Chapter 15 出たよ!二つ目の神術

 リーヴェッドのストレスは溜まる一方だった。


「おのれ、輝石の神め……我ら漆黒の闇にことごとく報いるとは」


 仮面越しにその怒りははっきりとわかるくらい、彼女は体を震わせていた。


「――リーヴェッド様」


 突然影から声をかけられ、リーヴェッドはその場で振り向く。


「なんだ? 我は今腹が立っているのだ、話しかけるでない」


 その者は軽く一礼しながら姿を現す。

 以前千里が輝石の神になる前、彼女の存在に気づいていた男だった。


「それは申し訳のぉございます。少しばかり私のお話を聞いていただけますでしょうか、四色の神についてなのですが」

「……なんだ、話してみよ」

「これまで四色の神は術を一つしか使っていないのです」

「そうなのか。むぅ、何故今の今までそれに気付かなかった……」


 盲点を突かれリーヴェッドは頭を抱えた。


「むぅ、ファニスがそれに気付いていればよいが……」


 リーヴェッドは窓の外を眺め、ファニスを気にし始める。

 彼は葉子と優希との戦いが終わった後、この漆黒の城へ戻ってきていなかった。



 学校の校舎裏であかりと千里が話しこんでいた。

 今までは教室や屋上だったがいつ輝石の神のことがバレるかわからないと判断し、ここに移ったのだ。


「なんだか漆黒の闇ってさ、この前より力つけてきてない?」


 それを言ったのは千里だった。


「千里ちゃん、それはどうして?」


 あかりが理由を聞くと、自信満々な表情に変わり腕を組んだ千里が答える。


「あたしがイエローフォースになる前、いっつもあかりたちを追い掛け回してたからこそわかるんだよ! この前だってあかり、アイツの力に手間取ってたんじゃない?」


 アイツとは学校で初めて出会い戦ったファニスのことである。

 言われてあかりはあの日の戦いを思い返す、確かに自分は何も出来ず後からやってきた千里に助けてもらった感があった。


「うぅ、そうかも……」

「だからあかりはもっと力つけないとダメ! それに神術一つじゃワンパターンすぎっ!」


 千里はビシッとあかりの前に人差し指を突き出した。


「二つ目の神術か……ヴェルガ、それって出来るの?」

『――うむ。輝石の神には一色につき三つの神術を持つ、アカリたちはまだ神としての力が成り立っていないため一つしか出来ぬ』

「そっか……じゃあさ、それっていつになるの?」

『――それはわからぬ。アカリたちがその意思を持てばその時に』


 ヴェルガがそこで言葉を止めるとあかりは考え事を始めた、意思で新たな神術が生まれるのであれば何故今の自分には出来ないのかと。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴る、千里に言われるまで気付かなかったあかりは教室へ戻った。

