Chapter 14 ドキドキ!葉子のイケない気持ち

 昼休み時の音楽室からヴァイオリンの音が聞こえる、演奏しているのは葉子だった。

 曲が終わると一息つけ、ヴァイオリンをケースに入れる。


「ファレーゼさん、ちょっとよろしいですか?」


 ケースを閉めた直後、葉子はファレーゼに尋ねた。


『――はい、何でしょう』

「もしまた、闇の力が現れたらわたくし一人で戦えるのでしょうか?」

『――えっ?』


 これを聞いてファレーゼは一瞬聞き間違えたのかと思った、今まで弱気になっていた葉子が自ら戦いについて尋ねることは今日が初めてだったからである。


「今わたくしが持つ神術は癒すことしか出来ません、それで一人の時に現れたら如何にして攻めねばならないのですか?」


 葉子の中で戦いとは異なる不安が生まれていた。

 今までは闇へ攻撃が出来る仲間がいたため自分は影に隠れたり、怪我をした仲間へ癒しを与え傷を治したりすることしか出来なかった。


『――ヨーコさん、輝石を持つ者が使える神術は一つだけではないのですよ?』

「ほ、本当ですか? ではわたくしにその方法を教えてください!」

『――いけません。今はまだ耐える時、強き意思が現れるその時を待つのです』

「強き、意思……」


 今の自分にそれは足りていないのかもしれない、そう考えていた時に予鈴が鳴る。

 葉子は元気がない表情で音楽室を出た。



 闇の城でファニスは考え事をしていた。

 この前の戦いで紅き輝石と黄の輝石を手にしている存在はわかり、残るは蒼き水と翠の風となった。


「まさか残る二つもあの場に? いや、そうとは限らないか」


 自分の分析に間違いはない、ファニスは小さく頷いた。


「よし、もう少し異世界を巡ってみるか。あそこから見ていて、興味出てきたことだし」


 ファニスはその場で影となって消える、直前彼は薄く笑っていた。



 再び葉子が通う学園。授業が終わり、生徒や先生は皆すれ違う度に挨拶を交わす。

 葉子もそれにならって挨拶するがどこか表情が暗かった。

 昼休み終了後から神術について考えていたが、答えが見つからぬまま下校時刻を迎える。

 校門をくぐって家へ帰ろうとするが、途中道を間違えて違う方向を歩いていた。

 俯いたまま歩いているため、今の葉子はそれに気づいていない。


『――ヨーコさん、ヨーコさん!』

「は、はいっ!?」


 しばらく歩いた辺りでファレーゼが話しかけ、葉子は我に返った。


『――大丈夫ですか? 昼時からずっと俯いたままですが……』

(ファレーゼさん、強き意思というのはいったいどのような時に表れる物なのでしょうか?)


 葉子の問いにファレーゼは答えに詰まる、授業中考えに考えたが彼女の中で答えが見つからなかった。


(わたくしはあかりさんたちと比べて力が劣っているのではないのでしょうか? 神として、あの場にいて良いのかわからなくなってきました……)


