Chapter 18 強すぎ!守りたい気持ち
男は闇の城に姿を見せていた。
正体はこれまで裏方で輝石の神について鋭く分析し、それをリーヴェッドへ報告していた男である。
「――ほぉ、それは本当か?」
「えぇ、リーヴェッド様。四色の輝石の神は蒼き水の神に頼り、闇の力に勝利しているようです。すなわち蒼き水の神がいなければ何も出来ません」
これを聞いてリーヴェッドは怪しい笑みを浮かべた、男は話を続ける。
「そしてもう一つ、翠の風の神のことを強く思う異世界の少女がいるようです」
「それは以前の少女とはまた別の者か?」
リーヴェッドが言う以前の少女、それは輝石の神になる前の千里のことを指す。
この問いに男は首を振った。
「はい、違う少女です。そこでリーヴェッド様、この少女を使い輝石を奪い取るというのは――」
「その話、乗った!」
男の提案を聞いて背後に伸びる影から一人が名乗りを上げる。
「お、お前は……サラゼン!?」
その姿を一目見てリーヴェッドは驚きその場で頭を抱える、サラゼンと呼ばれた男は漆黒の闇の中でも人でなしと呼ばれ、女帝である彼女でも手を焼いていた。
憎たらしい笑みでサラゼンは玉座を前に立つと両手を腰に当てる。
「なぁリーヴェッド様、オレにそれやらせてくれよ!」
「お前に任せると輝石どころではすまん、他の者に頼む」
そう言ってリーヴェッドはフンと鼻を鳴らしそっぽを向いた、今まで他の刺客にはすべて一任だったが今回は違い彼には任せられないからという判断である。
「いやいやリーヴェッド様、闇の刺客であることを感づかれぬためにも一度彼に任せてみてはいかがでしょうか?」
するとそれを見かねた男が彼に味方した。
「ぐっ……仕方あるまい、行くがよい」
「ヒャッホゥーッ! でさ、その異世界の女の子ってどんな子?」
「異世界の少女ですか。それはこのような姿をしております」
男は胸元から隠し持っていた手鏡を取り出す、そこに制服姿のあゆみが映った。
この手鏡は人や風景などを写し取ることが出来るようだ。
「ひゃー、カワイイなぁ! おっし、この子使って輝石を奪い取ればいいんだな」
「その通りでございます」
「そうと決まりゃ、行ってくるぜ!」
サラザンは意気揚々とした表情を見せるとその場で影となって消えた。
夜の風舞家。自分の部屋の中で優希は机に頬杖を付き、考え事をしていた。
「アユへ言おうかな……本当のこと」
考え事の内容はあゆみへ今の自分について打ち明けようかということである。
しかし輝石や神のことを話して彼女は信じてくれるのだろうか、それがわからなかった。
「ねぇアル、アユへ僕が今やっていること言おうかと思うんだけど……」
『――ユウキ、転生する前とした後じゃ他の人から見て違う人に見えるってボク言ったよね?』
アルヴィンに言われてハッとなる、それならばあゆみに打ち明けたくても打ち明けられないと改めて思った。
『――じゃあさ、輝石のお姉ちゃんたちと一緒にいる理由言っておいた方がいいんじゃない? 輝石の神同士っていうのは本当のことだけど、それは内緒にして友達だって言えばわかってもらえるよ。きっと』
「そうかなぁ……?」
優希はいろいろ考えは見たものの答えが出ず、就寝することにした。
翌朝、一人で登校するあゆみがいた。
いつもは優希を誘って行くのだが、昨日のことを思い返しての判断である。
「最近のユウ、女子からモテるのをいいことに他校のコに手付けて……そんなこと今までなかったのに」
彼女が優希と出会ったのは小学校に入る前、幼稚園の頃である。
男子からいじめられていたところを優希に助けられ、以後一緒にいることが増えた。
周囲からはまるでカップルのようだと冷やかされることもあったが、気にも留めず二人は良き女友達という関係である。
