Chapter 2 すごすぎ!烈火の力

 あかりたちが通う学校の屋上に一筋の影。

 それは闇の城から転移したアディートで、街の色付く景色を見下ろしている。


「――この世界は闇になってなお、光を求めているのか。ふんっ、くだらないものだな」


 アディートはここから飛び降りようと金網に手をかけ、その場をまたいだ。



「はぁ、はぁ……ねぇヴェルガ、聞きたいことあるんだけど……」


 その頃あかりはヴェルガの導きで、彼の言う黒い気配が感じた場所へ走って向かっていた。


『――何だ?』

「さっきヴェルガが言った“黒い気配”って、何?」

『――黒い気配、それは漆黒しっこくの闇のみが持つと言われる気配だ』

「えぇっ!? それって……」

『――この世界へ転移していたのだな、漆黒の闇よ……』


 ヴェルガが呟いていると輝石きせきの瞬きは強くなった、感じる気配が濃くなった証拠である。


『――ここだ!』

「あれ? ここって……」


 見覚えのある場所にあかりは思わず足を止める、そこは彼女が通う学校だった。

 部活動を終えた生徒や先生も帰った後のためか、校舎やグラウンドは真っ暗である。


『――何をしている? 早く門を越え、この中へ!』


 ヴェルガは急かすが目の前では既に自分の身長より高い校門が閉まっていて、入ることが出来ない。


「無理だよ。もう門も閉まっちゃってるし、それに私今スカートだし……」

『――怖いのか?』

「うぅ、そ、それは……」


 怯えていたその時ふっと闇の中で何かが見える、屋上から人影が落ちていくようだった。

 一瞬それを見たあかりは信じられない思いになる。


「えっ、うそ? まさか……飛び降りっ!?」

 気が動転したあかりはスカートを履いていることも忘れ、校門をよじ登った。

 校門を越えグラウンドにやってきたあかりはさっきの人影が落ちたところを確認する。

 しかしさっきの人影らしきものはどこにも見当たらない。


「あれ? ここらへんだったはずなんだけど……さっき見えたのはなんだったの?」


 そう言って周りを見渡すが、暗闇の中で見えるのは桜の樹と校舎の影だけ。


『――アカリよ、黒い気配はこの場で強きものになっている。念入りにするのだ』

「ヴェルガ、本当にここで黒い気配を感じたの? 何かの間違いだったんじゃ……」

『――我が感じた気配を間違いというのか、それはあってはならないことだ』


 あかりはため息を一つついて早々と帰ろうとした。


「そこに誰かいるのか!?」


 闇からの声にあかりは驚き振り向く、学校には街灯がいとうもないため動く人影しか見えなかった。


「我が名はアディート。偉大なる漆黒の闇の女帝じょてい、リーヴェッド様に仕える者……」


 アディートは一歩一歩歩み寄る、徐々に近付いてくる人影にあかりはどうすればいいのかと思った。 


「我の行く手をさえぎる者は思い知ってもらおう、この力を!」


 途中足を止めて怪しく微笑む、それは何かを企んでいるように見えた。


「我は“漆黒の闇”に仕える者……集え、闇の力よ!」


 突然頭上に掲げた拳が勢いよく開くと右手に黒と紫が混じった煙が集まっていく、一通りそれが集まったところでアディートは拳を握り締めたかと思えばあかりとは別の方向にそれを突き出した。


