生徒会長の悩み事
ジータ
生徒会長の悩み事
夏休みのとある日の朝、1人の少女がベットの上に寝転がりながらジッとスマホを眺めていた。
彼女の名前は桜小路綾乃。通う学園では生徒会長を務め、才色兼備、文武両道と教師や生徒から慕われる存在だ。しかし、綾乃には1つ大きな秘密があった。それは綾乃が100万人に1人かかるかどうかという病気、性転換病に罹っていたということだ。そして、そのことを知るのは一部の教員と、1人の生徒——生徒会副会長の白峰零斗だけであった。
綾乃にとって零斗は自分の秘密を知りながらも友達付き合いを続けてくれる貴重な存在であったが、そんな零斗が今、まさに綾乃の頭を悩ませていた。
「うーーーーん、どうしよう」
ベッドの上をゴロゴロと転がりながら、綾乃は悩み続ける。動き回り過ぎたせいで服が乱れているのも気にせず、直そうとしない。学園での彼女しか知らない者が見たならば思わず目を疑うだろう。
「やっぱり、オレから遊びに誘うべきなのかなー。でも、なんかなー」
綾乃の悩み事とは『どうやって零斗を遊びに誘うか』ということであった。今までならば気軽に遊びに誘えていたのだが、今はそうできない事情があった。夏休みに入る前日に、綾乃は零斗に告白されてしまったのだ。返事を急がなくていいという零斗の言葉に甘え、その場で返事をしなかった綾乃は後日、いつものように零斗を遊びに誘おうとした時にふと思ってしまったのだ『告白の返事もしていないのに遊びに誘ってしまっていいのだろうか』と。綾乃の中で告白に対する答えはまだ出ていなかった。これが普通の男子生徒ならば何の迷いもなく断ることができた。だが、零斗は外面ではない、綾乃の素を知って告白してきたのだ。
綾乃の元男としての意識では男と付き合うなどあり得ないと思っているし、現在でもそれは変わらない。しかし、零斗に告白された時に感じてしまった胸の高鳴りと、よくわからない感情などが重なり合い、答えが出せなくなっていた。
「あーもう! 全部あいつが悪いんだ。なんであんなタイミングで告白なんてしてくるんだよ」
積もり積もった悩みは苛立ちへと変化して、零斗に対する怒りの感情へと変わっていく。
「せっかく夏休みに一緒にしたいこといろいろ考えてたのに、このままじゃ何もできないじゃん。だいたい———ってうわ!」
零斗への恨み言を呟いていた綾乃だったが、手に持っていたスマホが震えだしたことに驚いて手からスマホを落としてしまう。慌てて拾いあげて画面を確認すると、そこには零斗からの着信を示す文字が。驚きと共に起き上がった綾乃は何故か乱れた服装を直し、意を決したように綾乃は電話に出る。
「も、もしもし」
『あ、やっと出たか』
「何の用だよ」
『いや、用っていうか……今日、暇か?』
「へ、今日?」
言うまでもなく綾乃は暇である。そもそも、綾乃には零斗しか友人がいない。性転換病に罹った時、それまでいた友人は皆綾乃から離れていった。今の学校でも演技だとバレないために人付き合いは最小限にしている。
しかし、今の状態で零斗と会うのはなんとなく気まずい気がする綾乃は反射的に断ろうとしてしまう。
「今日は用事が……」
『そうなのか? だったらまた今度に———』
「あったんだけど! 急に無くなったから今日は暇かな、うん」
『そうなのか? じゃあさ、今日一緒に遊ばないか』
「え、あ、うん。だ、大丈夫だ」
『じゃあ、12時に駅前にいるから』
「わかった。何か持っていく必要あるか?」
『いや、特にないな』
「そうか、それじゃまた後で」
零斗との通話を終えた綾乃は、一瞬の停止の後、慌てて動き出す。
「どどどどうしよう! いきなり過ぎて心の準備とか……あぁ服も用意してないし!」
バタバタと部屋中を動き回り、あーでもないこーでもないと言いながら服を決めた綾乃は、鏡の前に立ち身なりを整える。
「よし、これで完璧だな。ってやば、もう行かないと」
満足そうにうなずく綾乃はそのまま慌てて出ていく。綾乃が出ていった部屋の中では、クローゼットから飛び出した衣服が部屋中に散乱していた。
□■□■□■□■□■□■□■□■
