Chapter 17 ほんとに?優希に恋人?

 終礼の予鈴が鳴った学校の放課後、生徒たちは帰宅する者や部活へ向かう者とさまざまである。

 また一部の女子生徒はグラウンドの外から黄色い声援を送っていた、皆の視線の先には一人の陸上部員がいる。

 白地に深緑のスポーツウェアに身を包んだ凛々しい姿の彼女は狭い歩幅と脚の回転が速いピッチ走法でグラウンドをぐるりと走りながら他の部員を少しずつ引き離していった。

 その姿を記録に残そうと女子生徒はカメラ付きの携帯電話で彼女の写真を撮っている。


「――キャー! 優希センパーイ!」


 一通り走り終えると声援に答えるように手を振って爽やかな笑顔を振り撒く一人の女子部員、それは優希だった。

 彼女はこの学校の陸上部に所属していて、一見すると男性っぽく見えるところが同性から絶大な人気を得ている。


「先輩、タオルどうぞ」

「ありがとっ」


 部活を終えた優希は後輩部員から受け取った白いタオルで額の汗を拭うと爽やかな笑顔を浮かべ、別の部員から受け取ったスポーツボトルに入ったスポーツドリンクを口に含んだ。



「――ふぅ……」


 ロッカーが置かれた陸上部の部室内でスポーツウェアから制服に着替え終えた優希は一息ついた。

 今は彼女しかおらず、ひっそりしている。


『――どうしたのユウキ、疲れた?』


 それを聞いて翠の風の輝石アルヴィンが話しかけてきた、その場で一度首を振ると優希は理由を話し始める。


(僕が使った新しい神術はどういう効果があったんだろう? ってね……)


 彼女の新たな神術、天秤を表していたが相手にどのような効果があるのだろうか。

 実際葉子の家で闇の者になってしまった愛猫シャムシールへ向け、突然心の奥底から吹き荒れるように生まれた。

 しかしいざ神術を放ったものの、相手にどのような効果があるのかわからずにいる。


(アル、あれを闇の力がついた葉子の家の猫に放ったら大人しくなったけどなんでかわかる?)

『――さぁ、ボクにもわかんないや。使うだけ使って何が起きてるかわからず使ってるようなものだし』

(そっか。よし、今日ヴェルガに聞いてみよ……)