 彼女がかける眼鏡越しの瞳には涙であふれていた。


「葉子、こんなところでどうしたの? ってうわぁ!」


 不意に凛々しさと驚きが混ざった声が葉子へ声をかけてきた、俯いたままそれを聞いて葉子はハッとなる。

 顔を上げて見ると目の前に立っていたのは制服姿の優希だった。


「ゆ、優希さん……!」

「や、やぁ。何かあった? 僕に相談してもいいよ」


 優希は笑顔で胸を張る、そう言われて相談しようか一瞬悩んだがすぐにやめた。

 輝石の神同士ではあるが優希は攻撃に特化していて、今の自分のような悩みは持っていないであろうと結論付けた。


「いえ、結構です。これはわたくしだけの悩みですから……」

「そう? ならいいけど」

「そ、それより優希さんはどうしてこちらへ?」


 葉子は話を逸らす、そうすれば優希はこちらの悩みを気にしなくなるだろうと思ってのことだ。


「えっ、ここボクの帰り道だよ? 葉子がそのまま帰ってるからてっきり同じ道だと思ってた」

「えぇっ!?」


 慌てて今の場所がわかる物を探すが、すぐには見つからなかった。


「こ、ここどこですか!?」

「そっか、道に迷ったんだね。じゃあボクがわかるとこまで一緒についていってあげるよ」

「あ、ありがとうございます……!」


 二人は今まで来た道を引き返した。

 その直後に沈黙が流れ、二人は何を話したらいいのかわからなかった。

 中でも葉子は緊張していて、言葉も出せないでいる。

 原因は横にいる優希にあった、今女子制服を着ているがボーイッシュな顔立ちと凛々しい声から異性だと見間違えるくらい格好よかった。

 そのせいか葉子は一目見た時は彼女に恋をする。

 後に同性だとわかったが、出会いの一件があってか変に意識している自分がいた。


『――どうしました? まだ悩みを引きずっているのですか?』

(い、いえその……)

『――蒼き輝石のお姉ちゃん』

「ひやっ!?」


 突然話に割りこむように優希が持つ翠の輝石アルヴィンが話しかけてきた、それに対し葉子は肩をすくめる。


「こらアル、急に葉子へ話しかけちゃダメじゃないか!」

『――ごめんごめん、二人が何も話してないから変だなぁと思って』

「あ、えっと……その」


 優希は困った表情で頭を掻く、何を話せばいいのかわからないでいた。


「よ、葉子ってさ。お嬢様なんだっけ? やっぱり、家は大きいの?」

「はい?」

「庭は広いの? メイドさんや執事さんはいるの? ペット用にもう一つ家ってあるの?」


 焦った表情で探り探り質問を繰り返していく、これを見て葉子は一瞬訳がわからなかった。


「……ぷっ」


 たまらず葉子は口をおさえながら笑い始めた。


「よ、葉子?」

「ふふっ、ごめんなさい。優希さんって面白い方ですねっ、わたくし思わず笑ってしまいました」


 これを聞いて優希は顔を赤らめる。

 さっきまでの質問はすべて彼女が家で読んでいる少女漫画の内容から抜粋したもので、実際のお嬢様もそうなのかと思いこんでいた。


「それならばわたくし、謝らなくてはなりませんね」

「謝るって、ボクに?」

「えぇ。優希さんは男性のようなお顔や容姿をしているので、もっと力強い方だと思っていたのです。とても意外でした」

「意外、か……やっぱり変かな?」


 優希は苦笑する、今まで男っぽい外見から男が興味持ちそうな物が好きと偏見で見られていた。

 今こうして葉子に笑われていることでまた同じように見られるのではないか、彼女の中でそんな予感がした。


「変ではありません、わたくし優希さんのようなお人は好きですよ?」

「えっ? そ、そうなの!?」


 彼女にとって意外すぎる答えが返ってきたことに優希は顔を赤らめた。



 一方ファニスは街中で輝石探しを始めていた、今は横断歩道に立っているところである。


「紅き炎と黄の地の行方はわかったし、他の二つを探すとしよう」


 よしと意気込んで歩こうとするが歩行者信号の色は変わらない、故障しているわけでもなく他の信号は正確に作動していた。


「なんなんだ、これは僕のことをあざ笑っているのか?」


 ファニスは次第に苛立ち始める、異世界の交通事情を把握していても彼にとってこのような事態は予期していなかった。

 

