Chapter 4 バレた!紅き神の正体

「そろそろ待ち合わせの時間か……」


 日曜日。バスの停留所前で千里ちさとは携帯電話の時計を見ながらあかりが来るのを待っていた。


「遅いな遠城えんじょうさん、何やってんだろう?」


 彼女は今写真同好会と新たな会員の同時誕生を記念して、水族館へ出かけるためここにいた。

 その水族館は市内で一番の大きさを誇っていて、さまざまな魚類を見ることが出来るということで市外からも観光客が訪れるほどの人気である。


「――ごめーん!」

「お、来た来た」


 慌て顔をしたあかりが駆け足でこちらにやってきた。


「はぁ、はぁ……待った?」


 よほど急いでいたのだろうか、あかりは息切れしている。


「ううん、大丈夫」

「ごめんね龍丘たつおかさん、目覚ましちゃんとセットしたのに寝過ごしちゃった」

「いいのいいの。ってかさ、もういい加減名字で呼び合うのやめにしない?」


 突然のことにあかりの頭上にはてなマークが浮かび上がった。


「せっかくあたしたちこうして仲良くやってるんだし、今後は名前で呼び合わない?」

「名前で?」

「うん。今日からアタシは『あかり』って呼ぶから」

「じゃあ……『千里ちゃん』!」


 改めて名前を呼び合って互いに笑う、その後バスがやってくると仲睦なかむつまじい様子で乗車した。


『――アカリよ、我々はこれからどこへ行くのだ?』


 バスに乗り込んですぐにヴェルガはあかりの心に話しかけてきた。


(水族館って言って、いろんなお魚だとか水の中で生きてる動物が見られるとこだよ!)


 ヴェルガは水と聞いてゾッとする、こちらの世界へ転移てんいした際に水の中へ落ちて沈んだ経験を持っていた。

 異世界にいた時からそうだが彼にとって水は大の苦手である。


『――アカリよ、引き返すのだ!』

(えっ、どうして!?)

『――そのスイゾク……とやらは水の中へ入るのであろう? それならば行きとぉない!』


 まるで駄々っ子のようである、そうこうしているうちにバスは動き出した。



 場は変わり闇の城の廊下ではアディートが頭を抱えていた。


「一度ならず二度までも。異世界による紅き神があそこまで強いものだったとは……」


 紅き神に二度続けて敗れたことで自分の力が足りないのかと思えてきた。


「――どうしたのぉ? 随分と暗ぁい顔してるじゃなぁい、アディっち」


 闇からの女のゆっくりした声にアディートは振り向く、顔が影となっていて見えないがフリフリしたスカートが闇の中で揺れていた。

 声とその姿から誰なのか察すると彼はため息をつく。


「なんだお前か」

「“お前”だなんてひっどぉい、今日はアディっちにプレゼントがあるから来たのにぃ」

「プレゼント? なんだそれは」


 女はポケットから紙切れを取り出すと、それをアディートに見せびらかす。

 それは水族館の入場チケットだった。


「異世界の紙切れか。どこでそれを?」

「この世界の街を巡っていたらもらったのぉ。すごぉく人気がある場所みたいねぇ、アディっちもここへ行って羽根を休めてみればぁ?」


 女は続けてふふっと笑った。


「つまらない……お前が行ったらどうだ?」

「ごめんなさぁい。それがダメなのぉ、私行けないから代わりにアディっち行ってきてぇ」

「そうか……気は乗らないが、ここへ行ってみるか」


 アディートは女からチケットを受け取る、輝石きせきのことがない限り城にこもっていようとも思ったが頼まれごとであれば仕方ないと思った。


「行ってらっしゃぁい、アディっち」


 女はアディートへ投げキッスをする、それを見ていたか否かアディートは影となって消えた。



 再び水族館。あかりと千里は館内を楽しんでいた。

 水槽を泳ぐ銀色に輝く魚の群れに二人はわあっと声をあげる。

 最初は抵抗していたヴェルガも次第に慣れてきたのか、魚の種類を尋ねてきた。

 二人は館内一番の人気といえる巨大なエイを観賞する、その大きさはまるで雲のようで水槽の上に照らされた光りをすっぽり覆った。


「きれい……」

「これバックに写真撮ろ? すいませーん」


 千里はたまたま通りかかった客にデジタルカメラを渡すと、エイが泳ぐ水槽を前に二人並んだ。


「はい、いいですか?」


 あかりはどのような表情をしたらいいのかわからず、固まっていた。


「笑って、あかり」

「――チーズ!」


 シャッターのタイミングがわからなかったあかりは口を開けたまま撮られた、写真を撮り終えた客はすぐに千里へ渡す。


「ねぇねぇ千里ちゃん、私お腹空いた」


 言われて千里は時計に目をやる、時刻は正午前だ。


「よっし、何か食べに行こ」


 二人は館内を一旦抜けてレストランスペースにやってきた、ここでは魚をテーマにした食べ物が揃っている。


「何食べよっか?」

「私、あれにする!」


 あかりが選んだメニューに千里はあ然とした。 


「いただきまーす」


 館内の名物であるクラゲアイスにパクつく、一口食べると美味しさに感動した。

 千里は昼食時だからとランチを選ぶかと思いきや、迷わずデザートを選んだあかりに言葉が出なかった。


『――アカリよ、休息といえど漆黒しっこくの闇がいつ現れるのかわからぬ。警戒けいかいしておくのだぞ?』

(わかってるってヴェルガ、せっかくの日曜なんだからゆっくりさせてよ)

