Chapter 5 私です!二人目はお嬢様

 闇の城のバルコニーにアディートはいた。

 柵に頬づえをつき一人悩む、神に敗れ続けたショックは今のところ消えずにいた。


「我が誇る闇の力は弱きものだったのだろうか……」


 見上げる先は暗闇で何も示すものはなかった。


「――誰か! 神に挑む者はおらぬか?」


 場は変わって城の広間、玉座に座るリーヴェッドはアディートに次ぐ刺客を探していた。


「はぁい、私行きまぁす」


 ゆったりした喋り方をする女が闇の中で手を挙げる、黒いフリルが闇の中で浮いて見えた。


「私ぃ、話には聞いててぇ神がどんな人なのかって興味あるんですぅ。リーヴェッド様ぁ、行ってきてもいいですかぁ?」

「そうか、行ってまいれ。フィリア・ロッサよ」

「はぁい、ロッサ行きまぁす」


 フィリア・ロッサと呼ばれた女は影となって消えた。



 あかりたちが通う学校の屋上、今は昼食の時間であかりと千里ちさとが仲良く食べていた。


「そのタコさんウィンナー、もーらいっ」

「千里ちゃん、それ私の!」


 あれから千里は真紅しんく烈火れっかの正体があかりと知っている数少ない人物として、今後は彼女の活躍を写真に収める専属カメラマンとなった。


「そういえばさ、コードネームみたいのってないの?」

「コードネーム?」

「ほら、ヒーローモノでよくあるじゃん? ナントカレッドとかナントカブルーとか」

「“紅き神”とか“真紅の烈火”なんてのがあるけど……」

「ダメダメ、それじゃまるでキャッチコピーみたいじゃん! じゃあ今からあたしがつける、“レッドフォース”なんてどう? あかりを含めて輝石きせきが四つあるならそれでちょうどいいじゃん!」


 あっさりついたコードネームにあかりは箸をくわえながら呆然としていた。


『――盛り上がっているところすまない、一つ良いか?』

「何? ヴェルガ」


 ヴェルガが何か言おうとした時に千里があかりの手を握った。


『――チサトよ、そなたは神ではない存在。何故にそこまで気になっているのだ?』

「だって、あかりがまた漆黒しっこくの闇と戦って大活躍するんでしょ? 特ダネを追わずして、カメラマンが出来ないっての」


 千里は笑顔交じりに答えた。


『――そうか、そこまで言うのであれば聞いていればいい。この前我とともにアカリとチサトが、スイゾク……なる場所へ行った日のことなのだが……』

「水族館だよ。その日がどうかしたの?」

『――あの日、我は黒い気配とは違う気配を感じたと言ったことを覚えているか?』

「うん、覚えてるよ」

『――その気配の正体、それは我と我の同士のみが持つといわれる輝石の気配なのだ』


 二人は顔を見合わせた。

 この時あかりは自分の仲間がいるという思いが生まれる、一方の千里は例えて言うなら次は“何フォース”なのかと脳内で妄想していた。



 一方あかりたちが通う学校から数十キロ離れたところに高貴な雰囲気を放つ校舎が建っていた。

 そこは政界や財界の令嬢が通う学院で、市内では有数の進学校である。

 一角にある音楽室からヴァイオリンの音色が聞こえる、弾いているのはこの学院の生徒、柳堂りゅうどう葉子だった。

 彼女の演奏はまるでプロのように美しく、学院中に彼女が奏でる音だけが粛々と響いているようだった。

 演奏が終わり葉子はヴァイオリンをそっと黒のケースにしまうと、かけているシルバーフレームの眼鏡を指でそっとあげながらふうっと一息ついた。


「――今の演奏はいかがでしたか?」


 鈴を転がすような彼女の声。

 彼女一人しかいないはずの音楽室で誰かへ話しかけるように問う、するとケースの横に置かれていた蒼く輝くビー玉を手に取った。


「ありがとうございます♪」


 どこからかお褒めの言葉をもらったようで葉子は目を細める。



 再び場は変わり、フィリア・ロッサは街を歩いていた。

 緩やかなウェーブで肩まで伸ばしたレーズンのように濃い赤髪とキラキラ輝く大きな紫色の瞳、黒を基調にしたワンピース、太いヒールとアンクルストラップがついた黒のパンプスというゴシック・ロリィタファッションと呼ばれている装いのためか、すれ違う人皆驚き振り向いた。


「この世界は私の好奇心をくすぐって好きだわぁ、ふふっ」


 左手人差し指を口の端に当てながら薄く笑う、これは彼女のクセだった。


「さぁて、あかっちはどこにいるのかしらぁ」


 ロッサはさらに歩を進めた、だが途中甘いにおいにつられ物を買っていく。



 再びあかりたちが通う学校、教室内で授業は続いていた。

 あかりが退屈そうに窓を見つめていると手持ちの携帯電話のランプが光った。

 先生に見つからないよう開くと封筒のマークが表示されている、メールが入ったようだ。

 開くとそれは千里からだった。


“学校終わったらどこか遊びに行かない?”