とある夏休みの朝。零斗はリビングでチケットをジッと見つめたまま座っていた。
「うーん……」
「あれ、どうしたの兄さん」
「ん、あぁ菫か」
二階から降りてきたのは妹の菫だった。零斗と同じ高校に通っている。
「さっき母さんから映画のペアチケット貰ったんだよ。今日までみたいでさ。誰か誘って一緒に行きなさいってな」
「? それで何でそんなに悩んでるの。友達を誘えばいいじゃない……って、あ……」
不思議そうな顔をしていた菫が、何かを察したように気まずい顔をする。
「やめろ、憐れむな。悲しくなるから」
「大丈夫。兄さんには私がいるものね。友達がいないことなんて気にしちゃだめよ」
「友達ぐらいいっぱいいるから! たまたま今日はみんなと予定が合わないだけだよ」
嘘である。学校では広く浅い付き合いしかしない零斗にとって、連絡先を知っているのは生徒会メンバーだけであり、その中でも連絡を取り合うのは綾乃ただ1人である。
そんな兄の事情などお見通しの菫だったが、零斗の見栄を張る哀れな姿にいじるのを止める。
「私が今日空いてるなら兄さんと一緒に行きたいけど、ぜひ一緒に行きたいけど、今日は用事があるから……ごめんね」
「いや、気にすんな。やっぱり綾乃でも誘ってみるよ」
「綾乃って、生徒会長の?」
「あぁ、そうだけど」
「仲……いいの?」
「まぁ悪くはないと思うけど」
「ふーん……」
「どうかしたのか?」
「……別になんでもないけど。まぁいいわ、私もそろそろ出ないといけないから行くわね」
「気を付けてな」
「行ってきます」
何か言いたげな様子の菫だったが、それを告げることなく家を出ていく。
1人リビングに残された零斗は改めて綾乃に電話を掛けるかどうかを悩む。
「この間あんなことあった……ってか、したばっかりだしなー」
終業式の日、いろいろあって綾乃に告白した零斗はその場では誤魔化したものの、家に帰ってから自分のしたことの大胆さに1人ベッドで悶えていた。それからというもの、何となく連絡しづらくなって、今日まで何もしてこなかった。
「まぁ、せっかくだし……いつまでも逃げてるわけにもいかないよな」
同じ時間帯、綾乃も同じように考えていることなど全く知らない零斗は思い切って綾乃に電話を掛ける。しばらくのコールの後、綾乃が電話に出た。
『も、もしもし』
何やら慌てた様子の綾乃。声に緊張が感じられる。零斗も若干の緊張を感じながらもそれを悟られないように平静を保って要件を告げる。
「あ、やっと出たか」
『何の用だよ』
「いや、用っていうか……今日、暇か?」
『へ、今日? 今日は用事が……』
「そうなのか? だったらまた今度に———」
『あったんだけど! 急に無くなったから今日は暇かな、うん』
「そうなのか? じゃあさ、今日一緒に遊ばないか」
『え、あ、うん。だ、大丈夫だ』
「じゃあ、12時に駅前にいるから」
『わかった。何か持っていく必要あるか?』
「いや、特にないな」
『そうか、それじゃまた後で』
電話が切れた後、零斗はスマホを置いてため息を吐く。
「ふう……なんで電話するだけでこんなに緊張してんだか」
綾乃と約束をした零斗は、そのまま家の雑事を終わらせる。そののちに出かける用意をすませる。
ちょうど良い時間になったのを確認した零斗は家を出る。待ち合わせの駅前までは20分ほど。炎天下の日差しの中、駅前は夏休みということもあり人でごった返していた。
「人多いな……これじゃ綾乃探すのも一苦労だ」
駅前という曖昧な指定しかしていなかったために、駅前のどこに綾乃がいるのかということを零斗は把握できていなかった。
しかし、零斗は少し離れたところにぽっかりと空いた場所があることに気づく。近寄って見てみれば、そこには一人の少女が立っていた。
「あれ……綾乃か」
綾乃は白いワンピースと大きな麦わら帽子に身を包み、零斗を待ってジッと立っている彼女はまるで深層の令嬢のような雰囲気を醸し出しており、零斗は己の知る綾乃とのギャップに思わずドキリとした。
この炎天下の中、いつまでも綾乃を待たせるわけにはいかないと思った零斗は、人の波をかき分けて綾乃へと近づく。