互いを“アユ”“ユウ”と呼び合うのも仲良しの証で、あゆみからの提案であだ名をつけようということから始まった。
中学へ上がってもそれは変わらず、朝は一緒に登校して夕方になると優希が部活を終えたら一緒に下校するのがお決まりとなっている。
しかし最近は急ぐようにどこかへ出かけてしまう、あゆみは知らないが優希は輝石の神として戦いに出向いているためではあるが彼女にとってそれは見放されたと思い込んだ。
さらに昨日わかった、あかりたち他校の生徒とつるむようになったのだと言うことを。
「――カーノジョっ!」
不意にあゆみは背後から声をかけられる、振り向くとそこには黒いシルクハットを目深にかぶった男が指先から一輪の赤いバラと似て非なる形をした花を出していた。
「えっ?」
花の香りが彼女の鼻を刺激すると突然視界が少しずつぼやけていく、同時にその場で崩れるように倒れた。
これを待っていたかのように男はあゆみを抱き止める。
「おぉっと、カワイイ子がこんなところで寝んねかい? そりゃそっか、この花の香りを最初に嗅いだやつは誰もが眠くなるからねぇ」
そう言いながら男はその場でシルクハットを投げ捨てる、その正体はサラゼンだった。
彼はあゆみをナンパすると見せかけて、バラと似て非なる形をした花の香りを嗅がせ眠らせようという作戦を考えた。
それがすんなりうまくいったことでニヤけた表情を浮かべる。
「さて、この子をどこへ連れて行こうか……」
サラゼンは眠るあゆみを抱きかかえながら周りを確かめる、誰も見ていないことがわかると移動を始めた。
少し経って優希とあゆみが通う学校、今はホームルーム中で先生が生徒の名前を一人一人読み上げている。
その中で優希は昨日からあゆみが怒っているのではないかと思い込む、その証拠としていつもは彼女が家に来て一緒に登校するのだが声をかけてもらえず一人で通う。
ところが教室に来てみるとあゆみの姿はなかった。
(アユ、学校休んだのかな? なんだか心配になってきた……)
『――じゃあさ、帰りにあのお姉ちゃんの家行ってみよ?』
(そうだね、そうしてみる)
アルヴィンからの提案を素直に受け入れた優希だったが、あゆみのことが心配になり授業や部活が上の空のまま学校での一日を終えた。
あゆみの家の前で優希は躊躇なく呼び鈴を押す、すぐにあゆみの母親が出てきた。
「あら優希ちゃん、どうしたの?」
「おばさんこんにちは。アユいますか? 今日学校休んだようなので、来ました」
「えぇっ? あゆみなら今朝元気に学校へ通っていったけど……変ねぇ」
あゆみの母はその場で首を傾げた、学校を休んだと思っていた優希にとって妙な違和感を覚える。
優希は家を離れ、自分の家へ向かった。
「学校を休んだと思ったら、おばさんによるとアユは学校へ行ったって言うし……なんだろう、この変なの」
あごに手を当て考える、彼女の中で妙な違和感を覚えた。
『――あのお姉ちゃん、何かあったのかな?』
「もしかしてアユ、事故か何かあったんじゃ……」
『――じゃあさ、お姉ちゃんに連絡してみようよ? この前黄色い地のお姉ちゃんへしたみたいに』
いろいろと不安がよぎっていたが、アルヴィンからの提案に盲点をつかれたような気がする。
すぐに優希はポケットから携帯電話を取り出すと、あゆみの携帯電話へかけ始める。
三回ほど発信音が耳に響いた後、接続音が聞こえた。
「もしもし、アユ?」
すぐ呼びかけてみたが相手からの反応がない。
「も、もしもし……?」
『おわっとぉ! ま、また声が……なんだこれ?』
もう一度呼びかけるとあゆみとは違う陽気な声をした相手が、戸惑っている様子で反応した。
「誰だ? アユ、じゃないな……?」