「闇の使者となれ、ヴァルティウル!」


 不思議な言葉を叫んだアディートは突き出した右手を開く、すると煙は一直線にある方向へ飛んでいった。


「何……あれ?」


 それをあかりは目で追いながら呆然とした表情で見ていた。


「ヴェルガ、あの人何やったの?」

『――かの者は闇の力を集わせ、それをくうへ放った。あれが何かじかに当たってしまえば、闇の者と化し我々と争う者となる』

「それってつまり、私たちの敵になるってこと?」

『――うむ。アカリ、気強く感じるがどうしたのだ?』

「当たり前じゃん! このマジカルあかりんがやっつけるから!」


 今のあかりはヴェルガというパートナーと出会ったことで憧れの魔法少女になれるというだけで意思が強かった。

 それに呼応するように強く瞬き始める、あかりが持つ右手の輝石は校庭中を遍く照らした。


『――アカリよ、転生だ!』

「うんっ!」


 あかりは肩ほど両足を広げ右手を胸元に置いた、彼女がファンの魔法少女アニメに出てくる変身前のポーズだ。


「ヴェルガ、テンセイって何?」


 ところが聞き慣れぬ言葉に訳がわからない表情を浮かべ、ポーズも途中で止めた。


『――テンセイというのは輝石の力により神の姿へ変えることだ』

「そっか、そういうのは“変身”って言って! そんな難しい言葉じゃわかんないよ!」

『――転生は転生だ!』


 二人が口げんかしているその時、別方向で轟音ごうおんが響いた。

 何事か見ると先ほどアディートが放った闇の力が桜の樹を直撃し、闇の力によって桃色の花びらがどす黒く染まっていく。


「闇に染まりし我が使いよ、かの少女へその力を見せ付けてやるのだ!」


 アディートの指示に樹は雄叫びをあげながら歩みを進める。


「そ、そんな、樹が勝手に……」


 目の前に現れた奇妙な物体にあかりは思わず後ずさりをした。


「ヴォオオオォォッ!!!!」


 樹が雄叫びをあげると、花びらが無数の刃のようにあかりへ向かって放たれた。


「わわっ!」


 辛うじて避けることが出来たが、弾みで転倒してしまった。


「痛たたた……」


 立ち上がろうとすると花びらによる攻撃が後ろで爆音が響く、校内の隅にある剣道部の部室になっている道場の一部が壊れた。

 そのことに気にも留めず樹は向きを変え少しずつ歩を進める。


『――かの者はアカリを狙っているようだ……これは急いで転生した方が良いであろう』


 ヴェルガはつぶやくように言った。


「ヴェルガ、転生ってどうやるのか早く教えてよ! あの樹の攻撃ばっかになっちゃうよ!」


 やや焦り口調である、彼女が見ている魔法少女アニメでよくある展開ではここで変身する時間だからだ。


『――ではアカリ、少しそなたの御身を借りるぞ』

「えっ?」


 突然紅き輝石が校庭中を照らすほどの強い光を発する、訳がわからないあかりはそれに目を覆った。


「ちょ、ヴェルガ!?」

「な、何だ!? この光は……!」


 アディートもあかりと同じように突然の強い光に目を覆う。


「――ヴァイス・ファレイム!」


 あかりの口が勝手に動き、叫んだ。

 この言葉のあとに彼女は両腕を横に広げ、全体が紅い光に包まれる。

 光の中であかりの両手には腕に赤いフリルが付いた白い手袋が飾られ、胸元には薄い紅で彩られた白いフリルがついた半袖の紅いチェック柄のドレスが着せられた。

 足には先ほどまで履いていた靴が短いブーツと膝までの長さがある靴下に、スカートはドレスと同じ柄のショートスカートにそれぞれ変わった。

 さらにショートボブの髪が薄い茶髪から燃える炎のような緋色に染まると転生は全て完了した。

 その直後に厚い雲が抜け、月がグラウンドを照らす。

 月明かりに照らされた紅い髪はまるで炎が揺らめいているように見えた。


「な、何する……ってえぇっ!?」


 さっきの口頭から我に返ったあかりは今の身なりに驚いていた。

 着ていた私服が突然光に包まれ、今の姿になったことで訳がわからない自分がいる。


「これって……私どうなったの!?」

『――すまぬことをした。アカリの意識を少し借り、我が代わって詠唱えいしょうした。今のそなたは紅き炎の神……転生したあかつきとして我を持つ者に与えられし、二つ名を授けよう。“真紅しんく烈火れっか”それがもう一つの名だ』