 教室でも同じように考えこむ、

何をすれば出来るのかという答えは見つからなかった。


「――ねぇねぇ聞いた?」


 ふとあかりの耳元にクラスメイトがひそひそと話す声が聞こえてきた。


「なになに?」

「西地区の方でさ、信号のカッコした怪物が出たんだって」

「何それぇ、撮影かなんかじゃなくて?」

「ううん、違うの。その後に蒼い髪した女の子と緑色の髪した男の子がそいつをやっつけたんだって」


 これを聞いてあかりはすぐにその二人が誰なのかすぐにわかった、葉子と優希のことだろう。


「……葉子ちゃんとゆうちゃん、がんばってるんだ……」


 同じ輝石の神として誇りに思う、同時に自分は何をやっているのかと寂しい気持ちにもなった。

 考えているうちに授業の終了を告げる予鈴が鳴る、いつものようにカバンの中に教科書やノートを入れて帰宅の準備に入った。


「あかり」


 廊下を出ようかという時、千里が声をかけてきた。


「千里ちゃん……」

「さっきはごめん。あたしにとってあかりをヘコませた罪大きいからさ、今度の土曜に何かおごらせてよ」


 照れくさそうに笑う千里は右手人差し指で鼻をすすった。


「うんっ!」


 彼女に明るい表情が戻った、その後ろで千里はやれやれとした表情で両手を広げる。


「じゃあさ、葉子ちゃんとゆうちゃんも呼ぼうよ!」

「ゲッ……マジ?」

「だって千里ちゃんのおごりでしょー? みんなでパーっとやろうよ!」


 続けてあかりはふふんと鼻歌交じりに笑った、財布の中に入っているお札に天使の羽が生えて飛び去っていく様子が目に浮かんだ千里は泣きそうな表情を浮かべる。

 その後二人は帰り道にどこへ行こうか話し始めた。


「言っとくけど、高いのはダメだよ? あたし今月ピンチなんだから」

「オッケイ。じゃあさ、“クスノキ”行こ! こないだ出来たケーキ屋さんなんだけど」

「ケーキ屋か。それなら問題ないかも」


 行き場所が決まってあかりはその場でガッツポーズする、一方の千里は内心ホッとしていた。

 やがて二人の分かれ道にやって来るとその場で別れた。


「ケーキ、ケーキっ」

「あらぁ? 紅っちじゃなぁい」


 しばらく歩いていると背後からの聞き慣れたゆったり声にあかりは振り向く、そこにいたのは市内にあるスーパーマーケットの買い物袋を両手に提げたフィリア・ロッサだった。


「ロッサさん! 買い物ですか?」

「えぇ、お母様からおつかいを頼まれたのよぉ。紅っちも帰りぃ? やけに楽しそうに見えたけど、何かあったのかしらぁ?」

「今度千里ちゃんたちとケーキ食べに行くんです!」

「まぁ! それはいいわねぇ、輝石の神同士楽しんでらっしゃいなぁ」


 あかりとロッサは話を弾ませながら家へ帰っていった。



 時はあっという間に流れ、土曜日。

 あかりは千里、葉子、優希を連れ街中を歩いていた。


「わたくし、自宅の外でケーキは食べたことがなかったので今日を心待ちにしていました」

「そっか。葉子ってお嬢様だもんね、優希は?」

「ボクはクラスメイトからよくプレゼントされるよ、と言っても女子にだけど……」

「おぅおぅ、モテるねぇ。凛々しいオナゴはっ!」


 優希はその場で苦笑いすると千里はニヤニヤした表情しながら片肘で小突く、それを見て葉子はふふっと笑った。


「みんなー、こっちこっちー!」


 店の前にやってくるとあかりは三人へ大きく手を振る。


「ここが前見つけたケーキ屋、“クスノキ”だよ!」


 優希と千里がおおっと声を上げ、店の中へ入ろうとした。


「あかりさん、間違えていますよ?」

「へ? 葉子ちゃん、何が?」


 言われて葉子は店前に置かれた看板を指差す、それにはシンプルに木へんの漢字一文字が書かれていた。


「このお店の名前です。ここは“クスノキ”ではありません、“カエデ”です」

「えっ、うそ……!」


 あかりはその場で顔を赤らめる。


「まぁまぁ、細かいことはいいじゃん。行こ!」


 四人はおーっと掛け声を発すると笑顔交じりに店へ入っていった。


「いらっしゃいませー」


 店内には苺のショートケーキやチョコレートケーキなど、さまざまな種類が並んでいる。

 この店の特徴はケーキとお茶の種類を選んだ後に店内で食べられるところにあった。


『――ここが異世界のお菓子屋さんっ? いいなー、ボクも食べたぁい!』


 翠の輝石、アルヴィンがはしゃぐように言った。


「アルヴィンは輝石だから食べられないでしょ? あたしたちが食べるから安心しなって!」

『――でもさ、お金払うのはチサトだろぉ?』

「ゲッ……ジェセ、思い出させないでよぉー!」