『え、何? オレが今喋ってる声が聞こえるの? なるほど、異世界ではこれで通信出来るんだな……』
独り言のようにつぶやく相手は携帯電話をはじめて触れたかのように喋っている。
「答えろ! アユの携帯を使ってるお前は誰だ!」
『オレがコレを持ってたコだとしたら違うぜ。オレはサラゼン、漆黒の闇に仕える者だ』
聞き覚えのある言葉にまさかと思った、だが優希はわざと知らない素振りを見せる。
「それはどういう意味? アユの知り合いか何か?」
『違う違う。オレはそのアユってコをさらったんだよねぇ』
それを聞いて優希は信じられなかった、つまりそれはあゆみが漆黒の闇に誘拐されたということになる。
サラゼンは話を続けた。
『キミこそ誰かなぁ? アユってコの何?』
「ぼ、僕は……翠の神“翡翠の疾風”!」
電話越しなら相手に顔は見えない、それを利用した優希は咄嗟に転生後の名前を名乗った。
それを聞いてサラゼンは一瞬たじろぐ様子を見せたがすぐに立て直す。
『それなら話が早い、このコを返してほしかったらオレがいるところに一人で来てくれよ。輝石と引き換えにね』
彼からの要求に優希は一度下唇を噛むが、あゆみを助けたいと言う思いだけが冷静さを取り戻していた。
「どこへ行けばいい?」
『そうだな……異世界ってよくわかんないだよなぁ』
そう言って悩みながらもサラゼンは場所を挙げると電話を切った。
『――あのお姉ちゃんなんだって?』
アルヴィンの問いに優希は不安げな表情を浮かべると、すぐさま千里へ電話をかけ始めた。
『はいはーい、千里でーっす。どしたの優希?』
「千里、昨日紹介した幼なじみが漆黒の闇にさらわれた」
『え、それマジなの!?』
「うん……向こうはアユを返すのに輝石を要求してきた、僕は行くよ。アユを助けにね」
優希は千里へこれから向かう場所を告げて電話を切るとすぐに指定された場所へ歩き始める。
今の彼女はあゆみを助けたいという強い思いだけが前へ向かわせていた、輝石の神になって以降はじめて周りの人を巻き込み迷惑をかけてしまったのだから一人で行くと決める。
しばらく歩いてサラゼンに指定された場所に着く、そこは今誰の手も付けられておらずところどころの柱が赤く錆びている廃れた工場だった。
優希は警戒しながら周りを見た、ここに漆黒の闇に仕える者がいるのだからどこかで突然攻撃してくるかもしれないからである。
『――ユウキ、漆黒の闇へは輝石の神として名乗ったよね? 今のうちに転生しておいた方がいいんじゃない?』
「あ、そっか。そうだね」
アルヴィンに言われ思い出したようにその場で転生する、そこに爽やかな風が吹いたように緑の短髪が揺れた。
「翠の神ってのはキミかな?」
「!?」
後ろから声をかけられ振り向く、そこには黒のスーツをネクタイをつけない状態でおしゃれに着こなしたサラゼンだった。
「アユは……彼女はどこだ!」
「まぁまぁそうカッカとしないでくれよ。彼女ならホラ、ここにいるぜっ」
サラゼンは高々と指を鳴らした。
彼の周囲に切れ目が出来て異空間が生まれる、そこから目を閉じたまま動かないあゆみが横たわるように現れた。
「アユ!」
「おぉっと、慌てなさんなって。輝石さえ渡せば返すって言ってんだから」
翠の神は再び下唇を噛む、目の前に助けたい人物がいるのに何も出来ない自分にもどかしさがあった。
あゆみを助けたい、助けて今まで放ったらかしていたことを謝りたい。
そしてあかりたちは学校を越えた良き友達だと教えたい。
彼女の中でそれらが思い描かれていた。
「ほらほらぁ、何じらしてんのぉ? 輝石渡せばハイ終わりなんだからさぁ」
サラゼンからの煽りに苛立ちを覚えるが翠の神は必死にこらえた。
『――グリーン、大丈夫?』
(うん、大丈夫だよ……!)