「真紅の烈火……」


 今の姿をした自分が信じられなかった、これまでアニメで見ていた魔法少女に自分がなっているのだと改めて思い知る。


「えへへっ、ポーズはこうかな?」


 自分なりに脳内で描いていた魔法少女を実行出来る、あかりから転生した紅き神はそう思うと勝手にポーズを取り始めた。


「ねぇねぇ、ヴェルガ。魔法ってどうやるの?」

『――マホウ?』

「魔法少女にとってお約束じゃん、バーニングレイズとかって言うやつのアレだよ!」


 紅き神は魔法少女アニメに出てくる技の名前を挙げる、意味が不明な言葉にヴェルガは何を言われているのかわからなかった。


『――紅き神よ、神と言うのは――』

「紅き髪の少女よ、今までそこにいた少女はどこへ行った?」


 途中話を遮るようにアディートが話しかけてきた。


「紅き髪って、もしかして私のこと?」


 この時自分の姿だけでなく髪の色がさっきまでとは違うことに気付いた、しかし鏡がないため確認することが出来ない。


「わからぬか。では少女よ、そなたは何者だ!」

「えっ、あ、えっと……!」


 ここで紅き神はとっさに魔法少女アニメの主人公がいつも見せるポーズを取っていた。


「私は紅き神・真紅の烈火、ワルさする人はさっさとこの世から消えちゃいなさい!」


 口上の最後にアディートへ力強く人差し指を突き出した、これもまたアニメの中の真似事である。


「紅き神……そなたもしや、エステラ・トゥエ・ルーヴにて古くから伝わる輝石の神か!? ならば闇の力を受けてみるがいい!」


 アディートが確信すると、闇の力により動く樹に攻撃を指示した。



「いやぁ、まさか転校初日にな……」


 学校の外では千里ちさとが私服姿で苦笑交じりに学校へやってきた、どうやら忘れ物を取りに来たようである。


「確か教室にあるはず……ん?」


 フェンス越しに何かが目に留まる、それは闇の力を得てうごめく樹だった。

 今花びらの針を向こう側へ放ったところである。


「何あれ!?」


 千里はフェンスを鷲づかみすると食い入るようにその先を見つめた、同時に向こう側で紅き神がいることも確認する。


「これは……“ピン”と来た!」


 そう言って千里はポケットに手を突っこみデジタルカメラを取り出す、決定的瞬間を写真に収めるためだった。



 紅き神は迫ってくる無数の花びらの刃にただ立ちすくんで動けない、転生したとしても今の自分はどうすることも出来ないのかと思った。


(あわわわっ……こ、こんな時どうすればいいの!?)


 闇の力を受け入れるしか出来ないのか、そう思って強く目を瞑る。


「――ファレイム・セレイデ!」


 あと少しで攻撃を受けるという直前にまた口が勝手に動いた。

 同時に左の平手を前に突き出すと、目の前に紅く燃え上がる炎のたてが出来上がる。


(あれ? おかしいな。針が飛んできてそれで……って、えぇっ!?)


