Chapter 16 許せない!怒りのお嬢様

 あかりと千里が通う学校の校舎前。

 一日の授業が終わり、二人は校門を抜け帰宅の途中である。


「いやぁ、まさかだよね。あたしが新しい神術使ったら、続けてあかりもパパッと使っちゃうんだもん」


 千里は昨日闇の力と戦ったことを振り返る、内容は主にあかりが使った新たな神術のことだった。


『――アカリってさ、転生前はすごい子供っぽいなと思ったけど俺ああいうの見て見直したよ』

「そう? ありがとっ」


 黄の地の輝石であるジェセに褒められ、あかりは照れくさそうに頭をかいた。


『――アカリが持つ強き思い、それはいったいどこからやってくるのだ?』

「うーん、なんだろう……私が魔法少女になりたいって思い続けてるからかな? だって、魔法少女も魔法をちょちょちょいのちょいで出しちゃうしそれと同じだよ!」


 的外れな答えに千里は思わずその場でずっこける。


「それはアニメの世界でしょ? あたしたちは生身の人間なんだから、これからはもっと闇の力に気をつけよ!」

「気をつけるって何を?」

「何をってそりゃ昨日のあかりみたいにケガしないように――!」


 千里が小言を言っていると突然彼女の携帯電話が鳴る、ポケットから取り出してすぐに発信ボタンを押した。


「はいはーい、千里でーっす」

『あの、ボクだけど……』


 相手は凛々しい声をしている、一人称だけ名乗った相手に千里は誰からなのかわからなかった。


「ボクぅ? あ、わかった。サギか何かでしょ? あたしはその手には乗らないよ!」

『わわ、待って待って! ぼ、ボクだよ、風舞優希!』


 相手の正体がわかった千里は切断ボタンを押すのをやめる。


「なぁんだ優希か、どうしたの? あたしに電話なんかして……」

『実はさ、葉子のことなんだけど……』


 優希は昨日のことについて話した。

 昨日のケーキ屋での戦いの後、新たな神術を得たあかりと千里を目の当たりにした葉子が涙を浮かべていた。

 理由は二人には出来て何故自分には出来ないのかという思いになり、落ち込んでしまったのではないか。

 そのために葉子の家へ出向いて、少しでも励ましてあげたいと思ったが家がどこにあるのかわからず千里へ電話したのだと言う。


「じゃあさ、あたしたちも葉子んチ行くよ。どこかで落ち合おっか?」

『オーケイ。市民公園でいい?』


 お互いに待ち合わせ場所を確認し終えると電話を切った。


「あかり、葉子んチ行くよ!」

「うんっ!」


 あかりと千里は家へ帰る途中に葉子の家へ向かうことにした、その前に優希と落ち合うため公園へ寄り道する。



 その頃、城から出たファニスは街中を少しフラフラするように歩いていた。

 昨日の戦いについて詳しくはわかっていないが、自ら放った闇の力が消えてなくなった気配を察知したため輝石の神に敗れたのであろうという自己分析である。

 しかし彼はまだ新たな神術については気付いていなかった。


「僕の力が非力だというのなら……それよりもさらに強い力を出すだけ、しかし……」


 負け続けていたことでファニスは追い詰められているような気がした。

 なぜなら彼が放つ闇の力は気力によって生み出されていて、疲労がたまると運動した後のようにふらふらしてしまうのである。


「ぐっ……この僕が無様なところを見せてはいけない、何せ漆黒の闇の一人なのだから……」


 歩いている途中に両手を膝につけ、息切れした。

 それを物ともせず誇らしげに前髪をかき上げる、そうすることで落ち着きを取り戻せる気がしていた。



 再びあかりと千里。優希と合流して三人で葉子の家へ向かっていた。

 中でも優希は表情が硬く、緊張しているようにも見える。


「ゆうちゃん、大丈夫?」

『――ユウキがこんな顔するの初めて見た。もしかしていつもボクに読ませてくれる漫画みたいな家を想像してたりする?』

「こら、アル!」


 漫画という言葉を聞いて優希は顔を赤らめる、彼女は少女漫画を読んでいることを周囲にはアルヴィンにだけしか明かしておらず秘密にしていた。


「へぇー、アルくんその話詳しく聞こっかぁ?」

「だ、ダメだよ! アルは冗談を言ったんだよきっと!」

「なんで優希がそんなこと言うのぉ? 怪しいなぁ」

「いやだからそれは――!」

「千里ちゃんゆうちゃん、着いたよ」


 二人の漫才を止めるようにあかりが大きな門を指差す、そこは先日あかりと千里がここへ招かれた時と何ら変わらない雰囲気を持つ柳堂りゅうどう邸の門だった。


「お、大きい……!」


 優希は今まで読んでいた少女漫画に出てくるおじょう様の家の門と脳内で混ぜ合わせた、すぐにそれとは引けを取らない大きさだとわかる。

 それを横目にあかりは躊躇ためらいもなく門の横にあるインターホンを押していた。


『……はい、どちら様でしょうか?』


 老いた男性の声がインターホン越しに聞こえた。


「葉子ちゃんの友達の遠城えんじょうです、葉子ちゃんいますか?」