 帰りの予定を決めると、そそくさとスポーツバッグを肩に掛け部室を出た。


「待って、ユウっ!」


 もう少しで校門を抜けようかという時、一人の女生徒が馴れ馴れしげに呼び止める。

 振り向くとそこにいたのは高野あゆみといい、小学校入学前からの親友である。


「あぁ、アユ」


 あゆみは両膝をついて息切れしていた、その度に彼女の短いツインテールが揺れている。


「今日こそ逃がさないからね。最近のユウ、部活終わったらすぐに帰っちゃうんだもん」

「あ、あはは、今日もそのつもりなんだけど……」


 優希は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「ダーメ、久しぶりに私と付き合ってよ!」


 両膝をついていたのをやめるとあゆみは両手を腰に当てる、毎日のように優希と下校するのを狙っているだけに真剣な表情だった。


「うぅっ……」


 このままだと今日はあかりたちと会えず、話を聞き出せないかもしれない。

 そう思った優希はその場で一言謝り一度会釈すると早足で学校を出る、あゆみにとっていつものようにすぐ帰られてしまったが今日の彼女は違っていた。


「こうなったら……!」


 早速あゆみは優希の後をつける、気付かれないように物陰がある度にそこへ身を潜めた。



 一方街の交差点では人々が行き交う中で一際目立つ存在がいた。

 容姿は同じように歩く若者と何ら変わりはないが、頭部の髪が白く染まっている。

 それは漆黒の闇の一人ファニスである、これまで彼はいろんな物に対し闇の力を放ってきたが四色の輝石の神を前にことごとく潰えていた。

 その代償として彼の気力が使われていき、日を追うごとに今までの赤茶色から白髪になった。


「……僕が持つ闇の力は、もう限界なのかもしれない……」


 そう呟きながらとぼとぼと歩いた、途中へばって街灯に手をつく。


「えぇいっ、こうなれば……!」


 ファニスは自棄気味に叫んだ、これを聞いて街の人たちは一斉に彼を見る。


「甦るのです……! 我が闇の力、ヴァルザーナ……!」


 詠唱をつぶやきながら右手を突き出す今の彼に覇気はなかった、だが放つ闇の力はいつもと何ら変わりはない。

 直後にファニスはその場で倒れ、影となって消えた。

 闇の力はジュースが売られている自動販売機を直撃すると直に形が変わる、中に入っていた缶がミサイルとなって街の人々を襲い始めた。



 街がパニックと化していた頃、優希はあかりの家を探していた。

 背後にはあゆみもいて、今の彼女はまるで犯人の行方を尾行する刑事の気分だった。


「……こっちってユウの家とは別方向じゃん、何しに行くの……?」


 優希はキョロキョロしながら周りを見るが、それらしき家は見当もつかなかった。


「事前に住所聞いとけばよかったなぁ、はぁ……」

『――!』


 ため息をついていたその時優希が持つ輝石が瞬いた、黒い気配を感じた証である。


『――黒い気配だ! ユウキ、行こう!』

「うんっ! 行くよ、アル!」


 何気ないアルヴィンとのやり取りだが、あゆみから見れば輝石の声は聞こえず独り言をしているようにしか見えなかった。

 優希はその場を回れ右すると黒い気配を感じた場所へ向かう。


「……アルって誰? っと、待ってよユウ!」


 それを見ていたあゆみは尾行していたことも忘れ、優希を追った。



 黒い気配は今通う学院にいる葉子が持つ蒼き水の輝石ファレーゼも感じていた。


『――ヨーコさん、黒い気配です!』

(は、はいっ!)


