15.魔女になる覚悟

「はい、望みます」


 アレクシスは即座に頷いた。

 その瞳には揺るぎない意思があって。


 すごいな、と思う。ルーツィンデにはそんなことできない。今だって師匠から「いろいろな人の役に立つような魔道具を作りなさい」と言われて、カルラも会いに来てくれるから、なんとかかろうじて生きている状態だ。もし師匠の言葉がなければ、きっと今ごろ発狂していたに違いない。

 そこまで考え、ふと疑問を抱く。


「どうしてあなたはそんなふうに思えるの? 不老不死になることが怖くないの?」


 今は死んで楽になりたいと思っていなくとも、いずれはそう思うことになるかもしれない。永遠の時を過ごすことに飽き、死にたいと願うようになるかもしれない。そうなる可能性を、彼が考えなかったとは思えなかった。


 それなのにどうして、彼はこんなにも力強く頷けるのだろう?


 ルーツィンデの問いかけに、アレクシスは視線を逸らした。


「……それは、言えません」

「……なんでよ?」

「なんででも、です。魔女様には言いたくないんです」


 そう、きっぱりと告げられた言葉に。

 ズキリと胸が痛んだ。どうしようもなく苦しくて、悲しくて、目の奥がじわじわと熱を持ってくる。

 彼にとってルーツィンデはただの魔女。どうしても魔女になりたくて、教えを乞いたいだけの存在。それくらいはわかってる。

 けれどどうしてか、その事実が無性につらくて。


(……考えないようにしましょ)


 これ以上考えてしまったら後戻りできない気がする。

 そう思い、きゅっと手を握りしめると、まだ名前のない自分の気持ちに蓋をした。カチリと鍵もかけて厳重に奥底へと追いやる。


「……魔女様?」


 アレクシスの声がした。ルーツィンデは一回深呼吸をすると、そっと唇を震わせる。


「――、教えましょうか?」

「え?」

「〜〜っ、だから、魔法を教えましょうかって言ってるのよ!」


 途端アレクシスがパッと目を輝かせる。彼の口が言葉を紡ぐ前に、ルーツィンデは慌てて釘を刺す。


「で、弟子にはしないから! ただ教えるだけよ!!」


 ――それはもう弟子にするのと同じではないだろうか?

 そう思ったが見ないふりをする。

 弟子は絶対に取らない。それが三百年にルーツィンデが自分で決めたルールの一つ。


(でもこれは人助けよ……だからいいの)


 なにがいいのかはよくわかってないが、とにかくそう言い聞かせていれば、アレクシスの声が耳に届く。


「魔女様、ありがとうございます!」


 そう言ってにこりと微笑むアレクシスを見て、どきりと心臓が高鳴った。ぷいっと顔を逸らす。


「べ、別に、大した手間じゃないもの。それにほんとーに教えるだけだからね!?」

「それだけでも嬉しいのです。ありがとうございます、魔女様」


 ひたすらにこにこと笑みを浮かべながらお礼を口にするアレクシス。

 どうしてかバクバクと心臓がやかましくて、破裂してしまいそうだった。




 その翌日からチェスをやったあとに魔法の特訓が加わった。

 ティーカップしか置かれていないテーブルを挟んで、ルーツィンデは対面に座るアレクシスに尋ねる。


「まずは確認だけど、あなたってこれまで魔法を習ったことはあるの?」

「そうですね……少しだけ、理論はやりました」

「そう。なら魔法を使うのに必要なものは知ってる?」


 確認するように尋ねれば、彼はしっかりと頷いた。


「はい。魔力と、具体的なイメージですよね?」

「ええ、その通りよ」


 完璧な答えにふっと笑みをこぼす。

 魔法は基本、自身の体内にある魔力を放出し、具体的なイメージによってその効果を定義するものだ。

 魔力は生きとし生けるものすべてが持っているが、人それぞれ魔力の総量には差があり、魔法を使えるだけの魔力を持つ者は限られている。


「とりあえず魔力の総量を確認しましょうか。たぶんあなたのことだから大丈夫でしょうけど」


 アレクシスは毎晩転移の魔道具を使ってここへやって来ているという。魔道具を使っているとはいえ、転移をするためにはかなりの魔力が必要だ。それだけの魔力があるのならば大丈夫だろう。