「あ……」
近づいてくる零斗の姿に気づいた綾乃は、それまでの令嬢のような雰囲気から一変して、年相応の、明るい元気な様子で零斗に駆け寄る。
「おはよ零斗。ってかおそいじゃん。何してたんだよ」
「あぁ、ごめん。家の用事してたら出るのが遅くなってさ」
「お前から誘ってきたんだからその辺はちゃんとしろよな。でもまぁ、オレは優しいから許してやるよ。感謝しやがれ」
告白の一件をひきずってもっとギクシャクするかもしれないと感じていた零斗だったが、いつも通りの綾乃の様子に安堵する。
「そりゃどうも。心の広い綾乃様に感謝いたしますよ」
「おい、感謝の言葉に気持ちがこもってないぞ」
「そんなことねぇよ」
「まぁいいや、それよりももっと別に言うことがあるだろ」
「言うこと?」
何かを期待する眼差しを向けてくる綾乃、だが、零斗は何を言われているかまったくわからない。答えないままいると、段々と綾乃の表情が曇ってくる。
「ホントにわからないのか?」
「……すまん」
「服だよ、服! せっかく気合入れて選んできたんだから、それぐらいわかれよ!」
気合を入れてきた服に気づかないということを怒るのは女性の思考に近づいている証なのだが綾乃はそのことには気づかない。なぜ零斗と遊びに出かけるのに気合を入れて服を選んだのか、ということにも気づいていない。
「あぁー、服か」
零斗は言われて綾乃の服を見て、気づく。今までにも零斗と綾乃は何度も遊んだことがあるが、今まで綾乃はワンピースのような女の子らしい恰好はせずに、男の子らしい恰好をしていた。
「おめかし、してくれたんだな」
「へ!?」
「今まではそんな恰好したことなかっただろ」
「そういえば……も、もしかして変か?」
「いや、そんなことねぇよ。よく似合ってる」
「そうか、それならよかっ……じゃなくて、いうのが遅い!」
「はは、悪かったよ。それじゃ行くか」
「行くのはいいけど、オレまだ何するか聞いてないぞ」
「そういえば言ってなかったか。今日は映画に行こうと思ってさ」
「映画?」
「親からチケットもらったんだけど、今日までみたいだったからな。いかないのももったいないだろ」
「映画か、久しぶりだなー」
綾乃は性転換してからというもの、極力出かける回数を減らしてきた。性転換してからしばらくは遊びに出かけるどころではなかったし、落ち着いてからも出かけるたびに声をかけられるようになってしまった。それ以来、出かけることはどんどんと減っていったし、出かける際には顔を隠すようになった。
それらが全て変わったのはやはり、零斗と出会ってからだ。自分を偽らなくてよい時間があるというのは綾乃にとって心地よかったのだ。
「俺も映画は久しぶりだよ。それじゃ行くか」
「うん!」
久しぶりの映画にテンションが上がった綾乃と零斗は駅前から離れて映画館へと向かった。
この時の二人のやり取りを見ていた第三者達は、どう見ても恋人同士にしか見えないそのやり取りにほほえましさや、嫉妬の目線を向けていたが最後まで二人がそのことに気づくことはなかった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
「映画といえばポップコーンだろう!」
映画館に着くなり綾乃がそんなことを言い出した。
「は?」
「だから、映画にはポップコーンがつきものだろ。買っていこう!」
「それは別にいいけどさ。いきなりだな」
「絶対に欠かせないものだしな。塩とキャラメルどっちがいい?」
「別にどっちでもいいよ」
「そんじゃキャラメルで。飲み物何にしようかなー」
久しぶりの映画がよっぽど楽しみなのか、先ほどからずっとテンションの高い綾乃。無意識なのか、鼻歌まで歌っている。そんな綾乃の姿に、零斗も表情が緩む。
「子供みたいだな」
「なっ、どこがだよ!」
「雰囲気から何から全部だよ」
「くぅ……零斗のくせに生意気だぞ」
「ホントのこと言っただけだろ」
「だいたいお前は……」
そんな言い合いを続けていると、遠くから一人の少女が近づいてくる。