「えぇい、腹立たしい!」


 イライラを募らせた彼は左手を信号に向けた。


「甦るのです! 我が闇の力、ヴァルザーナ!」


 闇の力を浴びた信号はゆっくり動き、片足を上げながら進んでいく。

 別のところで信号待ちをしていた車に乗る運転手は一瞬のことにあっけに取られていたが、我に返ると車から降りて逃げ出した。


「フッフッフッ、僕を怒らせるからいけないんですよ」


 ファニスは信号が暴れていく様子を見つめながら、歩いてその様子を追った。



 葉子と優希はそれを知らぬまま帰り道を歩き続けていた。


「そういえば葉子が持ってるそれって、ヴァイオリン?」

「えぇ。そうですよ」

「すっごぉい、今度弾いてみせてよ」

「えっ? そ、それは――」

「キャーッ!」


 話をさえぎるように悲鳴が聞こえ、二人は振り向いた。


「か、怪物だ! 信号の怪物が出た!」


 そう言い残して男は逃げ出していった、訳がわからない二人は顔を見合わせる。


「いったい何なのでしょう?」

「さぁ?」


 二人が考えていると目の前から二本足で一歩一歩進みながら動く信号が歩いてきた。


「し、信号が独りでに!」

『――これは黒い気配がします……ヨーコさん、ユウキさん!』


 ファレーゼからの指示に葉子と優希は頷くと、それぞれ転生の構えに入った。


「――ヴァイス・アクティ!」「ウインスト!」


 二人はそれぞれ青き神と翠の神に転生すると信号の前に立ちふさがる、それを見てか信号も立ち止まった。


「おやおや、異世界の者から歓迎を受けるとは……」


 信号の後ろから両手を上げて笑みを浮かべるファニスがやってきた。


「お前だな? 黒い気配を出していたのは! ボクたち二人の神が許さない!」

「なんとっ、あなたたちが異世界の神とは……」


 彼は驚いた表情を浮かべるがすぐにそれは消え、目を細めた。

 その表情はどこかやさしいようで闇が覆っている。


「おっと、自己紹介をしていませんでしたね。私はファニス、以後お見知りおきを」


 ファニスは丁寧に頭を下げた後、キザらしく髪をかきあげた。


『――ユウキ。アイツ、なんだか気色悪い……』


 アルヴィンは引いている。

 少年のような彼から見てファニスは訳がわからない存在で、自惚れているようにしか見えなかった。


「この機械は私に歯向かったので、闇の力を与えてあげました。あなたたちもこの力に屈しますか?」


 そう言ってふふんと笑う、すると翠の神は信号を見て何かに気が付いた。


「もしかして、ボタン押すの忘れてない?」

「なっ……!」

「その信号機、ボタン押さないとずっと赤のままだよ」


 翠の神は信号の押しボタンを指差す、彼女の言うとおりこの信号はボタンを押すと青信号へ変わる仕様だった。

 これを見てファニスは下唇を噛んだ、自分の無知を異世界に住む神へさらけ出したということで身体を小刻みに震えさせる。


「えぇいっ! 闇の力よ、この二人の神へ力を見せてやるのですっ!」


 ファニスは指示を送ると再び信号は歩を進めた。


「ぐ、グリーンさん。ど、どうしましょう?」


 近づく信号に蒼き神は足がすくんでいる、転生する前まで彼女が見せていた弱気な一面が再び出てしまった。


「おやおや。ふふ、神ともあろう者が……怖いのですか、怖いのですね?」


 これを見てファニスは蒼き神を落ち着かせるように言った、彼女は恐れた表情のまま何度も頷いた。


「そうですか。ならば、もっと怖がらせましょう……この力でね!」


 彼がそう言った直後、信号は歩を進めながら青ランプ部分から光線が放たれた。


「――アクティ・セレイデ!」


 光線は蒼き神を狙うが、とっさにファレーゼが蒼き神の意識を借りて光る水の盾を突き出した。


『――危なかった……ブルーさん、大丈夫ですか?』

「だ、大丈夫です。ファレーゼさん、ありがとうございます」