『――まったく……これが誠に神なのか』


 ヴェルガは嘆くように言った。


「――かり、あかり?」

「ふえっ? 何?」


 不意に声をかけられ、とん狂に返事していた。

 千里はヴェルガの声が聞こえていないためか、あかりがボーっとしているように見えたようだ。


「このあとどこへ行こうか? って聞いてたんだけど……」

「ごめんごめん。うーん、特に決めてない」

「そっか、それならさ午後からイルカのショーがあるんだけどそこ行かない? ここなんだけど……」


 千里はテーブルに水族館の地図が描かれているチラシを広げ、ショーが行われる場所を指差した。


「いいね、行こ行こ!」


 あかりは弾む笑顔で答えた。



 同じ頃、チケットを使って水族館内に入ったアディートは館内を周っていた。


「アイツに言われて来てみたが……やはりくだらない場所だ」


 無数の魚が泳ぐチューブ状のトンネル内で足を止め、見上げることもしないアディートは退屈そうな顔をして館内を抜けるとショーが行われるスペースに出た。

 間もなくイルカのショーが始まるようで他の客が入っていた。


「あかり、早く早く!」

「千里ちゃん待ってー!」


 それから数秒後にあかりと千里もやってきた、そこはアディートが座ったシートの前方である。


『――アカリよ、ここで一体何が始まるのだ?』

(イルカっていう魚のショーだよ。見ればわかるから)


 あかりは今から始まるショーに胸躍っていた、やがて開始のサイレンが鳴る。


『――ただいまより、イルカのショーを開始致します』


 館内のアナウンスのもと、数匹のイルカがプールに現れる。

 司会の指示でイルカはトレーナーをパートナーにいろんな芸を見せ、水面から飛び上がってジャンプしたり、ぶら下がったボールをくちばしでつついたりとさまざまである。

 これを見ていたあかりと千里は一つ一つの芸に歓声をあげた。


『――これはすごい……イルカとやらは人の言葉を理解しているのか?』

(すごいでしょ? なんだか私とヴェルガみたいだね!)

『――そうか! 我とアカリのように心を通しているのだな』

(そ、それは私にもわかんないけど……)

『――すまぬが、もう少しよく見せてくれないか』

(うん、いいよ)


 ヴェルガはショーに興味が出てきたようで、あかりの手元ではよく見えなかった。

 言われてあかりは輝石を前へ掲げるように見せた。


「……」


 後方のシートに座っているアディートはショーを見ていて、イルカの動きを目で追っていた。


「はっ! つい見世物に見入ってしまった……我は帰るとするか」


 我に返るとくだらなく感じた彼は帰路につこうとした。

 視線を下ろしたその時、あかりが持つ紅き輝石に目が留まった。


「あの少女は……まだ輝石を持っていたのか。ならば闇の力で誘き出してみるか」


 アディートはその場で右手を空に掲げる、他の観客は何が始まるのかと思い視線が集まった。


『――!! アカリよ、黒い気配だ!』

(えぇっ!?)