 新たな神術を得たことにより、彼女の中でほんの少し勇気が出てきた。

 今日はその意気でファレーゼが感じた黒い気配の場所へ向かおうとその場を勢いよく立ち上がる。


「柳堂さん?」


 その時、葉子のクラス担任が声をかけてきた。


「どちらへ行かれるのですか? 今日は聖母様へお祈りを捧げる日ですよ」


 クラス担任の言うとおり葉子の通う学院は月に一度全ての授業終了後、院内で祭られている聖母様へ祈りを捧げる日となっている。

 生徒は全員参加しなくてはならないこの行事を葉子はすっかり忘れていた。


「も、申し訳ございません……!」


 葉子はその場で頭を下げる、同時に自分が戦いへ行けなくてもどかしい思いだった。



 再び街中。闇の力を持った自動販売機の取り出し口から放たれる缶ミサイルの攻撃を受けた人々はその場で気を失っていた。


「大丈夫ですか!?」


 いち早く現場に駆けつけた優希は気を失っている一人の体を揺する、目を開けたり口を動かすなど反応はなかった。


『――ユウキ、転生だ!』

「うんっ! ヴァイス・ウィン――!」

「ユウーっ!」


 転生への詠唱と構えに入っていたその時、親しげに彼女を呼ぶ声に優希は振り向く。

 それは先ほどまで尾行していたあゆみだった。

 同時に闇の力を持つ自動販売機があゆみという新たな標的を見つけ、缶ミサイルを一発放った。


「あ……アユ、危ないっ!」


 缶ミサイルのフタが開き、中に入っていた飲み物があゆみの頭にぶちまけられる。


「キャッ!」


 それを避けることが出来ず、飲み物でびしょ濡れになったあゆみはその場で倒れた。


「アユ、しっかりして! アユ!」


 優希はすぐに助け起こすが目を閉じたまま先ほどの人と同様に反応がない。


『――どうやらこの子や街のみんなは気を失ってるだけみたい、だから大丈夫だよユウキ』

「そっか、よかった……」

「ゆうちゃーん!」「優希!」


 ホッとしていた時、あかりと千里もやってきた。

 彼女たちも帰りの途中だったのか制服姿である。


「あれ? その子は?」

「僕の幼なじみだよ、さっきあいつの攻撃受けて気絶したんだ」

「そっか、てっきり優希のカノジョかと――」

「千里ちゃん! 冗談言ってないで転生しよ!」


 あかりに言われて千里が平謝りした後、三人は転生した。


「よーっし、あたしから行くよ!」


 転生してすぐ黄の神が意気揚々と神術の構えに入った、その構えは初めに覚えたものである。


「――ガイルス・タウラ!」


 雄々しい牛の形をした光が自動販売機へ向かって突進したものの、自動販売機が光の牛を力強く跳ね飛ばした。

 この直後光の牛は消え、光の粒に変わって空を舞う。


「そんな……!」


 自動販売機は新たな缶ミサイルを放つ、狙いは輝石の神三人だった。


「あの缶の動きを止められればいいのに……!」

「それなら僕だね! ――ウィンスト・ジェミナ!」


 翠の神が拍手を打ち、双子の旋風を放つ。

 すぐに缶ミサイルを直撃したものの、風によって飛んでいく向きが変わっただけで紅き神がいる方へ向かった。


「レッド、危ない!」

「――ファレイム・セレイデ!」


 あわやというところで紅き神は炎の盾を突き出す、盾に直撃した缶ミサイルから飲み物が一気に吹き出ると炎に反応するように蒸気が発生した。


『――そうか!』


 これを見て黄の地の輝石ジェセが何かを思いついた。


『――目には目を、水には水だ! そういやファレーゼと蒼きお嬢ちゃんはどうした?』

「そういえば……ブルー来てないの!? あたしたち三人でどう戦えってのさ!」

「――遅くなりました!」


 そこへすでに転生を済ませた蒼き神が走ってやってきた、走ることに慣れていないためか息が切れている。


「はぁ、はぁ……学校の行事がありまして、抜け出せませんでした……!」 

「ブルー、あいつがミサイル放ったら神術を放って!」

「わたくしの神術をですか? あれは回復に特化したものでは――」

「いいから!」


 翠の神に急かされた蒼き神はすぐに神術の構えに入る、同時に新たな缶ミサイルが放たれようとしていた。


「――アクティ・ピスカス!」


 詠唱と同時に左手から無数の小粒の雫が生まれる、それが一つに集まり大きな水の粒に変わった。

 それは缶ミサイルを放っていた取り出し口をふさいだ、これにより何も出来なくなった自動販売機は混乱した様子でその場をグルグル回り始める。


「よしっ。レッド、今だ!」

「うん! ――ファレイム・サジテリア!」


 翠の神の指示で紅き神が炎の矢を放つ、自動販売機の胸元を直撃し燃え上がるとやがて元の姿に戻った。

 すると街の人たちは闇の力から解放され、目を覚ました。


「あれ……? 私、どうしてたの?」


 その中にはあゆみもいて、気を失った直後のことは何もわかっていなかった。


「アユ、目覚ました?」


 転生を解いた優希が右手を差し伸べる、すぐにあゆみはその手を握り立ち上がった。


「ユウ……って、その人たち誰?」

「えっ? あぁー、えっと! それは……」


 あゆみは優希の横にいたあかりたちに気付くとすぐさま疑いの眼差しに変わる、一方で優希も他校の生徒である彼女たちをどのように説明すればいいのかわからなかった。


「モテモテだねぇユウ、私帰る。んじゃ」

「えっ、ちょっと! アユ!」


 何かを察したかのようにそそくさと帰るあゆみに優希は慌てて追いかける、このやりとりにあかりたちはクスクスと笑った。


「――それにしても葉子、ありがとね。葉子がいなかったらあたしたち手こずってたよ」

「わ、わたくしは言われたことを実行しただけで……」

「今日は葉子ちゃんのおかげで闇の力を倒せたんだよ、本当にありがとっ!」


 あかりと千里に褒められ、葉子は照れくさそうに頭をかいた。


「――なるほど。そういうことですか……」


 建物の影からほくそ笑む男の姿。

 この世界に似つかわしくないフードのような服を着た男は四人の戦いを遠くから見ていて、何度も頷くとその場から影となって消える。

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