Chapter 6 大丈夫?お爺様は心配性

 あかりと千里ちさとが通っている学校、終業のチャイムが鳴り生徒たちは部活などに向かい教室を出ていった。


「今日どこ行く?」

「この近くにCDショップある? 新曲のCD出てるから、買いに行こうかと思って……」


 千里がこの街に転校してきて数週間が経った、しかしまだわからない場所もあってあかりに尋ねる。


「ここからなら商店街に一軒あるよ、そこ行ってみる?」

「決まり!」


 二人は校門を抜けると商店街にあるCDショップへやってきた。

 そこで千里は目的のCDを手に入れると、購入した。


「何買ったの? もしかして、クラシックとか?」

「ノンノ、流行りのポップスだよ」

「あぁーカラオケとかでも歌いやすいもんね」

「そそ」

『――やけに賑やかだが……一体何の話をしているのだ?』


 二人の会話を聞いていて、ヴェルガは物珍しそうに聞いた。


「へへっ、私たち女の子の流行り物の話だよ」

「ヴェルガも聞いてみて、この世界に馴染んでみなぁい?」


 あかりの手をつないでいた千里がおどけながら言った。


『――遠慮しておこう。我は我なりに、流行を追っていくとする』

「ふーん……そっか、つまんないの」

「さぁてCDも買えたことだし、どうすっかな」


 店を出て千里は袋を手に下げながら軽く伸びをする、このまま用事がなければまっすぐ帰ろうと話し合った。


「あら? あかりさんと、千里さん?」


 名前を呼ばれて二人は振り向く、そこにいたのはヴァイオリンケースと鞄を両手で大事そうに持ってにこやかな表情を浮かべた葉子ようこだった。


「葉子ちゃん! 今帰り?」

「ええ。お二人もですか?」

「うん! 買い物終わってこれから帰るとこっ」


 あかりが元気よく答えていると、突然彼女のお腹が鳴った。

 千里と葉子を目の前にしているだけに思わず顔をカアァッと赤らめる。


「あ、あははは……ご、ごめん、お腹空いた」

「まあ。もしよろしかったら、わたくしの家でお茶でもいかがですか? 少々お待ちください、電話をしてみます」


 そういうと葉子は鞄から携帯電話を取り出すと、どこかへ電話をかけ始めた。

 相手はわからないが彼女の弾む声から察するに身内なのだろう。


「……あかり」


 それを見ていて、千里は耳打ちする。


「……何? 千里ちゃん」

「……葉子って、すっごいお嬢様じゃない? だとしたらさ……家も大豪邸なのかな?」

「だ、大、ゴウ、てい!?」


 この言葉にあかりの目が渦巻く、直感で想像したものはどこかのお姫様が住んでいるような大規模な城だった。


「あかりさん?」

「な、何!?」


 葉子に声をかけられてあかりは我に返った、いつの間にやら電話を終えていたようだ。


「了解を得ました、それでは今すぐわたくしの家へ行きましょう!」


 こうしてあかりと千里は葉子の家へ遊びに行くこととなった。



 その頃漆黒しっこくの城では、フィリア・ロッサがリーヴェッドへ報告をしていた。


「なんと! 二つ目の輝石きせきが現れただと!?」

「そうなんですぅ。私が城へ帰ってる間にぃ、あかっちだけじゃなくってぇ、あおっちもぉ……」

「黙れ黙れ! 紅き炎と蒼き水か……」


 仮面越しにリーヴェッドは苦悩した様子を見せる、これに玉座ぎょくざの周囲が騒がしくなった。

 影で見えないが闇の手下はまだまだ数人いる、皆四色の輝石を漆黒の闇へという思いは同じだった。


「仕方ない、そなたに再び機会をやろう」

「本当ですかぁ? それじゃあ行ってきまぁす」


 いつも通り左手人差し指を口の端に当てながら薄く笑うと、フィリア・ロッサはその場で影となって消えた。



 その頃、葉子の案内で彼女の家へ行く途中のあかりと千里はその家がどこにあるのかわ見当もつかなかった。

 並木はあるものの、周りをキョロキョロしている。


『――どうしたアカリ、やけに振る舞いが怪しく見えるが』

(だ、だって! 葉子ちゃんの家が大きかったら、私どうしたら……)

『――何を言うか。いつも我やチサトへ接しているようにすれば良い』

(う、うん……)


