18.おめかしをして

 ルーツィンデは王都の詳しい場所を知らないため、一旦森の外に出たあとアレクシスの魔道具によって王都に転移する。

 一瞬の浮遊感ののち、目の前に現れた光景は――


「……意外と寂れているのね」


 両側に高い壁のある、狭い道だった。王都らしさなど欠片もない。

 アレクシスは苦笑した。


「裏通りですから。大通りに行けば賑やかですよ」

「そう……」


 アレクシスの言葉に頷きながらも、ルーツィンデの胸はあまり晴れなかった。

 彼と一緒に行きたかったからついて来てしまったけど、今更ながら街へ行くのには少しためらいがあった。きゅっと手を握りしめる。


 ……怖い。街へ行くことではなく、街へ行き、時の流れを実感してしまうことが。

 もう祖国が滅んでから三百年以上経ってしまったのだと実感することが。


「魔女様、どうかしたのですか? 顔色が悪いですが……」

「……大丈夫よ。行きましょ」


 動揺を押し込み、彼の瞳を見つめる。碧の双眸には心配げな色が浮かんでいて、なにか考え込んでいるようだった。

 すると。

 手に柔らかな熱が触れた。視線を落とせば、アレクシスの手がしっかりと絡みついていて。


「こちらです」


 目を細めてそう言うと、アレクシスはルーツィンデの手を引っ張って歩き始めた。

 彼の手は硬く、大きくて、ルーツィンデのものとはぜんぜん違っていて。


 心臓が早鐘のように鳴り響く。なんとかしていつものように抑え込もうとしたけれど、どうしても無理で。


(私、どうしちゃったのかしら……)


 火照った頬を隠すかのようにうつむく。少し前を進む彼にもこの鼓動が聞こえてしまうのではと不安に思うほど、心臓はやかましい。熱も。ぐるぐると全身を巡っていて。

 だからだろうか。

 不思議と先ほどまで感じていた不安は消し飛んでしまっていた。


(あ……もしかして彼は、そのこともわかってて――)


 そう思ったときだった。徐々に喧騒が近づいていき、視界が開ける。

 目の前に広がるのは賑やかな大通りだった。多くの人が行き交っており、どこからが美味しい匂いも漂ってくる。

 アレクシスはこちらを振り返ると、ニッと歯を見せて笑った。


「ここが王都で一番賑やかな大通りです」


 ルーツィンデは周囲を見回す。先ほどまでとは一変した光景に目を瞬かせた。


「……賑やかね。あと三百年とぜんぜん違うわ」

「……違うとは、どこらへんがでしょう?」

「すべてよ。街の雰囲気もなんとなく違うし、人々の服も、髪型も。なにもかもが違う」


 服の形はかなりシンプルなものになっていて、ボリュームたっぷりのドレス姿で歩いている人はいなかった。髪も、女性でも短い髪の人がいて正直なかなか慣れそうにない。


(不思議ね……)


 ずっと時の流れを実感してしまうことを恐れていた。そして今現在それを実感している。

 だけどどうしてか、想像していたような悲しみや虚しさは生まれなくて。

 ただただありのままに、目の前の光景を見つめることができていた。


(彼のおかげかしら……?)


 ちらりとアレクシスを見る。彼がルーツィンデの元にやって来て、ありのままを見てくれと言ったからだろうか。彼が来たことによって時の流れを実感していたからだろうか。

 穏やかに王都の景色を見ることができた。


 ルーツィンデの気持ちを知らないのか、「そうなんですね」とアレクシスは頷く。


「とりあえず向かいましょうか」

「どこに?」


 するとアレクシスは笑みをこぼした。


「服屋です」




 アレクシスに連れて行かれた先は本当に服屋だった。商人からたまに流行の服を買っていたためそれほど浮いていないと思っていたのだが、アレクシス曰く「魔女様はもっとオシャレをしてもいいと思います」とのこと。

 店に入ればカランカランとベルの音が鳴る。すると音を聞きつけたのか奥から店員が顔を出してきた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」