 初めて目の前の盾を目にする、いつの間に左手を突き出していたのかと思った。


「……ヴェルガ、これって?」

『――輝石に選ばれし者が使える盾だ。そなたの場合、紅き炎の盾となる』

「す、すごぉい!」


 輝石を持っているこそだから出来る、それを聞いて紅き神の中でやる気が出てきた。



 一方、盾を出した瞬間はフェンス越しに千里も見ていた。


「何出してくるかと思ったらバリアーか……あの人カッコいい!」


 デジタルカメラのファインダー越しに何枚もシャッターを切る、それはまるで自分がカメラマンか新聞記者になったような気分だった。



 場は戻って、花びらの刃が止むと樹はまた歩みを進め始める。


『――紅き神よ、次は神術しんじゅつの詠唱だ。そなたに我が持つ力を与えよう』

「術ってことはこっちの攻撃だね、それってどうやるの?」


 今の彼女は魔法少女の気分である、転生する前に見せていた怖さは消えてなくなっていた。


『――まず我が教えよう。それを知り感じ、それにそなたの意思を乗せて想像し現実にその力が出せることを信じるのだ』


 紅き神は頷くと目を閉じる、ヴェルガが持つ力の元で何かが浮かび上がってくるようだった。


「紅き神、盾を出すだけで何もしないのか。ならばそのまま輝石をこちらに……っ!」


 この時アディートは何かに気付く、紅き女神の周りに紅いオーラのようなものが浮き出ていることに。


『――燃やしたいものに向かい炎の矢を放ち、燃えろと……!』


 ヴェルガが呟くと紅き神は頷きながら左手の拳を前に出し、右手の拳を後ろに引いた。

 すると彼女の両手に紅く燃える弓と矢の幻想が浮かび上がる、やがてそれが具現化すると力強く握った。


「――我が名は“真紅の烈火”。闇へ射る矢よ、紅き炎に燃え広がり放て! ファレイム・サジテリア!」


 ヴェルガにより勝手にまた口が動いた。

 炎の詠唱を叫ぶと右手の拳が勢いよく開き、紅く燃える矢が樹に向かって勢いよく飛び出した。

 直撃すると樹は瞬く間に燃え上がり、雄叫びをあげた。


「……って、樹が……!」


 我に返った紅き神は燃え上がる樹を心配そうに見つめる。


『――心配はいらぬ。かの樹は闇の力のみ燃え広がり、消えた時には元の樹に戻っている』

「そ、そうなんだ」


 それを聞いた直後に黒い煙がそこから抜けるように夜空へ舞い上がっていく、樹は燃えカスになることなく元の桜の樹に戻っていった。


「くっ……そなたのことをリーヴェッド様に報告だ!」


 悔しさをにじませたアディートはその場で影となって消えた。



 フェンス越しに一部始終を見ていた千里の中には妄想が浮かんでいた。


「特ダネゲ~ット! 夜の学校に現れた赤毛の魔女っ子と怪しい術使い!」


 千里はまるで新聞の見出し記事のような言葉を並べて叫んだ。

 さっきまでの様子を全てカメラに収めている、中でも紅き神が矢を放った瞬間は彼女にとってもベストショットと言えるかもしれない。


「早くこれを写真にしなきゃ、急げ急げ~!」


 学校へ来た本当の理由も忘れて千里は自宅へ走っていった。


「えへ、えへへ、えへへへっ……やぁったぁ~っ!」


 誰もいなくなったグラウンドで紅き神は喜びを爆発させる、ここまでの流れすべてアニメで見ていた展開だっただけに嬉しい思いだ。


『――よくやった、アカリ』


 ヴェルガが声をかけるとあかりは腰を抜かすようにその場でへたりこむ、転生から神術まですべて任せていたが体を動かしていたのは自分だっただけに疲れを見せていた。


「魔法少女って疲れるものなんだ……ヴェルガ、これって夢じゃないよね?」

『――何を言うか。夢ではない、すべて事実だ』

「ってことは! 私にもなれた、魔法少女!」


 今の彼女は天にも昇れるような気持ちになっていた。


「よ~しっ! マジカルあかりん……じゃなかった、紅き神としてやぁるぞ~っ!」


 強く意気込んでいると突然腹の虫が鳴った、校舎に設置されている時計が指す時刻は夕食時である。


「ひうぅん……お腹空いた。ヴェルガ、帰ろ?」

『――帰る? どこへだ?』

「何言ってんの、私の家だよ」


 などと雑談しつつ、あかりは自宅へ帰っていった。


『――これから先も、アカリは闇と戦う……しかし“マホウショウジョ”とやらの強き思いがあれば、封じてくれるであろう。そしていずれかは……』

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