 読み終えるとあかりは千里の方を見た、千里は手を振って笑う。


遠城えんじょう!」


 呼ばれてそちらを見ると時既に遅かった、先生が携帯を取り上げている。


「放課後まで没収な」

「ひうぅーん……」


 あかりが机にうなだれると、千里はクスクスと笑っていた。

 終礼のチャイムが鳴り放課後、携帯を取り戻したあかりは千里と一緒に校門を抜ける。


「さーて、どこ行く?」


 千里は背筋を伸ばしながら尋ねた。


「あっ、今日アレの発売日だった。寄るトコあるんだけどいい?」

「いいけど……それどこ?」


 あかりは答えずに微笑むとどこかへ駆けていく、訳もわからず千里はその後を追った。



「いらっしゃいませー」


 そこはハンバーガー屋だった、あかりによると今日新作バーガーが発売されたため食べてみたいと言う。


「新作バーガーくださいっ!」


 すぐさまカウンター前であかりは堂々と注文した。


「申し訳ございません、本日の分は売り切れとなりました」

「えぇっ!?」


 それを聞いてあかりは激しく落ち込む、思えばこの前も本屋で目的の雑誌が売り切れだったことを思い出した。


「あかり、他のなんか食べよ?」

「うん……あれ?」


 ふと店内で周りをキョロキョロする葉子を見つけた、両手でこげ茶色のカバンと黒のヴァイオリンケースを大事そうに持っている。


「わわっ、あれはっ!」


 何かに気付いた千里はあかりに耳打ちを始めた。


「……あかり、あの制服って市内で有名なお嬢様じょうさま学校のだよ」

「えぇっ!?」


 千里の言うその制服とは上下水色のセーラー服と青のスカーフというシンプルなものだ。


「……なんでお嬢様がここに?」

「わかんない。私、声かけてみる」

「ちょっ、あかり!」


 彼女は困った様子でオロオロしている、慣れないお店に何をどうしたら良いかわからないと言った感じだった。


「ねぇねぇ」

「ひやっ!?」

「もしかして、このお店はじめて?」

「は、はい。何をどうしたら良いのかわからなくて、他のお客様を見て注文しようと思ったのですけれど、何が何だかさっぱりで……」


 葉子は躊躇ためらいの表情を浮かべていた。


「そっか。じゃあ私が注文してきてあげる!」

「えっ!? そんな、悪いです……」

「いいのいいの、何がいい?」


 あかりは葉子が食べたいものと自分が食べたいものを注文する、出来上がったものを受け取り四人ほど向かい合って座れるテーブルに座った。


「ありがとうございます。助かりました」

「どういたしまして!」


 葉子はホッとする、そこへ自分の注文を済ませた千里がやってきた。


「お二人は同じ学校なのですか?」

「うん、そう。あたし、龍丘たつおか千里ちさと。で、こっちが遠城あかり」

「龍丘さんと遠城さんですね。わたくし、柳堂葉子と申します」


 葉子は礼儀正しくその場を立ち上がると深々と一礼する。


「ヨウコの“ヨウ”ってさ、洋風の“洋”?」

「いいえ、葉音の“ハ”です」


 どのような字を書くのか尋ねたがあかりの頭上にはてなマークが浮かび上がった、千里にどのような字を書くのか聞いてみる。


「えっ、こうじゃない?」


 テーブル上のナプキンを一枚取った千里はボールペンにそれを書いた。


「龍丘さん、その字ではありません。このように書きます」


 その字を見て葉子はボールペンを拝借し、千里が書いた横に改めて自分の名前を書いた。

 あかりと千里はおおっと小さく驚きの声を出す、きれいな字で書かれた名前とこの字なのだというと思い直しからだった。


「柳堂さんはどうしてここへ?」

「それがわたくしにもわからないのです、突然ここへ導かれて……」

「導かれて?」


 疑問が声に出ると突然あかりの着ている制服のポケットが紅く輝いた。


「わわっ、ちょっと待ってね……電話が」


 とっさに嘘をつくとあかりはヴェルガに尋ねる。


(今話し中だよ、どうしたの? 急に)

『――すまない。この前感じた気配を再び感じた』

(輝石の気配がこんなところで? どこにいるの?)

