けば、先ほどまでの暴風は止み、何事もなかったように秋の西陽の下で涼やかな空気が漂うばかりだ。
斜め上を見上げると、観覧車はゆっくりと回転を続けている。そこから視線を地面へ戻せば、標的の女性と男性が観覧車から降りて来ているところだった。
「ねえ……」
「んー、あれぇ?」
どうも様子がおかしい。なぜか、ウェネが思っていたのと違う。
標的の女性の方は泣いているようで、目元に何度もハンカチを当てているのだが。男性の方は逆に笑っている。困ったというよりも少し嬉しそうで、実に優しい顔で女性を慰めているのだ。
さらに、観覧車に乗る前には指先すら触れてなかった二人の手は、しっかり繋がれていた。明らかに、恋人同士の図である。
「あ、使役魔」
先ほど二人と対峙した使役魔の一団が観覧車の向こう側に見えた。数秒、観察していると、使役魔達は少し先にある娯楽施設の柵を次々に超えていく。そして最後の一匹も——振り返ってフィカとウェネを一瞥し——柵の向こうに見えなくなった。
「どういうことなんだ?」
「ねえ、この手紙ってもしかして……」
呆けた気分で使役魔を見送って、フィカは手に握っていた手紙に眼を落とす。くしゃくしゃに皺のついてしまった封筒は切れてしまっていた。中からそっと出した紙をゆっくりと広げると、ウェネも脇から覗き込んだ。
端正な達筆の文面に眼を通して、フィカとウェネは顔を見合わせた。
「とりあえず、これ……」
「返そうか……」
二人でほぼ同時に言うと、ウェネが頷いて杖の先を手紙に当てる。薄黄色の紙はくるくる回りながら宙を飛び、女性と男性の周りを一回巡ってから、ひらひらと地面に落ちた。
俯いていた女性が驚嘆と歓喜の声を上げてそれを拾うのを見届けて、ウェネとフィカは姿を消した。
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