 しばらく歩くと巨大な柵が見えてきた、しかし家らしき物はどこにも見当たらない。


「葉子ちゃんの家って、この近くなの?」

「何を言ってるのですか? 着きましたよ」


 葉子の指差す先を見て、あかりと千里は一瞬まさかと思う。

 それは見上げるほどの巨大な門だった。


「こ、これ、本当に葉子んチ?」

「ええ。では押しますね」


 葉子はインターホンを押す、直後に頭上のカメラが動いた。


『はい』

「葉子です。お友達を連れて今帰宅致しました」

『おかえりなさいませ、葉子様。門を開放致します』


 カメラ越しの声がそこで切れると門は自動で開く、今まで漫画でしか見たことがない世界にあかりはただ呆然としていた。

 葉子の先導で二人は家の中心までまっすぐ続く道をはずれ庭中を歩く、邸宅まで数キロはあるのではないかと思えた。


「あ、あかり……あたしのほっぺた、つねってくれない?」

「えっ、こう?」


 言われるがままにあかりは千里の頬をつねった。


「い、痛い……っ!」

『――これは夢でも幻想げんそうでもありません、全て真実です』


 半ばパニックになりかけている二人を察してか、蒼き水の輝石であるファレーゼが答える。

 少し歩いて三人は庭中にあるテーブルへやってきた、そこには美味しそうなシフォンケーキと空のコーヒーカップが三つ置かれている。


「わあっ……!」


 あかりの表情が明るくなる、早速三人は椅子に腰掛けるとケーキを食べ始めた。

 その味は街中のケーキ屋と違い、言葉に出来ない美味しさだった。

 やがて雑談が始まる、通っている学校の話や勉強の話などさまざまだった。


「――でね」

「失礼を致します」


 そこへ燕尾服姿の老いた男性が白のポットを持って現れた、男性は慣れた手付きで空のカップに紅茶を入れるとほのかな香りが皆を包み込む。


「あ、ありがとうございます。あの、あなたは?」

「もしかして、シツジとかいうやつ?」

「まったく……一体何のおつもりでこのような服装をしているのですか、お爺様じいさま


 葉子は男性へ呆れた表情を浮かべながら言った。


「えぇっ、葉子ちゃんのおじいちゃん!?」

「驚かせて申し訳ありませんでした。改めましてお初にお目にかかります、葉子の祖父です。お友達を連れてくるというのを聞いて、どのような方なのか様子を見に来たのです」


 軽く挨拶の後で葉子の祖父はどこかホッとした表情を浮かべると、その場から退いた。


「いいなぁ、葉子のおじいちゃんって面白い人じゃん!」


 フォークに刺したケーキを一口食べた後に千里が言った、これに対し葉子は首を振る。


「そんなことはありません、お爺様はわたくしを心配しすぎなのです。お出かけの際には同行すると言って聞かなかったり、色恋いろこいがあってはならないからと言って女学校へ進学させたり……」


