26.カルラの思い
瞼を上げるとそこは見慣れた小屋の中だった。
目元を擦りながらルーツィンデは先ほどまで見ていた夢のことを思う。
懐かしい夢だった。故郷であるシュナート王国が滅びた日のできごと。
あのあとルーツィンデは数日間森の中を放浪し、師匠に拾われた。そして師匠の家に昔から通っていた商人の情報により、あれがクーデターだと知ったのだ。どちらかと言うと騎士などが多く参加したようで、反乱の予兆を感じ取れなかった国王は焼け落ちる城に取り残されてしまったとのこと。
王女であるルーツィンデは、なぜか行方不明扱いになっていた。けれど生存は絶望視されており、シュナート王国はクーデターを行った一派が一時的に占領したらしい。
一時的だったのは、クーデターの起こったわずか数日後に隣国クレメンティア王国が攻め入り、シュナート王国のものだった土地を支配下に置いたからだ。
あまりの手際のよさに、クレメンティア王国が裏でクーデターを起こしてシュナート王国を滅ぼしたという見方がされている。
だからルーツィンデはクレメンティア王国が嫌いだった。
愛する両親や国を滅ぼした国だから。
そこまで考えたところで、ルーツィンデはくしゃりと顔を歪めた。
「どうして……」
脳内で数日前のできごとが再生される。
アレクシスは語った。『私はアルドです』と。
それを聞いた瞬間、ルーツィンデの頭は大混乱に陥った。
アルドは裏切り者だ。ルーツィンデが一番信頼し、両親からも信頼されていたにもかかわらず、クーデターに協力をした裏切り者。アレクシスは自分がそうだと言う。
けれどルーツィンデはそれを信じたくなかった。
あとで傷つくことになっても一緒にいたいと望んだアレクシス。彼が
『なんで、そんな……嘘よね?』
『本当ですよ、ルツィー様』
それはもう誰も呼ばないはずの愛称だった。故郷が滅ぶとともに失われた呼び名。
けれどアレクシスはそう呼びかけてきて。
……もう信じるしかなかった。信じたくないけど、それ以外に道はなくて。
呆然としていると、彼はそっと目を伏せた。『今日は帰ります』と言って立ち上がる。
ルーツィンデはその背を、ぼんやりと見送ることしかできなかった。
――その日以来、アレクシスはこの小屋にやって来ていない。
ルーツィンデはなにをするでもなく、ただぼんやりとこの小屋で過ごしている。
今まで熱中していた魔道具の研究もせず、食事もあまり摂ることなく、虚空を見つめて時間を消費していた。
もう、そうすることしかできなくて。
なにも、考えたくなくて。
そんなふうに過ごしていると、突如扉を叩く音が耳に届いた。ビクリと肩を跳ねさせ、おそるおそるそちらを向く。
まだ日中だ。となるとアレクシスであるという可能性は低い、が、彼は昼間でも訪れた実績がある。油断はできない。
(……って、油断ってまるで敵みたいな…………いえ、敵、なのよね、彼は)
アレクシスは
となるとやっぱり出ないほうがいい。そう納得したとき。
勢いよく扉が開かれた。
「やっほ〜! 元気〜!?」
底抜けに明るい声を出して入って来たのはカルラだった。
予想外の人物に思わず呆然としていると、彼女はこちらを向いて眉根を寄せた。
「……じゃないわね。なにがあったのよ? ひどい顔よ?」
「……そう?」
「ええ。隈はひどいし、顔色は悪いし、今にも死にそうよ。死なないでしょうけど」
軽口を言いながらもその顔は笑っておらず、瞳には心配げな色が浮かんでいる。
カルラはカツカツと音を鳴らしてすぐそばにまでやって来ると、どさりとソファーに腰掛けた。
「なにか悩みでもあるんでしょ? 話くらい聞くわよ?」
その言葉に、ここ数日で冷えきっていた胸がじんわりと熱を持った。一人ではないと実感して、安心する。
「……じゃあ、聞いてくれる?」
「もちろん。ルーツィンデのためだもの」