 ホッとしていたのも束の間、次に信号から赤い光線が放たれてその場で止まる。

 二人は左右に別れてそれを避けた、光線を浴びたアスファルトの一部からは焦げ臭いにおいと煙が上がる。


「ひっ!」


 それを見て蒼き神は怯えた表情を見せると、その場でへたりこんだ。

 目には涙が浮かんでいて、今にもこぼれそうになる。


「ブルー、落ち着いて!」


 翠の神になだめられた蒼き神は信号のランプ部分を見上げる、滲んだ目で見たそれはぼやけてよく見えなかった。

 そうしているうちに信号の色が変わると、再び進み出し青い光線も放たれた。


「そうか……わかったぞ!」


 これを見て翠の神は信号の特徴に気付いた。

 青の時は進み、赤の時は止まるということに。


「うぅ、怖い……!」


 一方の蒼き神は怯えたまましゃがんで耳をふさいでいた。


「ブルー! あいつは本物の信号と同じで、赤で止まって青で進む! そのタイミングを利用して神術を使うんだ!」

「えっ……?」


 蒼き神は滲む目で信号のランプ部分を見上げる、ぼやけてよく見えなかった。

 すると彼女の中で何かが閃いた、それを実行しようとゆっくり立ち上がる。


「グリーンさん、わたくし、あの信号さんに神術をやってみます……!」

「えっ、さっきまで怖がってたのに大丈夫なの!?」

「えぇ、ダメで元々ですから……」


 そう言って蒼き神は神術の構えに入る、さっきまで怯えていたため弱々しく感じた。


「おやおや。怖がっていたあなたに何があったのか知りませんが、私の力が勝っていることを思い知った方がいいですよ?」


 ファニスは白い歯を見せてキザらしく微笑んだ。


「――アクティ……」


 いつも神術を叫んでいる時の力強さはない、だが彼女は右腕で涙をぬぐうと表情が変わった。


「――アクティ・ピスカス!」


 左手から無数の光の雫が空に舞うシャボン玉のように模られると信号のランプ部分へ飛んでいった。

 一つ一つが集まった雫の玉は覆っていくと一斉に割れる、これによってランプ部分に膜が出来た。


「よしっ!」


 それを見て翠の神がガッツポーズする、膜に覆われた信号はその場でよろめき出した。

 目の代わりになっていたランプ部分を覆ったことで景色は滲む、これによりどのように歩けばいいかわからなくなっていた。


「ブルー、ありがとう! あとはボクに任せて!」


 翠の神は蒼き神へ親指を立ててウインクした。


「――ボク、“翡翠の疾風”! 二つの旋風よ、駆け抜け切り裂け!」


 神術の構えとして両手を左右に広げる、彼女の中で強き意思が現れているかのように緑色の髪は大きく揺れていた。


「ウインスト・ジェミナ!」


 強く両手を叩くと双子の旋風が信号へ向かって突き進む、風の力によって信号の中に入っていた闇の力が高い空へと吹き飛んだ。

 やがて何事もなかったかのように元の歩行者信号に戻った。


「ぐっ、またしても輝石に……また会いましょう!」


 ファニスは頭を下げるとその場で影となって消えた。

 誰もいない街中で転生を解いた葉子と優希は、再び葉子の家の近所がわかる場所まで歩き始めた。


「優希さん、先ほどはありがとうございました」

「いやいや、そのセリフはボクから言わせてよ。ありがと、葉子」


 頭を下げてお礼を告げた葉子に優希ははにかんだ表情で改めて礼を言った。


「あ、ど、どういたしまして……」


 これを見て葉子の顔は真っ赤に染まり、会話が途絶えた。


「ちょっ、どうしたの葉子? 顔赤いよ」

「な、なんでもありませんっ! お、おそらく西日がわたくしを照らしているのでしょう!?」


 適当にごまかした葉子は彼女はカバンで顔を隠す。


『――ヨーコさん、少しずつで良いのです。強き意思は少しずつ持って新たな神術を得る時が来るでしょう……』

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