『――わからぬか? アカリの目の前にいる少女から輝石の気配を感じるが』

「――遠城さん?」


 葉子に声をかけられたあかりは思わずハッとなった。


「な、何?」

「何故かぼんやりとしていましたが、何かあったのですか?」

「ううん、なんでもない!」


 その時である、葉子が隣の椅子に置いてあったヴァイオリンケースにキーホルダーのようについていた蒼いビー玉が突然輝いた。


「何? 何が始まるの!?」


 訳がわからない様子の千里はあかりと葉子を交互に見る、三人の周りにいる。


『――ご無沙汰しております、ヴェルガさん』


 あかりの耳に透き通ったクールな声が聞こえた、それは蒼いビー玉からのようだ。


「遠城さんもしかして、これのことを何かご存知なのでは?」


 葉子が蒼いビー玉を手に取ってあかりに見せる、するとさっきより輝きが増した。


「そんな……嘘でしょ?」


 あかりも同じように自分が持つ紅き輝石を葉子に見せる、ヴェルガの言う同士の気配は確かなものだった。


『――そなたもこの世界に転移していたのだな。あおき水の輝石、ファレーゼよ』

「え、何? どういうこと?」

『――アカリには前に話したであろう? 我を除き、三つの輝石があると。水・風・地。この少女が持つは蒼き水の輝石だ』

「……蒼き水……」


 あかりは葉子に何故蒼き輝石を持っているのか、それを尋ねて話を聞いた。


「――あれは先々週の日曜日のことでした、わたくしが家のお庭で勉強をしていたら飼っている猫のシャムシールがこの方をくわえてやってきたのです……」


 彼女の回想が始まった、場所は柳堂邸の広大な庭園。


「――ニャーォ」

「――ん? どうかしましたか、シャムシール」


 飼い猫のシャムシールが葉子の足元に擦り寄ってくる、何事かと思った彼女は勉強している手を止めた。

 口元を見るとシャムシールは何かをくわえていて、首を上にあげてそれを見せた。


「……蒼い、ガラス玉?」

「ニャーォ……」


 鳴いたと同時にシャムシールはくわえていた物を落とす、すぐに葉子はそれを手に取った。


『――まったく……なんなんですかあのけものは。よだれで、ベタベタじゃないですか……』

「ひやっ!?」


 突然耳に聞こえた涼やかな声に葉子はビー玉を地面に落とし、目を白黒させた。


『――うわっと。いきなり落とすとは……手荒い歓迎ですね』

「が、ガラス玉が、しゃ、喋ってる!?」


 話しかけられたことで葉子は困惑し、目を丸くしていた。

 これが葉子とファレーゼの最初の出会いだった。



「そうだったんだ……じゃあ今までなんで、漆黒の闇と戦わなかったの? 同じ神なら一緒に――」

「怖いんですっ!」


 あかりが話している途中、悲鳴にも似た声で言った葉子は耳をふさいだ。

 周囲の客は何事かとこちらを見る。


「あ、その、なんでもないんです!」


 すぐさまあかりがごまかすと再び客は沸いた。


『――ヨーコさんは私と出会ってからずっとこばんできました。転生てんせいすることはもちろん、漆黒の闇と戦うことも皆……』


 ファレーゼは申し訳なさそうに言った、なおも葉子は耳をふさいでいて目には光るものを浮かべている。


「こ、ここだと周りに見られるからさ、場所変えよ?」

「は、はい……」


 三人は席を立って店を出ると近所の公園へ移動した、あかりは目に付いたベンチに葉子を座らせ落ち着かせる。


「ごめんね、葉子ちゃん」

「えっ?」

「私、あかき神として戦ってて、他の輝石を持ってる人みんな同じように戦う気持ち持ってる物だとばっかり思ってた。葉子ちゃんみたいな人もいること知らなくて……」

「……遠城さん……」


 葉子はさっきまで泣きそうな顔をしていたが、少しずつそれが消えていく。


「――見ぃつけたっ」

「!?」


 突然聞こえた女の声にあかりは何事かと声がした方を振り向く、目の前にはフィリア・ロッサが立っていた。


「んふふっ、私フィリア・ロッサ。気安く“ロッサ”って呼んでねぇ」

「な、なんですか? あなたは……」