それに気づいた綾乃は慌てたように姿を隠そうとするが、時すでに遅しだ。
「あー!!! やっぱりそうだ。生徒会長ですよね!」
声をかけてきたのは綾乃や零斗の後輩にあたる、生徒会補佐に所属する高原蘭という少女だった。綾乃のことを異常なまでに尊敬している蘭は少しでも綾乃に近づくために生徒会補佐に入ったのだ。逆に、何かと綾乃に頼りにされているのが気に食わないのか、零斗のことは嫌っている。
「俺もいるぞ」
「……あぁ、いたんですか白峰先輩。存在感なさ過ぎて気づきませんでした」
「お前なぁ、一応は先輩なんだから敬えよ」
「私が敬うのは生徒会長だけです」
零斗の主張をにべもなく切り捨てる蘭。
「それよりも会長、今日はどうなさったんですか?」
「えぇ、今日は白峰君と映画を見に来たの」
とっさに外面を被る綾乃。少し前までの浮かれたテンションは微塵も感じさせない、完全無欠の生徒会長が一瞬で出来上がる。
「ま、まさか……白峰先輩とデート……ですか?」
「え、デート?」
言われて初めて綾乃は気づく。男女二人で出かける状況というのは傍から見ればデートにしか見えないのだということを。
「デート? いえ、これはそういうのじゃ……」
「ですよね! 会長が白峰先輩とデートだなんて、そんなことあるはずないですもんね!」
綾乃が言い切る前に食いついてくる蘭。
「お前の中で俺はどんな位置にいるんだよ」
「うるさいです。男はみんなけだものなんです! 先輩だって例外じゃないんです。きっとこのまま白峰先輩といたら会長が白峰先輩の毒牙に……い、いけません! 会長、私と一緒に行きましょう!」
容赦のない侮蔑のまなざしを零斗にたたきつける蘭。
「あほか」
「あうっ。なにするんですか!」
呆れた零斗にデコピンされた蘭は赤くなった額を抑えながら文句を言う。
「お前の心配してるようなことは起きねーよ。むしろお前と二人にするほうが心配だ」
「うぅ、でも……」
なおも言いつのろうとする蘭。しかし、その前に綾乃が割って入る。
「高原さん。今日は白峰君が先約なのだから、私は約束を破るようなことはできないわ。その代わりまた今度一緒に買い物に行きましょう」
「ほ、ほんとですか! 約束、約束ですよ!」
「えぇ」
「やった! 会長と買い物、いえこれはもうデート、デートですね。デートの約束ができました! おつかいに来たかいが……って、あー! ママに頼まれてたおつかいのこと忘れてました! それでは会長と一応白峰先輩も、これで失礼します!」
言うだけ言って蘭は走り去っていく。その様子を見て零斗と綾乃は蘭のことを嵐のようなやつだ、と思った。
「あれで仕事は優秀なんだから世の中は不思議だな」
「ほんと、もうちょっと性格が穏やかなら言うことないのに」
「よかったのか? あんな約束して」
「……ちょっとだけ後悔してるかも」
「ま、頑張れよ」
「くそー、他人事だと思いやがって」
「他人事だからな。まぁとりあえず今は映画を楽しもうぜ」
蘭が来たことによって忘れかけていたが、そもそも飲み物と食べ物を買おうとしていたのだ。
「じゃあ、オレは……メロンソーダで!」
「俺はコーラにするか」
ポップコーンと飲み物を買ったタイミングで、綾乃が思い出したように零斗に問いかける。
「そういえばさ、今日見る映画ってなんてやつなんだ?」
「そういえば言ってなかったな。『シークッレトダンス』っていうラブストーリーだよ」
「『シークッレトダンス』? 聞いたことないな」
綾乃はてっきりアクションやアニメの映画だと思っていたのだが、ラブストーリーだということを知って驚く。
「なんでも人気の出た乙女ゲームの実写化らしい。もともと父さんと母さんが見に行く予定だった映画だったんだが、行けなくなって俺にくれたんだよ。嫌だったか?」
「いや、ラブストーリーとかあんまり見たことないし、興味あるよ」
「だったらいいけど」
「よし、そんじゃ行くか!」
まさにワクワクといった様子で綾乃は歩いていく。その姿を微笑ましいものを見る目をしながら零斗はついていった。
『シークレットダンス』。