『葉子お嬢様のお友達でございますか、門を開けますので少々お待ちください』


 そう言うと少し経って門は横に開いた、三人はそれをくぐり抜ける。

 そこからまっすぐに続くのは車二台分のスペースが通れる並木道、向こう側には大きくて立派に建てられた家が見えた。


『――うわぁ! 大きなお屋敷だなぁ、ボクこんなところに住んでみたいっ』

『――でっけぇなー、まるでお城じゃねーか!』


 アルヴィンとジェセは異世界の豪邸にそれぞれ彼らなりに感想を述べていた。


「ようこそお越しいただきました」


 そこへ燕尾えんび服姿をした葉子の祖父が軽く会釈えしゃくをして現れる、あかりと千里もつられて会釈した。


「今日は葉子お嬢様のもとへお越しいただきありがとうございます、遠城様と龍丘たつおか様と……っ!?」


 改めてあかりと千里へ会釈の後、優希を一目見て思わず目を見開く。

 深緑の女子用制服とスカートを着ていると言えど凛々しい姿を見て一瞬で何かを察知する。


「こ、こちらの方は!?」

「すいません。紹介が遅れました、ボク風舞と言います」

「よ、よっ、葉子お嬢様に殿方とのがたが……!」


 葉子の祖父は慌てふためいた表情で家の中へ入っていった。


「?」


 それを見ていた優希は呆気あっけに取られた、だがそれは一瞬で葉子の祖父に言われた言葉に思わず頬を赤らめる。


「何やら騒がしいようですが何事ですか……?」


 並木道の横にある一つのパラソルから葉子が顔を出した。

 着ているのは彼女が通う女学院の制服ではなく、スカイブルーのワンピースである。



 一方ファニスは市街地を抜けてもなお歩き続けていた。

 だが次第に疲れがピークに達し、高い柵にもたれる。


「はぁ……この僕がこんなことになるというのは屈辱くつじょくだ……」


 いつものように前髪をかき上げる、だがいつもと様子が違っていた。


「ん……なんだこれは!?」


 指に絡んだ自分の髪の毛を見てファニスは絶句する、なぜなら彼の黒髪の中に一本だけ白い髪の毛が紛れ込んでいたためだ。


「認めたくない、僕がああなるなんてことを……」


 うな垂れていると彼の背後にある柵の向こうの草むらがガサガサと揺れた。


「むっ……僕をあざむく者がいるのか? ならばこれで黙らせよう……」


 ファニスは草むらへ右の手のひらを突き出した、闇の力を放つためである。


「――ヴァルザーナ!」


 どこへそれを放ったのかわからない、だがさっきまで揺れていた草むらは静かになった。


「異世界を練り歩いていると疲れてきた……城へ戻ろう」


 少し落ち着きを取り戻したファニスはその場で影となって消える。

 しかし彼が放った闇の力により、草むらの向こうにいた何かが形を変えて動き出していた。

 さっきまでもたれていた柵の近くに家の門がある、達筆たっぴつで書かれた横書きの表札には“柳堂”と書かれていた。

 そうここは葉子の家である。



 再び柳堂邸の内部。

 中庭にあるパラソルの下、四人の前に紅茶とケーキが四セット並べられている。


「皆さん、今日はどのようなご用件で?」

「葉子が落ち込んでるんじゃないかと思ってさ、来ちゃった」

「わたくしがですか?」


 葉子の問いに三人は同時に頷く。

 千里は昨日の件について話す、あかりと千里が新たな神術を得て戦うのを見ていて自分が何故それが出来ないのかと落ち込んでいると思い家に来たことを。


「――とまあこれは優希から言われたんだけどねぇ」


 そういうと千里は元気にウインクしながらケーキを一切れ口に入れる。


「ち、千里! 確かにこれはボクの案だけど、言わないでよ! 恥ずかしいなぁ!」

「へっへーん、細かいことはいいの!」

「はい……実はそうなんです」


 千里と優希の賑やかなやりとりをさえぎるように、葉子はうつむきながら答えた。


「わたくし、あかりさんと出会ってはじめて輝石の神に転生しました。優希さんや千里さんとも出会って、四人の中の一人として戦いに参加させていただきました。ですが、たまに思うことがあるんです。漆黒の闇さんに対しても怯えたり何も出来ず見ているだけだったりと、わたくしは輝石の神として皆さんのお力になっているのでしょうか……そうして不安ばかりがよぎりました。そう思っていた昨日、あかりさんと千里さんによる二つ目の神術を間近で見ていて、お二人には出来て何故わたくしには出来ないのかと思いました。先日ファレーゼさんは仰ってくれました、強き思いがあれば神術は現れると。ですが、今のわたくしに強き思いは存在するのかわからなくなってしまいました……」


 それ以上葉子は何も言わず、眼鏡越しに涙を浮かべる。


「……葉子」


 優希と千里はかける言葉が見つからず、俯いて黙り込んだ。


「大丈夫だよ、葉子ちゃん!」

「……えっ?」

「私にはわかるよ、葉子ちゃんは落ちこんでばっかじゃないって! ほら、葉子ちゃんが初めて転生した時に私を助けてくれたよね? それと同じように強き思いがあればきっと出来るよ!」