そうは言ったものの冷や汗が流れている、どうやってサラゼンの向こうにいるあゆみを救おうか考えていた。
「――ファレイム・サジテリア!」
「っ!?」
その時だった、翠の神の背後で聞き慣れた詠唱が響く。
振り向くとそこにいたのは神術の構えのまま立ち尽くしている紅き神と、その横で二人の行方を見守っていた蒼き神と黄の神だった。
「おっとっ!」
目の前に飛んできた炎の矢にサラゼンはあと少しのところで避けた。
「みんなっ、どうして!?」
「ごめん、あたしが呼んだ。グリーン一人じゃ何が起きるかわかんなかったし……」
黄の神がその場で詫びるように軽く会釈する、この時翠の神は大切な仲間がいることを思い直していた。
「あんれぇ? オレは一人で来るように言ったよね、ダメじゃん約束破っちゃ」
舌打ち交じりにサラゼンは苛立っていることを表す。
翠の神は彼の後ろで依然目を覚まさないあゆみをどうやって助ければいいかわからず、何も出来ない自分に悔んでいた。
(――アユを助けたい……神術があれば、アユを……!)
心の中で強く願ったその時である、彼女の心の中で何度も突風が吹いたような感触があった。
「……えっ?」
一瞬のことに翠の神は最初訳がわからなかったが、次第にそれが何なのかということに気が付く。
『――ウソーっ!?』
(アル、これ……いいんだよね?)
『――そ、そうだけど……グリーンって、すごいね……』
アルヴィンはただ感心することしか出来なかった。
これならあゆみを助けられる、翠の神の表情は自信に満ち溢れていた。
この一部始終を見ていたサラゼンと紅き神たちは何が起きているのか、想像すら出来ない。
「なんだぁ? ジッとしたままいて、ホラ早く輝石を――!」
サラゼンが急かしていると、翠の神はそっと右手と左足を前に出す。
それはまるでマラソンでスタートの瞬間を待っている選手のようにも見えた。
「――僕、“翡翠の疾風”! 封じられし突風よ、今駆け抜け唸れ!」
紅き神たちは彼女の聞き慣れない詠唱に目を見開く、彼女が唱えた詠唱は三つ目の新たなる神術を表していた。
翠の神は小さく頷き、神術の詠唱に備える。
「――ウィンスト・クエリア!」
それが号砲のように叫ばれた瞬間、彼女の姿は消える。
正確には目にも留まらぬ速さでサラゼンの背後に移動していた、翠の神はすぐに横たわるあゆみを助け起こす。
「何!? ちっくしょー……覚えてろよぉ!」
一瞬のことにサラゼンはどうすることも出来ず、悔しさをにじませながら影となって消えた。
「大丈夫!? しっかりして……!」
それに目もくれず翠の神はあゆみの体を揺する、するとゆっくりと目を開け始めた。
「あ……あなた、誰?」
「僕? 僕は名乗るほどの者でもないよ、皆はグリーンって呼ぶけど」
翠の神は転生を解くことも忘れ、あゆみへ爽やかな笑顔を振りまいた。
ぼやけた目で見たその時彼女は心の中で矢が刺さった気分に陥る、白馬に乗った王子様が目の前にいるように思えた。
同時にこれは夢なのだと思うと再び眠りについた。
闇の力によるものではなく、自分の意思である。
「アユ! アユ、アユ!」
また眠るあゆみを見て翠の神は転生を解き、優希に戻った。
紅き神たち三人も同じように転生を解く。
「ん……ユウ、私……」
「よかった、無事だったんだね」
何が起きていたのかわかっていない様子のあゆみに優希は事情を説明した、と言っても輝石の神や闇の力については省いている。
あかりたちについても部活を通じて知り合った他校の生徒であると教えた。
「ふーん。そうだったんだ、私の早とちりって訳か。それなら許してあげる」
優希はホッと胸を撫で下ろした。
しかし彼女は気付いていない、あゆみが翠の神の姿をした彼女に一目惚れしてしまっていることに。
『――ユウキってすっげぇや、これならいけるね……!』
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