24.師匠
「……どうしてここにいるのよ?」
じとっとアレクシスを見ながらルーツィンデは尋ねる。
対するアレクシスはにこりと微笑んだ。
「魔女様に会いたいと思いまして」
「……私、今日は一人がいいって言ったわよね?」
「そうですが……一人より二人のほうが寂しくないでしょう?」
その言葉にどきりと心臓が跳ねた。慌てて彼から視線を逸らす。
……確かにアレクシスが来なくて物足りない、とは、思っていた。けどそれを口にするのはなんとなくはばかられて、なにも言うことができない。
「…………わかったわ」
声を絞り出すと、ルーツィンデは彼が中に入れるようそっと体をどかした。アレクシスは「ありがとうございます」と笑みを深め、一礼をしてから小屋の中に上がってくる。
とりあえず魔法で紅茶の用意をしつつ、ルーツィンデはいつも彼といるときに使うテーブルへと向かった。けれどさすがにチェスをする気分にはなれない。
さてどうしようかと思っていると、対面にアレクシスが腰掛け、唇を震わせる。
「魔女様。魔女様の師匠のことを聞かせてくれませんか?」
「……師匠のこと?」
「はい。……どういう方だったのか知りたいと思ったので」
その言葉にルーツィンデは眉根を寄せた。
「……そんな話聞いて楽しい?」
「…………そうですね、少しは」
長い長い沈黙のあと、アレクシスはそう口にした。本当はあまり楽しいとは思ってないのかもしれない。
でも話をすることしかないし、ということでルーツィンデは口を開いた。
「そうね……師匠は私の命の恩人で、生きる目標を与えてくれた人よ」
ふわふわと飛んできた紅茶で唇を湿らせつつ、そう語る。
「師匠がいなかったら、私は今生きていなかったでしょうね。断言できるわ」
「……魔女様の人生に大きな影響を与えた方なのですね」
深く踏み込むことなく、アレクシスは当たり障りのないことを口にした。
「……そうね。今の私のほとんどは師匠によって作られたと言っても過言ではないわ」
そっと目を伏せ、そう語る。
「師匠との生活は本当に楽しかったわ。こんな森の奥での暮らしなんてそれまで経験なかったから、新しく知ることばかりだったし……。あと、二人で街へ行ったりしてたわね」
そんなこともあったと思い出し、懐かしくなる。師匠は多くの魔道具を発明して荒稼ぎをしていて、当時故郷を失ったショックから立ち直れないルーツィンデに様々な物を買い与えてくれた。そうして元気づけようとしてくれていたのだろう。
ちなみに髪を染めるようになったのもそのころからだ。元の髪色だと目立つため、黒に染めるよう師匠に言われて染めた。
「師匠は血の繋がりもない私を、自分の孫のように可愛がってくれていたの。本当にいい人だったわ。私も、最初は警戒していたけど、そんな師匠に心を開き始めて……」
そこまで言うとルーツィンデは口を噤んだ。きゅっと手を握りしめる。
いつのころからか師匠のことを実の祖父のように慕うようになり、いつも後ろをついてまわっていた。魔道具について教えてもらうと、期待に応えなければと必死で勉強をした。ともに過ごすのが当たり前となっていった。
だからこそ、師匠が亡くなったときはつらくて。悲しくて。絶望して、もう二度と誰かに心を傾けたりしないと決意したのだ。魔女となってしまったからにはもう死ねない。置いていかれるばかり。だからこそもうこんな思いを味わいたくないと、思っていたのに――
「……魔女様?」
アレクシスの声が聞こえる。
ルーツィンデはぎゅっと目を瞑ると、静かに首を振った。
「……なんでもないわ。とにかく、それくらい大切な人だったのよ」
「そうなのですね。魔女様がそこまでおっしゃるのなら、きっととてもいい人だったのでしょうね。私もお会いしたかったです」
シュン、とした雰囲気を漂わせるアレクシスにルーツィンデは苦笑した。
「無理よ。あなた三百年前は生きてないじゃない」
「……そうですね」
やや間があった。そのことになんとなく引っ掛かりを覚えていると、「……そういえば」とアレクシスが口を開く。
「魔女様の師匠って、年齢はいくつくらいなのでしょう?」
「……なんでそんなこと聞くのよ? あなたには関係ないでしょう?」
「いいですから」
促され、ルーツィンデはしぶしぶ口を開く。
「……私が出会ったときには結構な年だったわ。師匠自身正確な年齢は覚えていないようだったけど、六十は超えてると思う」
「それはよかったです」
なぜかアレクシスがほっと胸をなでおろす。
「なんでそんなこと思うのよ?」
「え? あ……いえ、気にしないでください」
「気になるじゃない」
「本当、大したことないので」
愛想笑いを浮かべるアレクシスをじーっと見つめる。しかし彼は一向に口を開く気配がない。
仕方なく、先ほどの言葉の意味を追求することは諦めた。
アレクシスがほっと安堵の息をついている。
「ところで、魔女様はどういうきっかけで魔女様の師匠と知り合ったのですか?」
アレクシスの問いかけに、ルーツィンデはきゅっとティーカップを持つ手に力を込めた。とろりとした紅茶の表面がかすかに波打つ。
どういうきっかけで知り合ったのか。それを語るためには、ルーツィンデの出自にも触れなければいけない。
しかし話す気にはなれず、ルーツィンデはそっと目を逸らした。
「……そんなことを知りたいの? なにも面白くないわよ?」
「知りたいです」
即座に返ってきた言葉に、心の中に迷いが生じる。話してあげたい。けど話したくない。相反する感情がぶつかり合って……結局、少しぼかして話すことにした。
「……私、国を出ることになってね、一人でここらへんを放浪していたのよ」
「……そう、なのですか」
「ええ、そうなの。もう身体的にも肉体的にも限界だった私の前に現れたのが師匠だったっていうわけ」
当時のことは今でも思い出せる。ぼろぼろのドレスをまとったルーツィンデはいかにも怪しかったけれど、師匠はそっと手に持っていたカゴの中からパンを取り出して分け与えてくれた。
それから師匠はルーツィンデをこの小屋まで連れてきてくれて、一緒に暮らすようになった。
「……最初のころはね、私も師匠を警戒していたの。見ず知らずの他人だし、それに……師匠と会う前、信頼していた人に裏切られたから」
無意識のうちにぽろりと口からこぼれた言葉。どうしてそんなことを口にしてしまったのか自分でも戸惑っていると、「……裏切られた」と、アレクシスが小さく呟く。
口に出してしまった言葉はもう戻せない。あまり触れられたくないため、とりあえずさらりと流すことにする。
「ええ、そう。裏切られてね……それで師匠のこともなかなか信頼できなくて、たまにひどい言葉も吐いたわ。それでも師匠はずっと待っててくれてて――」
「魔女様」
ルーツィンデの話を遮るかのようにアレクシスが声を発した。いつでもこちらを尊重してくれる彼にはめったにないことに動揺しながらも、「なに?」と首を傾ける。
アレクシスは申し訳なさそうにくしゃりと顔を歪めていて。
「ずっと、魔女様に黙っていたことがあります。言おうとは思っていたのですが、言い出せなくて……。でも、それほど魔女様を苦しめてしまったならば……」
「……なんのこと? なにを言ってるの?」
嫌な予感を抱きつつ尋ねれば、彼はそっと口を開いた。
「三百年前は、あなた様を傷つけるようなことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
そう言って彼は頭を下げる。
「私は、アルドです」
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