「彼女の服を見繕ってください。あとこれからデートなので髪型やメイクもお願いします」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」


 デートという言葉に反応してか、店員の目が生温かくなる。

 そのまま奥へと連れて行かれそうになったが、「ちょっと」と声を出して抗議する。


「ほ、本当にする気?」

「当たり前です。可愛らしくなってきてください」

「いや、でも……」

「お願いします」


 最後の言葉は迷うルーツィンデではなく、店員に向けられたものだった。店員は頷き、「さあ、どうぞ」と促してくる。

 アレクシスと店員、二人に挟まれ、ルーツィンデはしぶしぶと店員について奥へと向かうことになった。


 少し進み、カーテンで仕切られた部屋に入った途端、「まずはローブを脱いでください」と言われる。大人しく従えば、じっくりと全身を観察された。


「お客様は華奢ですし骨も細いですから、ふんわりとした感じのワンピースが似合いそうですね。髪はストレートですけど、緩いウェーブをかけてもいいかもしれません。メイクは可愛い感じにして、あとは……」


 なにやらどんどんと決められていく。とりあえずぼんやりとしていれば、「少々お待ちください」と言って部屋を出ていった。

 言われた通り待っていると、しばらくして店員がものすごい量の荷物を抱えて戻ってきた。


「ではその野暮ったいワンピースを脱いでください」

「野暮ったい……」


 黒色で落ち着いた感じで気に入っているのに、と思いつつ、ルーツィンデは大人しく脱ぐ。するとどんどん渡されていくため、言われるがまま身につけていった。


「はい、最後にこちらの靴を履いてください。……いい感じですね」


 少し離れた場所から全身を眺める店員にほっと息をつく。

 しかし。


「休んでいる暇はありませんよ。次は髪型で、そのあとはメイクです」

「わかったわ……」


 同じ部屋の中にあった化粧台の前に座らされ、髪型をいじられていく。アイロンを改造したような魔道具で髪をいじられ、気づいたときにはいつものストレートヘアーではなく、ふんわりとウェーブのかかった髪になっていた。


(へえ……温めて髪を矯正する。こんな使い方もできたのね)


 自分にはまったくなかった発想の魔道具に感心していると、「目を閉じてください」と言われた。なにやら柔らかいもので顔を叩かれたり、筆で擦られたりしてくすぐったさに耐えていると、「終わりましたよ」との声。

 そうして改めて鏡を見れば、ものすごく印象の変わった自身の姿がそこにはあった。


 まず目が大きい。なぜか目が大きくなっている。どういうことだ。加えて目のふちには色が塗られていてキラキラと輝いている。肌もより白くなっていて、唇も桃色に色づいていて、どことなく色っぽい。昔も化粧はあったけど、これほどまでではなかった。

 思わず呆然としていると、店員がくすりと笑う。


「ほら、彼氏さんが待ってますよ」

「……彼氏じゃないわよ」

「そうですか。とにかく参りましょう」


 ……どうしてだろう。彼氏じゃないと否定したにもかかわらず、より視線が柔らかくなった気がする。


 そんなことを思いつつも、店員に従って部屋の外に出た。カツカツとヒールを鳴らして進めば、足音に気づいたのかアレクシスがこちらを振り返る。

 彼は目を見開いてこちらを見つめていた。穴が空きそうなほど見つめられ、気まずくなって視線を逸らす。


「……なによ?」

「いえ……とても可愛らしくなりましたね」


 途端どきりと胸が高鳴った。きゅうっと胸が苦しくなって、熱がぐるぐると全身を巡る。


(またこれだわ……)


 うう〜と心の中でうめいていると、「行きましょうか」と手を取られた。途端、彼が反対側の手に持っているものに気づく。


「あ、着替え!」

「デートが終わったら返しますね」

「え、ちょっ、それは申し訳ないから……」

「私は気にしておりませんので。ほら、行きますよ」

「だ、代金は!?」

「払いました」

「いつの間に!?」


 あまりの早業に驚いているうちに手を引かれ、店を出ることになった。

 カランカランと可愛らしいベルの音が響いた。

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