 黒い気配と聞いて、あかりは驚きの表情を浮かべていた。


「どうしたの、あかり。ショーにびっくりした?」

「えっ、あ、いやその……」

「我は“漆黒の闇”……集え、闇の力よ!」


 黒と紫が混じった煙が集まっていく、標的はすでに決まっていた。


「闇の使者となれ、ヴァルティウル!」


 煙は一匹のイルカに向かって放たれる、闇の力によってイルカは鋭い牙を持ったサメのような姿に変わった。

 突然のことに観客は悲鳴をあげて逃げ始める、プール側にいた司会者もパニックを起こし腰を抜かしていた。


「何あれ? イルカが急にサメみたいに変わって……これは“ピン”と来た!」


 輝く瞳で千里はポケットからデジタルカメラを取り出そうとした。


「千里ちゃん、ここから逃げて!」


 するとあかりはそれを制止するように前に出る、紅き神として一人でも多く怪我を負わせたくないと思った。


「えっ、あかりは逃げないの!?」

「いいから早く!」


 あかりが逃げるよう指示すると、すぐさま転生の構えに入った。


「……何そのポーズ? おまじないか何か?」


 千里は逃げようともしない、これから起きることをカメラに収めたいという思いがそこにあったからだった。


「――ヴァイス・ファレイム!」


 詠唱直後に彼女の全体から放たれた紅き光のまぶしさに千里は思わず目を瞑った、その間にあかりは紅き神へ転生していく。


「この光、前に学校や公園で見たのと同じ……まさか!?」


 この時千里はあることに気が付くと、脳内であかりと紅き神を重ね合わせた。

 見た目上は髪色以外何ら変わりはない、それに二人が一緒にいるところも見たことがなかった。


「それじゃあ、あかりが……!」


 光が止んで現れたそれは彼女が今まで追いかけていた赤毛の女の子こと紅き神だった。


「よーし、行くよ!」

『――うむ!』


 闇の力と戦い始める紅き神を見て千里はその場で立ち尽くしていた。

 デジタルカメラを持っているものの、写真を撮るのも忘れていたが今は紅き神の戦いを眼に焼きつけようという思いである。


「あかり、今まで子供っぽいとか不思議な子とか思ってごめん。あたしが間違ってた……スーパーヒーロー、やってたんだね」


 途中千里はカメラ越しに一枚写真を撮る、苦戦しながらも必死になって戦う紅き神の姿を。


「カッコいいよ、あかり!」

「――我が名は“真紅の烈火”。闇へ射る矢よ……」


 いつもの詠唱を唱え、炎の矢を放つ。

 すぐさま闇のイルカは炎に包まれると黒い煙が抜けていき、やがて元のイルカに戻った。

 イルカは何事もなかったかのようにプールを泳ぎ出す、さっきまで腰を抜かしていたショーの司会は恐怖のあまり気絶していた。


「ぐっ……このままでは終わらん!」


 アディートは苦い表情を浮かべながら影となって消える、紅き神は転生を解いた。


『――よくやった、アカリ!』

「ありがと、ヴェルガ」


 闇の力を倒したあかりはホッとした表情を浮かべた。


『――神術には慣れてきたか?』

「うん、コツつかめてきたかも!」


 あかりは笑顔である、魔法少女として更なる成長をした気がした。


「――ねぇ!」


 声をかけられハッとなる、誰なのか見ると千里だった。

 彼女は何か言いたげな表情をしている。


「ち、千里ちゃん! 逃げてって言ったのに……」

「いいや、あたしは逃げたくなかった」


 適当にごまかそうとしたつもりがすぐに返された。


「ウワサの炎毛の女の子って、あかりだったんだね!?」

「うっ……」


 やはりバレていた。

 そう思ったあかりは思わず俯く、すぐさま謝るため頭を下げる。


「すごいじゃん!」


“ごめん”と言いかけたところで千里は明るい表情を見せる、訳もわからずあかりは顔を上げた。


「……えっ?」

「初めて会った時、あかりっては不思議ちゃんだなって思ってたけど……実は変身ヒーロー、もとい変身ヒロインやってたなんて、あたし感動しちゃった! もっと詳しく教えて!」


 千里はまるで有名人に遭遇したかのように握手を求める、訳もわからずあかりはそっと握り返した。


「千里ちゃん、怒ってないの?」

「全然! っていうかあたし、こういうの大好き!」


 あかりはこのことを今まで隠していた自分がおかしくなったのか少し吹き出した。


「あははっ、今まで内緒にしてた自分がバカみたい……!」

「なぁに言ってんの、あたしは相談に乗るっつぅの!」


 結局千里は今日の戦いを一枚も撮らないまま、自分の目に焼き付けた。



 その後何事もなかったように水族館を出た二人は近くの停留所で帰りのバスを待っていた。


「じゃあさ千里ちゃん、さっきみたいに私の手もう一回握ってみて?」

「え、こう……?」


 千里は警戒することもなくあかりの右手を握る。


「ヴェルガ、挨拶して」

『――チサトとやら。我が名は紅き炎の輝石ヴェルガ、よろしく頼む』

「な、何これ!? ビー玉が喋ってる!」


 当たり前のように驚く千里にあかりは笑った。


「これってどうなってるの? 手品か何か?」

「ううん、違うよ。これは……」


 あかりが輝石の説明をしている途中、一台の高級車が二人の横を通りかかった。


『――!?』


 一瞬ヴェルガは何かを感じ、輝石が強く瞬いた。


「ん? どうしたの、ヴェルガ」

「まさか、また敵!?」

『――いや、黒い気配とはまた違う……』


 やがて高級車が見えなくなるとその気配は消えてなくなり、瞬きも消えた。

 車内の後部座席では一人の少女がうつむいた表情で前方を見つめている、手には蒼く光るビー玉を持っていた。

 やがて停留所にバスがやってきた、あかりと千里はそれに乗りこむ。


『――この気配は……そうか、すでに転移していたのだな』

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