「……あかりさん……」


 葉子が泣き止んで顔を上げたその時である、四色の輝石が同時に瞬いた。


『――皆の者、黒い気配だ! 転生の用意はいいか?』


 ヴェルガの問いに葉子を除く三人は激しく頷く。


「葉子ちゃん?」

「うぅ、やはり突然来られるとわたくしには怖くて出来ません……!」

「葉子!」


 怯えて頭を抱える葉子を見て、転生を前にした優希は右の握り拳を自分の心臓部分にそっと当てた。


「自分を信じて、輝石の神に選ばし身の名のもとに!」

「自分を……信じる?」


 その問いに優希は頷くと、自分の右の握り拳を葉子の心臓部分にそっと押し当てた。


「そして、輝石の神に選ばれし皆とともに!」


 優希に言われ葉子の怖さは一時的ではあるが、吹き飛んだような気がする。

 葉子の眼からこぼれていた涙は消えた。


「……はい!」


 四人は一斉に輝石の神へ転生した。


「さぁ、どっからでもかかってきなさい!」


 おうの神が張り切った表情でまだ姿を現さない相手に威嚇いかくする、するとそれに答えるように目の前の草むらが揺れた。


「来るよ!」


 あかき神は早速昨日覚えたばかりの神術の構えに入った、準備は万全と言ったところである。


「――ニャーォ……」

「えっ?」


 草むらから発せられた鳴き声に四人は思わず拍子抜けした、やがて鳴き声の主が顔を出す。

 その正体はすいの神にとっては初めて見る存在で、彼女を除く三人には見覚えがあった。

 中でもあおき神にとってそれは家族のような存在である。


「シャムシール!」


 そう、それは柳堂家の愛猫あいびょうシャムシールだった。


「なぁんだ、シャムシールちゃんかぁ」

「あぁびっくりした」


 黄の神はその場で屈むと両手でおいでおいでをする、それに答えるようにシャムシールは少しずつ近づいてきた。


「お、えらいねぇ。さぁ抱っこして――」

「フギャアアアァァッ!!」


 あともう少しというところでシャムシールは毛を逆立てながら威嚇いかくし始めた。


「えっ、な、何……?」


 翠の神が疑問を投げていると突然猫の目が怪しく光る、それが合図だったのかシャムシールは四人の二倍ほどに大きくなった。


「シャムシール!?」

『――ブルーさん、あれはいつもの獣ではありません!』

「そんな……シャムシール、シャムシール!」

「やめるんだブルー!」


 気が動転したあおき神はシャムシールを助けられないかとその場へ近付こうとするが、翠の神が彼女を羽交い絞めした。

 蒼き神はなおも愛猫の名前を叫び続け、先ほど消えた涙を再び浮かべる。


「よくも猫ちゃんを! あたしの神術見てなさい!」


 それを横目に黄の神は神術の構えに入った。


「――ガイルス……っ!?」


 途中シャムシールが後ろへ向いて尻尾を振るう、その光景に意表をつかれた黄の神は詠唱をやめて呆然と立ち尽くした。


「イエロー!」


 紅き神に声をかけられ、ようやく我に返った黄の神は再び神術を唱えるため構えようとしたその時である。


「フゥー、ギャッ!」

「!!」


 シャムシールの尻尾が近くにいた黄の神の体を取り巻き、それを持ち上げた。


「大丈夫っ!?」


 紅き神が心配そうに見上げる一方で、翠の神は目を瞑って解決策を考え始める。


「あれじゃ今のボクの神術は通用しないかもしれない。欲しい、ボクも新しい力が欲しい……」


 心からそう願った時だった。