即座に返ってきた頷きに少しだけ頬を緩めつつ、ルーツィンデはほんの数日前のできごとを語った。
アレクシスがアルドだったことと、自分とアルドの関係性を。
カルラは時折頷いたり促したりするだけで、口を挟むことなくルーツィンデの話を聞いてくれた。そっと気持ちに寄り添ってくれる彼女にすべて語り終えると、「……そんなことがあったの」との呟き。
「……あんまり驚かないのね」
アルドは三百年の時を経てアレクシスとして転生した。魂の研究をしているカルラならば飛びつきそうな話なのに、まったくそんな気配がなくて意外に思っていると、彼女は「んー……まあね」と言って苦笑する。
「だって、あたしが彼にルーツィンデのことを教えたんだもの」
「…………え?」
カルラの放った言葉に、ルーツィンデは目をぱちくりさせた。意味は、理解できる。けど予想もしていなかった言葉に思考が止まってしまって。
ぽかんと間抜け顔を晒していると、カルラは肩をすくめた。
「ほらあたしっていろんな場所に行ってるでしょ? まあその過程でぐーぜんあの王子様を見つけましてね、なんとなく気になって彼の言葉に耳を澄ませていたら、彼が前世の記憶を持ってるって察したのよ。そしたらいてもたってもいられなくなってあの王子様を捕縛させてもらったわ」
「……捕縛」
「そ、捕縛。そのあと興味の赴くままに質問したところ、……ルーツィンデ、あなたと関わりがあるってことがわかったわけ」
そこまで言うと、カルラは先ほどまでとは一転して申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あなたの事情は、あなたの師匠から聞いていたから。だから研究対象になってもらう代わりにあなたの居場所を教えて、ここに来るように仕向けたのよ。……勝手なことをしてごめんなさい。でも、ずっと囚われていたんでしょ? 彼に」
「……そうね」
ルーツィンデはそっと目を伏せる。
アルドは裏切り者だ。理解している。でも。
あの日、彼はルーツィンデをあの城から逃がしてくれたのだ。しかもなにやら上手くやってくれたらしく、行方不明だけれど生存は絶望視されていて、捜索隊が出ることもなかった。
その理由がずっとわからず、ルーツィンデはずっと彼に囚われていた。あのときからずっと前に進めずにいた。
師匠に拾われたばかりのころはそれこそ、彼のことを思い出すと食事が喉を通らなくなるくらい。
だから忘れようとしていたけれど、結局忘れられず、彼の存在は胸の奥底に仕舞われていた。ずっと。三百年以上。
そんなルーツィンデを見ていたから、カルラはこうしてアルドを――アレクシスにルーツィンデの場所を教え、来るように仕向けたのだろう。
どんな形でもいいから、ルーツィンデが前を向いて歩けるようになるために。
思わずきゅっと胸元で手を握りしめると、隣に座っていたカルラが口を開く。
「ねえ、ルーツィンデ。ひとつ訊きたいんだけど、いい?」
「え、あ、ええ。別にいいけど。なにを?」
どんな質問をされるのかわからず首を捻っていると、カルラは真剣な表情でルーツィンデを射抜く。
「あなたは彼に対してどう思ってるの?」
「それ、は……」
ルーツィンデはそっと視線をさまよわせる。アルドでもありアレクシスでもある彼について。
「……簡単にはわからないわ」
なにせ
「でも、これだけは確かなの」
すうっ、と息を吸い、吐く。
「……離れたく、ない」
ずっと、彼のことがアルドだと知ることなく関わってきた。裏切り者だということを無視して、ありのままの彼を見てきた。
だからこそ、関わっていくうちに膨れ上がったいったこの感情は、間違いなく彼自身に対して抱いている感情であって。
ルーツィンデが顔を上げてカルラを見れば、彼女は満足そうに笑みを浮かべていた。
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