その映画は大人気乙女ゲームの実写化だ。ストーリーは学園に主人公 (ヒロイン)が転入してきたことから始まる。不良に絡まれていた主人公を学園の生徒会長 (ヒーロー)が助けるのだ。そうした出会いから展開されていくベタベタなラブストーリーなのだが……零斗は今困惑していた。
原因は隣に座っている綾乃だ。
今は悪役令嬢に嵌められた主人公がピンチに陥っている場面なのだが、思った以上に映画の内容にのめり込んだ綾乃が零斗の手を強く握っているのだ。しかもどうやら本人は無意識である。
最初こそ映画をちゃんと見ていた零斗だが、綾乃の手の感触にそれどころではなくなってしまった。そしてその状態のまま物語はクライマックスへと向かっていく。
ヒーローが主人公にプロポーズしている場面だ。
クライマックスの真面目な場面であることは理解していたが、ヒーローのセリフは恥ずかしいものばかりで、零斗は何とも言えない恥ずかしい気持ちになる。
隣に座る綾乃は顔を赤くしていて、握られた手は先ほどまでよりも熱くなっていた。
映画終了後。劇場が明るくなり客がどんどんと出口に流れていく。二人もその流れにそうように出口に向かう。
「意外と面白かったなー、あの映画」
「まぁ面白かったのは面白かったけど」
「けど?」
「俺にはちょっと甘すぎる内容だったな」
「あはは、まぁ女性向けの映画だしな」
「でも、お前が楽しんでくれたならよかったよ。ところで……」
「ん?」
「俺の手を握ったままだけどいいのか?」
映画が終わった後も綾乃は零斗の手を握ったままだった。周囲の人たちはそんな二人を微笑ましいものを見る表情で隣を通っていく。気づいていないのは綾乃だけだった。
「う……」
「う?」
「うひゃあああああああああ!」
気づいた瞬間、リンゴほどに顔を真っ赤にした綾乃は慌てて零斗から離れようとして、勢い余って壁に激突してしまう。
「あうっ」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫だけど……あのさ」
「どうした」
「その……いつから手繋いでた?」
「いつって、映画の途中からだけど。やっぱり気づいてなかったのか」
「マジか……っていうか、なんでお前はそのままにしてるんだよ!」
「別に嫌じゃなかったからな」
「嫌じゃないってなんでだよ」
「そりゃもちろん俺はお前が――」
「ストップ! やっぱ言わなくていい」
綾乃は零斗の言葉を途中で遮る。その先に続くのがどんな言葉であれ、これ以上心臓に負担をかけたくなかったのだ。全く気付いていなかったとはいえ、零斗と手を繋いでいたという事実に、綾乃の心臓はこれ以上ないくらい早く脈打っている。
しかし、決して嫌ではないその感覚。なぜ嫌ではないのか。その理由に、原因にたどり着く前に綾乃は思考を停止する。
「あぁもういい。これ以上ここにいたら見られて恥ずかしいから行こうぜ」
「あ、おい待てよ」
立ち上がった綾乃はさっさと歩いていってしまう。
慌ててその後を追う零斗。隣を歩く零斗に赤くなったままの顔を見られまいと顔を背ける綾乃とそんな様子に気付いた零斗が顔を見ようとするという攻防がしばし続いた。
そのあと、ショッピングモールの中にある店を回った二人。ペットショップで綾乃が零斗にいじられたり、ゲームセンターのUFOキャッチャーで目的の物がなかなか取れずにムキになる零斗の姿があったとか。
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「あー、楽しかったな!」
帰り道、全力で遊んで満足した綾乃が笑顔で零斗に向かって言う。
「あぁ、そうだな」
「今日はありがとな。久しぶりに映画も見れたし、大満足だ」
朝はずっと零斗のことで頭を悩ませたりしてた綾乃だったが、一緒に居るうちにそんな悩みのことは考えなくなっていた。でも不意に、綾乃の中にある感情が湧きおこる。
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
「…………」
「どうしたんだ?」