 それを聞いてあかりと千里はクスクスと笑う、何故笑われているのか葉子にはわからなかった。


「それってさ、おじいさんは葉子に何かあったらいけないと思って心配してるんだよ」

「そうそう! いいおじいちゃんだね」

「そ、そうなのでしょうか……?」


 二人の言葉に葉子は訳がわからず、頭上にはてなマークが浮かび上がる。



 その頃、漆黒の城から転移したフィリア・ロッサは街中を歩き、郊外へ出ていた。


「この世界は賑やかぁって思ってたけどぉ、外れに出ると一気に静かになるのねぇ。なんだかもぅ……ふぁーあっ」


 フィリア・ロッサはその場で立ち止まると退屈そうに一つあくびをした。


「静かなのって苦手ぇ、だったら私が賑やかにしちゃおーっと……んふふっ」


 すると彼女は突然、空に向かって投げキッスをした。


「――さぁ、出てらっしゃぁい……コロル・ボレアーズ!」


 彼女の下級術かきゅうじゅつが光となって空に舞った。


「頼むわよコロっちぃ、賑やかにしてきなさぁい。そのついでに輝石を持っているコから輝石を奪い取れればいいんだけどぉ……」


 クスッと笑うフィリア・ロッサが見上げる先で、風で飛んでいく下級術が動き始めた。



 再び柳堂邸の庭中。三人の仲睦まじい会話が続いていた。


「ニャーォ……」

「ん?」


 庭中で聞こえた猫の鳴き声にあかりは聞き耳を立てる、愛猫あいびょうのシャムシールがこちらへ歩み寄ってきた。


「あらシャムシール、どうしたのですか?」

「わあっ、かわいい猫だね」

「あなたがシャムシールちゃん? よしよし――」

『――!』


 あかりが撫でようとしたその直後、ヴェルガとファレーゼ二つの輝石は同時に何かを感じる。


「あっ……!」


 同じようにそれを感じたのかシャムシールは三人から少し距離を置くと、誰もいない草むらの方をジッと睨み始めた。


「何? 何が起きてるの?」

『――黒い気配……アカリ!』

『――ヨーコさん、転生です!』

「うんっ!」「は、はいっ!」


 輝石を手に取り、転生てんせいの構えに入った。


「――ヴァイス・ファレイム!」「アクティ!」


 二人が転生終えた直後に揺れ動く草むらから何かが飛び出そうとしている、同時にシャムシールは威嚇する草むらをジャンプした。


「ニャッ!」


 するとシャムシールはその何かに払われて地面に叩きつけられた。


「シャムシール……!」


 蒼き神はすぐその場に駆け寄り、助け起こした。


「ケガはないようですね、よかった……」

「ブルーフォース、猫はあたしが一緒にどっかへ逃げてるからあいつを倒すのに集中してて!」

「は、はい。わかりました、お願いします千里さん!」


 シャムシールが蒼き神から千里へ手渡された直後、草むらから何かが姿を見せた。


「あれって……」

「……カマキリでしょうか?」


 それは確かにカマキリだった。

 しかしサイズが三人よりも見上げるほど大きく、まるで怪物である。


『――紅き神よ。この虫より闇の気配を感じる、用心するのだ』

『――行動する際は注意をしてください、蒼さん』


 二人は頷く、慎重に歩を進めて距離を置こうという考えだった。


「……せーの!」


 二人は合図と同時に駆け足で一度逃げる、この時巨大カマキリのカマはある方向へ飛び出した。


「ひうっ!」


 それは一瞬だった、カマキリは縦の方向へ逃げていた紅き神を捕らえる。


「レッドさん!」


 彼女の両腕がカマの内側にあるトゲに引っ掛かっていて、抜け出せそうになかった。


「くっ……これじゃ神術しんじゅつが、出来ない……」


 カマキリはまるで蝶を捕らえたかのように紅き神を引っ掛けたまま、前へゆっくり歩を進めた。

 蒼き神は恐ろしい光景を目の当たりにしたことで、足元がすくむ。


「ふぁ、ふぁ、ファレーゼさん……レッドさんが、レッドさんが……!」

『――落ち着いてください、あなた様も神ではないですか!』

「しかし、あのような光景を見ると……」


 言いかけたところでカマキリのもう片方のカマが蒼き神に向かって襲ってきた。


「……!」

『――アクティ・セレイデ!』


 蒼き神が恐怖のあまり目を瞑ったその時、ファレーゼが詠唱していた。


「カマが、カマが、カマが、カ……えっ?」


 カマがこちらへ襲ってこない、なぜかと思い目を開けた。

 いつの間にか目の前で左の平手を突き出し、蒼くきらめく水の盾が出来ていた。


「こ、これは……?」

『――輝石に選ばれし者が使える盾です、私は蒼き輝石なので蒼き水が基となっています』


 盾と言えど、それはまるで水鏡すいきょうのようだった。


「……きれい……」


 今まさに振り下ろされそうなカマに思わず身を丸める蒼き神は盾に見入っていた。


『――感心している場合ではありません!』

「えっ? ……ひやっ!」


 盾が消えて一気に振り下ろされる、蒼き神はとっさに避けたもののカマは地面に深く刺さっていた。


「ブルー、大丈夫!?」


 依然としてもう片方のカマに捕らえられている紅き神はその様子を見て、心配そうな表情を浮かべた。


「大丈夫、です……それより、レッドさんが……」


 蒼き神はゆっくり立ち上がると、ここからどうしようか悩み始めた。

 目の前で紅き神が捕らわれているだけに今の自分は何も出来ないのか、そう思った。


「ニャー!」

「!?」


 その時である、さっき千里に預けていたシャムシールが目の前を横切った。


「シャムシール!?」


 それを見てカマキリは捕らえていたカマを振り下ろそうと動き出した。

 するとカマの前部分が開き、紅き神は解放される。


「レッドさん!」


 紅き神は難なく着地し、笑顔を浮かべた。


「へへっ。私は大丈夫だよ、シャムシールちゃんに感謝しなきゃ」


 すぐさま紅き神は神術の構えに入る、先ほどの攻撃でカマキリは左右両方のカマが地面に刺さっていた。


「我が名は“真紅の烈火”。闇へ射る――」

「待ってください」

「えっ、どうして止めるの?」

「ここはわたくしにやらせてください、わたくしが持つ水の神術で闇から回復させようかと思います」

『――それはいいですね、水の神術で闇から光へ元の良い状態へ戻らせましょう』

「ファレーゼさんの仰る通りです。それでは……」


 蒼き神はカマキリへ右手を掲げた。


「――私の名前は“紺碧の静水”。清き雫を与え、かの傷を癒したまえ……アクティ・ピスカス」


 右手から無数の雫が生まれる、それが一つの大きな粒に形成されるとカマキリを覆い尽くした。

 やがて闇の力が抜けると、元の小さなカマキリに戻った。



「猫ちゃーん、どこー?」


 そこへ先ほどまでシャムシールと一緒に逃げていた千里が戻ってきた。


「千里ちゃん! ……って、どうしたの? その傷」


 転生を解いたあかりが見た千里の顔には引っかき傷がついていた、理由を聞くと逃げている途中でシャムシールが突然手の中で暴れ出し逃げていったと言う。


「ニャーォ……」

「あ」


 そこへ何事もなかったかのようにシャムシールがやってくると、すぐさま転生を解いたばかりの葉子へ歩み寄った。


「猫ちゃん、どうしてあたしから逃げたの?」

「ニャ?」


 知らないとでも言いたげなリアクションをしたシャムシールは再び家の方へと走っていった。


「なんなのあれぇ、あたしのこと嫌ってるのかな?」

「千里さん、それはまずないと思いますよ」


 この時葉子はもしかしたらと思った、シャムシールは千里を嫌って逃げ出したのではなく飼い主である自分を護ろうとしたのではないかと。

 転生していて姿が変わっていても、それが葉子だと気付いていたのかもしれない。

 神術とは異なるもう一つの盾が彼女にはあった。

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