「アディっちから話は聞いてるわぁ、紅き輝石を持った異世界の人間がいるってぇ」


 この時ヴェルガは何かを感じた。


『――アカリよ、黒い気配だ』


 無言で頷いた、この時千里は特ダネの予感を察知する。


「どんな人間かと思ったら子供じゃなぁい。ふふっ、だったら薔薇術でちょろいものねぇ」


“子供”と言われあかりは内心頭に来る、同時に強い想いが増した。


「千里ちゃん、葉子ちゃんとどこかに隠れてて!」

「オーケイ!」


 千里は葉子を連れ、物陰に隠れた。


「ダぁメでしょぉ? 子供がそんな物騒な物持ってちゃ。オシオキするわよぉ、この薔薇術でっ……」


 そう言うとロッサはおもむろに投げキッスする、口元からバラの花びらに似た光が表れた。


「――さぁ、出てらっしゃぁい……コロル・ボレアーズ!」


 ロッサが詠唱えいしょうを唱えると光の真下に影が生まれる、そこから闇の刺客が生成された。


「私は城に戻って待ってるわぁ、頼むわよコロっちぃ♪」


 手を振ってロッサはその場で影となって消えた。


『――アカリよ、転生だ!』

「うん……ヴァイス・ファレイム!」


 いつもの構えからあかりは転生していく、物陰から見ていた千里は興奮を抑えきれなかった。


「これ、これだよ! レッドフォースはあたしたちの正義の味方! うぅーっ、カメラ持ってないのが悔しいよぉ!」

「レッドフォース? 紅き炎の神ではないのですか?」

「あたしが名付けたんだ、本当は“紅き神”なんだけどね」


 照れくさそうに言った。

 転生を完了させた千里命名“レッドフォース”こと紅き神はすぐに神術しんじゅつを唱え始めた。

 左手の拳を前に出し、右手の拳を後ろに引いた。


「――ファレイム・サジテリア!」


 右手の拳が勢いよく開き、闇の刺客に直撃したかと思った。

 しかしそれは鉄の塊のように弾かれて地面に落ちる。


「そんな! 炎の矢が、通じないなんて……!」


 紅き神はア然とする、今まで使ってきた力が初めて通じないことを思い知った。

 ロッサが出した闇の力は雄叫びをあげ攻撃してきた、それはまるで怪獣が放つ光線のようである。


「――ファレイム・セレイデ!」


 紅き神はすぐに左の平手を前に突き出すと、炎の盾を生み出した。


「……いったい、どうしたらいいの……?」


 その間に相手の特徴を考える、しかし頭が混乱していて何も思いつかなかった。


「がんばれ、レッドフォース! 負けるなー!」


 突然物陰から千里が顔を出して紅き神の応援を始めた、闇の力はそれに目をつけると攻撃を放つ。


「うわっ、こっちに来る!」


 攻撃が迫ってきて千里はその場で屈んだ。


「――危ないっ!」


 あと少しというところで紅き神は体を張って阻む、攻撃をまともに受けてその場に倒れた。


「レッドフォース!」

「うぅ、やっちゃった……けど、闇の力倒さないと……だって私、神なんだもん……」


 無理を承知で紅き神は立ち上がろうとするがすぐその場にうな垂れる、ドレスを通してケガをしているようだった。


「レッドフォース! しっかりして、レッドフォース!」


 千里が必死に呼びかけるが紅き神の息遣いは荒かった。

 その横で葉子は依然として身を潜め、戦いを恐れている。


『――ヨーコさん、体を震わせているようですが?』

「ファレーゼさん……わたくしはあのようにケガなどしたくはありません、何もかも嫌なのですっ! 今すぐここから逃げましょう!」


 葉子はその場から逃げようとしていた。


『――何を言っているんですか!? 紅き神はあなたをまもろうとして自ら盾になった、何故その恩を返さないのですか?』

「恩を、返す……?」

『――あのような攻撃があったとしたなら、実際神は盾を使って防ぐ物。しかし紅き神はそれを使わず、前に立ちふさがった。つまりそれは護ろうとしたからではないですか? “仲間”という存在を……』

「……仲間……」

『――輝石に選ばれし者は戦わなくとも、仲間を救う力があればそれで良いんです。さぁヨーコさん、今こそ転生の時です。それでも怖がるのであれば、大事な仲間を見捨てることになるんですよ?』