 怒る千里の横であかりはショーケース越しに食べるケーキを選んでいた。



 その頃、公園のベンチでファニスが目を閉じて横たわっている。


「ん……あぁ、僕はここで眠っていたんだった……」


 上半身を起こして周りを眺めた、今はファニス以外誰もいない。

 葉子と優希との戦いの後に彼は城へは戻らず、街をふらついていたのだ。

 ベンチから降りて公園内を歩いていると、大きく腹の虫が鳴った。


「むぅ……僕がこのようなことをするなんて、はしたないことだ。どこかへ食事をするところを行こう」


 ファニスは一度前髪を掻き上げ振り向くと、公園を出た。



 再びケーキ屋。四人はそれぞれのケーキに明るい笑顔で食べている。


「んー、このエクレアおいしいっ!」

「あらあらあかりさん、頬にクリームがついてますよ?」

「えっ、葉子ちゃんありがと」


 四人は戦いのことも忘れ、束の間の休日を過ごしていた。


『――いいなぁユウキたちは。ボクも食べたいよぉ』


 アルヴィンはまるで駄々っ子のようである、声や喋り方からしてこの世界で言えば小学生くらいの年齢だろうか。


「そういえばさ、噂で聞いたよ」


 突然あかりが思い出したように話を切り出す。


「何が?」

「葉子ちゃんとゆうちゃん、二人で闇の力倒したんだって?」

「えっ、それは……」

「うん! 葉子があいつの弱点に気付かなかったらボクたち手間取ってたよ、ありがと葉子」


 優希が浮かべたはにかんだ表情に葉子の顔が赤くなり、紅茶が入ったティーカップで顔を隠した。


『――ふふっ、ヨーコさんはわかりやすいお人ですね』

「ファレーゼさん! ちゃ、茶化さないでください……」


 葉子とファレーゼのやりとりにあかりたちから自然と笑いが生まれた。


「お待たせ致しました、当店名物メニューのチーズケーキでございます」

「わっはぁーっ、待ってましたっ!」


 あかりの目がキラキラしている、このお店に来た理由はこのチーズケーキを食べるためだった。


「いっただきまーす!」


 ケーキをフォークで一口サイズに切り、それをやさしく突き刺した。


「あーん……!」

「いらっしゃいませー」


 口を大きく開けて食べようかと言う時、新たな客が入ってきた。


「あーっ!」


 優希はその場を立ち上がり、その客を見て指差した。

 それはお腹を空かせてこの店に入ってきたファニスだった。


「ゆうちゃん、知ってる人?」


 あかりがケーキを食べようとしていた手を止め、優希へ疑問を投げた。


「……何言ってんのさ、アイツは漆黒の闇の一人だよ!」

「!」


 他の客を考慮してか耳打ちで答えた、それを聞いてあかりたちも立ち上がる。


「これはこれは……以前に街でお会いした少年と少女ではありませんか。今一度お見せしましょう、甦るのです! 我が闇の力、ヴァルザーナ!」


 ファニスは左手から闇の力をあかりたちへ放った。


「キャッ!」


 咄嗟に四人はしゃがみこむ、直撃したのは背後にある店の厨房に置かれたシルバーの冷蔵庫だった。

 徐々に冷蔵庫は角張った白熊のような姿に変わる、完全に変形したところで目の部分がキラリと光った。


「ズォォオオオオゥッ!」


 一つ絶叫を上げ左右のドア部分が開いて猛吹雪を起こす、異状を察した他の客は一目散に逃げ出した。


「ぐっ……人の楽しみを奪うなんてひどい!」


 先ほどまであかりはチーズケーキを食べようとしていた、そんな中で突如横やりが入ったことにより怒りが増している。


「みんな、転生しよう!」

「オーケイ!」「はいっ!」


 この度はじめて揃って転生する、四人それぞれ転生の構えに入った。


「――ヴァイス・ファレイム!」「アクティ!」「ウィンスト!」「ガイルス!」


 一斉に唱え、四人は横一列に並んで輝石の神へ転生する。

 服や髪色はそれぞれ輝石と同じ色。あかりは紅、葉子は蒼、優希は翠、千里は黄と四色が並んだ。


「おぉっと、輝石の神がこの場にいたことに僕は幸運だ」


 ファニスは嬉しそうに両手を広げる、彼もまたあかりたちが転生したことに気付いていなかった。


「まずはボクから行くよ! ウィンスト・ジェミナ!」


 翠の神が先陣を切って神術の詠唱を唱えた、双子の風が冷蔵庫へ放たれる。


「ズォオオゥッ!」


 しかし冷蔵庫は両ドアを広げ、一瞬にして胴体部分で風が消えてなくなる。


「ぐっ、そんな!」

「いけません! あちらも風を吹かせて打ち消されてしまっています!」


 蒼き神がいち早く相手の特徴に気付く、猛吹雪を見ていてわかったことだった。


「それなら私だね、思いっきり冷たいのには思いっきりあっついの行くよ!」