「わかりました。……ですがどうやって確認するんですか?」

「魔道具よ」


 そう言うとルーツィンデは魔法でとある魔道具を呼び寄せる。

 どうやら棚の奥底にしまってあったらしく、棚から飛び出すときにものすごい音がした。……が、気にしない。気にしないことにする。今はアレクシスのことが優先だ。


 飛んできた魔道具は小皿のような形をしていた。その表面にはものすごく小さな魔石が同心円状に連なっており、その魔石同士を繋ぐようになにやら紋様が描かれている。


「こちらは?」

「試作品よ。ここに血を一滴垂らしたら、そこに含まれる魔力量がわかるってわけ」

「ああ、そこから全体の魔力量を計算するのですね」

「そういうこと。……あ、ナイフいる?」

「大丈夫です。持っておりますので」


 そう言うとアレクシスは懐から短刀を取り出した。それでためらいなく指先を切ると、一滴血を垂らす。


 途端、魔道具がぱあっと光を放った。小さな魔石が中心から次々と輝いていく。

 それは小皿の半分ほどまでくるとぴたりと止まった。やがて光も収まり、ただの血のついた小皿となる。


「ふうん……結構あるのね」

「そうなのですか?」

「一般的な魔法使いの魔力量は知らないけど、それなりにあるほうだと思うわよ。少なくとも魔法を使うにはまったく問題はないわね」

「それならよかったです」


 アレクシスはほっと安堵したようだった。確かにここで魔力量が足らなければ、魔女には絶対になれないのだ。安心するのも不思議ではない。

 と、そのときアレクシスがふと口を開いた。


「そういえば、魔女様の魔力量はどれくらいなのでしょう?」

「私? 私は……よくわからないわ」

「……どういうことでしょう?」


 曖昧な返事に、なにかあると察したのだろう。アレクシスがすっ、と警戒するように目を細める。

 魔女になる前のことをなんとか思い出そうとしつつ、ルーツィンデは口を開いた。


「魔女になってから、かしら? どれだけ魔法を使っても魔力が減らなくなったのよね」

「それは……」

「私にもよくわからないけど、カルラ――あっ、私の友人ね、彼女にも聞いたら、ほかの人も魔女になる時期に前後して魔力がどんどん減らなくなっていくみたいなの」


 アレクシスが目をぱちくりさせる。確かに信じられないことだろうが、これは本当のことなのだ。


「たぶん魔女になるにあたってなにかあるのでしょうね。まだ詳しくはわかってないけど……」


 勝手な妄想になるのだが、魔女は人の形をしているけれどその本質は人以外のものに変容していると思っている。だからどれだけ魔法を使おうとも魔力が減らなくなるのだし、不老不死にもなるのだと思われる。

 確証は一切ないのだが。


「んー、まあとりあえず、そのせいで魔力量がどれだけなのかもよくわからないのよね。この魔道具使っても全部の魔石が光っちゃうし」

「へえ……さすが魔女様ですね」

「褒められることじゃないわよ。魔女になったからこうなっただけかもしれないし」


 肩をすくめると、「そういえば」とアレクシスが口を開いた。


「魔女になる前となったあとを比較すれば、どうして魔力が減らないのかわかるのでは?」

「……どうやって魔女になる前の子を見つけるのよ」

「あ」


 そこは見落としてしまっていたらしい。ルーツィンデはくすりと笑う。

 魔女になる条件は未だによくわかっていない。優れた魔法使いの女性がなるとは言われているものの、歴史に名を残す大魔術を作り上げたのに魔女になれなかった者もいるのだ。優れているだけの魔法使いの女性がなるものではないのだろう。ほかにもなにか条件があるはずだ。


「……って、こんなこと考えても仕方がないわね。話を戻しましょうか」

「はい」


 そうして夜は更けていく。

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