 言われて葉子は泣くのをやめる。

 強い表情を見せ、同時に仲間を助けなくてはならないという想いが生まれた。


「ファレーゼさん、神というものを思い違いしていました。わたくし、やります!」

『――そ、それは本当ですか?』

「ええ。しかし、どのようにすれば……?」

『――お任せください。私がお助けします』


 そう言うと輝石は眩いばかりの蒼い光を発した。


「――ヴァイス・アクティ!」


 口が勝手に動いていた、この言葉のあと葉子は両腕を横に広げ蒼い光に包まれる。

 光の中で葉子の両手には腕に青いフリルが付いた白い手袋が飾られ、胸元には薄い蒼で彩られた白いフリルがついた半袖の蒼いチェック柄のドレスが着せられた。

 足には先ほどまで履いていた革靴が短いブーツと膝までの長さがある靴下に、スカートはドレスと同じ柄のショートスカートにそれぞれ変わった。

 ここで彼女の眼鏡が消えてなくなり、髪色が黒から流れる水のような鮮やかな青色に染まり彼女の転生は完了した。


「こ、これは……」


 我に返った葉子は今の格好に驚いた。

 神と聞いて、もっと神々しい物を想像していただけになおさらである。


「あ……め、眼鏡がない!?」


 さっきまでかけていた眼鏡が消えてなくなったことに気付く、まるでコンタクトレンズをつけているかのように周囲がはっきりと見えた。


『――転生が出来上がったようですね。今のあなたは“紺碧こんぺき静水せいすい”それが今のもう一つの名前です』


 多少の戸惑いが生まれたものの、すぐにそれは消えてなくなった。


「あっ、いけない……!」


 転生した後の自分に見とれていた蒼き神はケガをしている紅き神のことを思い出し、倒れている場へ走った。


「んあーもう、こんな時どうしたらいいんだろう……」


 依然として千里はオロオロした様子で紅き神のケガを見ていることしか出来なかった。


「お待たせしました!」


 後ろからの声に振り向く、勇ましい表情で蒼き神がやってきた。


「同じ神として、紅き神さんを助けに来ました!」

「え、何それ!?」


 千里の驚きを横目に蒼き神は紅き神がケガをしている箇所にそっと左手を当てた、ファレーゼの力を借りて神術を詠唱するためである。


「――私の名前は“紺碧の静水”。清きしずくを与え、かの傷を癒したまえ……アクティ・ピスカス」


 左手から無数の光の雫が生み出された、ケガをした箇所は蒼い光に覆われ少しずつ治ると光も止む。


「傷が……治った!」


 ケガをする前の姿に戻った紅き神が不思議に思っていると、すぐ蒼き神に気付いた。


「あれ? あなたは……?」

「わたくしは蒼き神、あなたと同じ存在です」

「そ、そうなんだ。どこの誰だかわかんないけど、ありがと!」


 紅き神は助けてもらったことで想いが強くなっていく、さっき放って弾かれた炎の矢も威力が増したような気がした。


「――我が名は“真紅の烈火”。闇へる矢よ、紅き炎に燃え広がり放て!」


 闇の刺客はこちらへ攻撃を放つ、同時にレッドフォースは放つ体制が整った。


「――ファレイム・サジテリア!」


 炎の矢が放たれた。

 直後に闇の攻撃とぶつかるが矢の方が勝り闇の力に刺さる、紅く燃え広がった刺客は灰のような姿に変わりその場で燃え尽きた。


「やった! さっすがレッドフォース、そしてブルーフォースもナイスアシスト!」

「ブルーフォース?」

「うん。真紅の烈火は赤だからレッド、紺碧の静水は青だからブルー。これで普通でしょ?」

「あ、そっか。なるほどね」


 紅き神は納得した表情を浮かべるとその場は笑いに包まれた。


「それじゃそろそろ転生解かないと……」

「あ、わたくしも……」


 二人は同時に転生を解いた。


「えっ、蒼き神って葉子ちゃんだったの!?」


 この時あかりと千里はア然とする、転生中は眼鏡がなかったせいもあって葉子だと気付いていなかった。

 先ほどまで怖がっていた彼女の表情は消え、明るい笑顔を見せた。


「遠城さん、わたくし神として慣れていないところもあるかもしれませんが今後もよろしくお願いします!」

「名前でいいよ、初めて会った時からずっと私“葉子ちゃん”って呼んでるし」

「そういえばそうでしたね。思えば葉子ちゃんと呼ばれるのは初めてです。ではあかりさん、改めまして」

「うん。よろしくね、葉子ちゃん!」


 あかりと葉子は互いに握手を交わす、学校は違うが同じ神という存在に仲間や友達と同等のものが生まれていた。


「こーら二人ともっ、あたしを置いて友情結ぶなぁ!」

「あ、千里ちゃんいたんだ。ごめんごめん」

「なぁにぃーっ!?」



『――蒼き神、名をヨーコ。アカリとともに闇を封じる存在がまた一人生まれ、あとは風と地だけとなった……』

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