 それを知った紅き神は冷蔵庫の目の前に立つと、自信満々の表情で詠唱の構えに入る。


「――我が名は“紅蓮の烈火”。闇へ射る矢よ、紅き炎に燃え広がり放て!」


 冷蔵庫が両ドアを閉じ、小さく力強く冷気を吸い込んでいく。

 再び猛吹雪を起こすためである。


「ファレイム――!」


 あともう少しで紅き神による炎の矢を放とうという同時に、冷蔵庫は大きく強い冷気を吐き出した。


『――紅き神よ! 神術を止め、盾の詠唱だ!』

「えっ? うわっ!」


 時すでに遅し、彼女の左腕は強い冷気により凍傷してしまった。


「い、痛い! 痛い痛い!! ヴェルガ! な、何とかして!」

『――ダメだ。我には傷を治すことなど出来ない! 紅き神による炎の力をも上回るというのか……!』


 ヴェルガに言われ紅き神は苦痛の表情を浮かべながら、その場にへたり込む。


「輝石の神一人が力を出せなくなってしまいましたか、さぁこれを利用して輝石を奪いましょう。僕は城へ戻っていますから後は頼みましたよ!」


 一部始終を見ていたファニスはキザらしく髪をかき上げるとその場で影となって消えた。


「レッド!」


 黄の神は下唇を噛む、一方の蒼き神は戦いの様子を見て怯え始めた。


「えぇいもう! グリーンの神術は使えないし、ブルーはビビってばっか! あたし、何も出来ないの!?!さ レッドを守ってあげたいよ! お願い、何か助ける力を――!」


 声を大にして強き思いを叫んだ時、黄の地の輝石がまばゆい光を放ち全体がそれに包まれる。


『『『――こ、これは!』』』


 その光にジェセを除く三色の輝石はもしやと思った。


『――来た来た来た来た来たーっ! イエロー、心の底から何かが噴き出してきたんじゃねーのか! なぁ、そうだろ!?』

「うんっ、わかった! これがあたしにとって新しい力なんだね!」


 そう言うと黄の神は胸元で自分の両手を組んで目を瞑る、今まで見た神術にない体勢を作った。


「――俺、“雄黄の大地”が行う! 強き茂みよ、でっかい帯となれ! ガイルス・カプリサ!」


 彼女にとって二つ目の神術の詠唱を唱えた時、両手を横に大きく広げる。

 すると黄色い光に包まれた細い帯が紅き神へ放たれた。


「これって……!」


 帯は紅き神が傷めている左腕に勢いよく巻かれる、それはまるで傷を防ごうとする包帯のように。


『――黄の神により傷は塞がれた。紅き神よ、大丈夫か?』

「うんっ! イエローのおかげで大丈夫!」


 左腕が黄色い帯に巻かれた状態で紅き神はその場から立ち上がった。


「イエローが新しい神術出来たんなら私だって出来る! きっと……いや、絶対に!」


 紅き神が右手で握り拳を作って強き思いを口にした時、紅き炎の輝石がまばゆい光を放つと全体がそれに包まれる。


『――紅き神よ、そなたまさか!?』

「そのまさか! 心の底からやってきたよ!」


 ヴェルガは信じられない思いだった。


『――他の神により新たなる神術を生み出すとは……やはりこの少女は!』


 紅き神は右手を後ろへ引いた、今までの炎の矢と異なるのは左手を前に出さず胸元で構え右足を後ろへ置く。


「――我が名は“紅蓮の烈火”。闇を砕く拳よ、紅き炎を身に纏いて輝け!」


 その間に冷蔵庫はもう一度両ドアを閉じ、冷気を吸い込もうというところだった。


「――ファレイム・リオラ!」


 詠唱と同時に右手に出来た炎のグローブを勢いよく突進させる、それはまるでボクシングのストレートパンチのように。

 それをまともに受けた冷蔵庫は蒸気を上げ、だんだんと元の形に戻っていった。


「やったー! 闇の力を新しい神術で倒したよ!」


 転生を解いたあかりは喜びの表情を浮かべる。


「さぁて、チーズケーキ食べよ……って、あぁっ!?」

「どうしたあかり!」


 同じく転生を解いた千里が尋ねた。


「ケーキが……ケーキが……うえええぇぇっん!!!」


 あかりは床を見てその場で泣き叫ぶ、そこには原型をとどめていないぐちゃぐちゃなチーズケーキがあった。


「あーぁ……あかり、ドンマイ」

「ふふっ、ほんとあかりって子供みたい……あれ、葉子?」


 小さく笑っていた優希は俯きながら悲しそうな表情を浮かべる葉子に気が付く。


「葉子?」

「うぅ、どうして……」


 眼鏡越しの瞳に光るものを浮かべ、頬を伝う。

 視線の先には新たな神術を得たあかりと千里だった。


『――アカリの力は我が考えていたよりも遥かに強きものだった、これはやはり……!』

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