このまま駅に着いてしまえば今日という日が終わってしまう。そんな風に思った綾乃は、歩く足を止めてしまう。
(なんでだろ。今までそんな風に思ったことなかったのに。今日一日楽しかったはずなのに、なんで今オレは寂しいって思ってるんだろ)
綾野は今までも何度も零斗と一緒に遊んだことはあった。でも、その時は寂しいなんて気持ちに襲われることはなかった。だからこそ自身の中に湧いた気持ちに戸惑いを隠せずにいた。
そんな綾乃の様子に、零斗はポケットからあるものを取り出す。
「なぁ、綾乃」
「ん?」
「はいこれ」
そう言って零斗が綾乃に渡したのは、ラッピングされた小さな袋。
「な、なんだよこれ」
「今渡すのがいいかと思ってさ。開けていいぞ」
いまだに事態を理解しきれてない綾乃は、言われるがままに零斗からもらった袋を開ける。
「……あ」
袋から出てきたのは、桜をモチーフに作られたヘアピンだった。
それは、零斗が綾乃の目を盗み、買っていたものだ。
「今日っていう日の思い出にな。受け取ってくれるか?」
「……ずるい、こういうの」
ポツリと、綾乃は小さく呟く。
受け取らないわけがない。そんな選択肢はありえない。
嬉しさとか、恥ずかしさとか、色んな気持ちが混ざって綾乃はパンクしそうになる。
それなのに、綾乃を動揺させる原因は、零斗は涼しい顔をしているのだ。そのことがどうしようもなく憎らしく感じる。
まぁ、実際は零斗も平静を装っているが、内心はパニック状態になっている。
そんなことは知らない綾乃は、無性に零斗のことを困らせたくなる。
「なぁ零斗。ちょっとだけ目をつむってくれ」
「え、あぁ。いいけど」
言われるがままに零斗は目をつむる。
それから少しして、零斗は頬を何かしっとりとした柔らかい何かが当たる。そ
「っ!?」
びっくりして目を開ける零斗。しかしそこには綾野しかいない。
綾野の頬は夕日以外の理由で赤くなっているが、そのことに零斗は気付かない。
目を白黒させる零斗の様子に満足した綾乃は、赤くなった顔を見られまいと歩き出す。
「さぁ、帰ろうぜ零斗」
「いや、さっきの何だったんだよ!」
「ふーんだ、教えてやるもんか」
その後零斗がどんなに追及しても、綾乃は決して教えることはなく。
そのまま駅にたどり着いた。
「……そんじゃここまでだな」
「あぁ、そうだな」
「なぁ零斗」
「なんだよ」
「オレさ、夏休み暇なんだよ。だ、だから……その……」
普通に伝えようとした言葉。なのに、急に恥ずかしくなって先が言えなくなる。
それでも、と腹をくくった綾乃は零斗をまっすぐ見て伝える。
「だから、また、遊ぼうな!」
「……ぷっ、あはははははは!」
「な、なんだよ。なんで笑うんだよ!」
「だ、だって真面目な顔して何言うかと思ったら、また遊ぼうなって。そりゃ笑うだろ」
「う~~~~」
「あー、腹痛い」
「そんな笑うなよぉ」
「悪い悪い。でもさ、当たり前だろ」
「え?」
「俺だってお前と遊びたいと思ってるし。暇だったらいつだって連絡してこいよ」
「……うん」
「それじゃ、またな」
「うん、また。またな」
そして二人はそれぞれ帰路についたのだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
その日の夜。
自分の部屋に戻ってきた綾乃は、出かける前に散らかした部屋を片付けていた。
「なんでこんなに散らかってんだよ、まったく。片づけるのしんどいじゃん」
しかし、言葉とは裏腹に、その声音にマイナスの感情は含まれていない。
むしろ少し楽しそうだ。
片付け終わった綾乃は、鏡の前に立って、零斗がくれたヘアピンを袋から取り出す。
それを自分の髪につけて、鏡で姿を確認する。
「……えへへ」
思わず笑顔がこぼれる綾乃。
その姿は、見ている見ている者がいないことが残念なほどに、見れば誰もが心を奪われてしまうほどに綺麗な笑顔だった。
生徒会長の悩み事 ジータ @raitonoberu0303
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