「――な、何これっ!?」


 突然心の奥底で何かが吹き荒れるようなものを感じた、それはまるで強い追い風を全体で受けているかのように。


『――そ、そうか……グリーン! 今感じたその力で、あの猫へ神術を放ってみて! もしかしたら、いけるかも!』


 アルヴィンの指示に翠の神は力強く頷く、さっきまで羽交い絞めにしていた蒼き神を解放して両手を真横に開いた。


「グリーン、さん……?」

「――ボク、“翡翠の疾風”! 公正なる旋風よ、互いに力を分け無にせよ!」


 聞き慣れぬ神術の詠唱えいしょうに翠の神を除いた三人は彼女に見入っている。


「ウィンスト・リーヴァ!」


 その神術が風とともに放たれた、天秤の形をした風の器が激しく傾かせながら進む。


「ニャッ!」


 それをまともに受けたシャムシールはさっきまで怪しく光っていた目が猫目に、大きさも元に戻った。


「うわっ、と……!」


 さらに尻尾に取り巻かれていた黄の神も解放され、地面に着地する。


「やたっ、これでシャムシールちゃんは元に戻ったね!」

『――まだだ。紅き神よ、上だ!』


 シャムシールが元に戻って喜んでいた時、ヴェルガに言われ四人は上を見る。


「グオオオォォッ!!」


 野太い叫び声とともにどす黒い煙がシャムシールの頭上から吹き上がる、それは先ほどファニスが放った闇の力の源だった。


『――あれが闇の力か! ちっくしょー、逃げる気か!?』

「逃がしません……!」


 ジェセが悔しそうに叫んでいる横で蒼き神が怒りに震えていた。

 今の彼女をそうさせたのは神になる前までは家族であり、良き友でもある愛猫を傷つけたことにある。


『――!?』


 その怒りが後押しにしたのか、蒼き神の心の中で激しい水流すいりゅうが押し寄せるようなものを感じる。


『――ブルーさん、あなた様の新たな力……おわかりですね?』

「ええ、ファレーゼさん。私の家族や他の方々にも……シャムシールと同じような姿にはさせません!」


 そう言うと蒼き神は左手を闇の力を狙うように上へ突き出し、右手を縦に円を描くように動かした。


「――私の名前は“紺碧こんぺき静水せいすい”。清き針よ、闇を鋭く刺し貫け。アクティ・スティルガ!」


 力強く叫んだ直後、右手を一気に前方へ突き出す、それはまるで鋭い針を使って獲物を一突きで刺すさそりのようにも見えた。

 瞬く間に針に刺された闇の力はその場で消えてなくなった。


「す、すっごーい! ブルーが新しい神術を使って倒したよ!」


 紅き神が喜びを表して抱き合おうとした瞬間、蒼き神が糸の切れた凧のようにその場で尻餅をつこうとする。

 同時に転生は解け、スカイブルーのワンピースを着た葉子に戻った。


「葉子!」


 慌てて転生を解いた優希は葉子を支える、怒り任せに放っただけに疲れの表情を浮かべていた。


「あの、わたくし……新たな神術を使ったのですね?」

「そうだよ葉子、あたしたちにも負けない飛びっきりだった」

「うんうんっ! あの神術が使えるなら葉子ちゃんも私たちと同じだよ!」


 千里とあかりから言われて葉子は笑みを浮かべる、彼女の中で闇の力と戦う前に失っていた自信がほんの少し取り戻せたような気がした。


『――神に悲しみの涙など必要ありません、流す涙は喜びを分かち合う時だけでいいのです!』

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