13.魔女の友人

 ある日の昼間、小屋の片隅で魔道具をいじっているとコンコンと扉が叩かれた。

 こんな時間にいったい誰だろう? そんなことを思い、立ち上がろうとした瞬間。

 バンッ! と大きな音を立てて勢いよく扉が開かれる。


「やっほー!! 元気にしてた〜!?」

「うわっ!?」


 びっくりして思わず転びかけそうになれば、「なにやってんのよ〜」とからかうような声。

 ルーツィンデはやって来た人物をキッと睨みつけた。


「あなたがいきなり扉開けるからじゃない、カルラ」

「えー、いつものことじゃん。もう三百年の付き合いでしょ? 慣れない??」

「慣れないわよ!」


 強く否定すれば、カルラはムッと不満げな表情を浮かべる。


 波打つ赤茶色の髪に透き通った青色の瞳を持つ、二十代半ばほどの女性。彼女はカルラと言い、ルーツィンデが魔女になったばかりのころから付き合いのある魔女だった。


 いつもこんなふうに突然押しかけてくるのは正直迷惑なのだが、魔女としての腕はピカイチだし、魔女になったばかりのルーツィンデに様々なことを教えてくれたから尊敬している。

 ……本人に伝える気はさらさらないのだが。


 カルラは自分で扉を閉めるとカツカツとヒールを鳴らして近づいてきた。

 ルーツィンデはあからさまにため息をつきつつも、魔道具を浮かせて別の場所へ避難させ、テーブルの上にスペースを作る。そして指をひと振りして紅茶の準備を始めた。


「いや〜、それにしても久しぶりね。元気だった?」

「もちろんよ。……てか聞かなくてもわかるでしょう? 魔女なんだから」

「それはそうね」


 ルーツィンデの指摘にカルラはくすくすと笑う。

 魔女は不老不死。当然体調を崩すこともないのだから、元気であることは当然なのだ。


「じゃあなにか変わったことは?」


 ……変わったこと。

 そのときちょうど紅茶が飛んできたので、持ち手を掴むと口に含んだ。その間に考える。


(……変わったことと言ったら、やっぱり彼のことよね)


 クレメンティア王国の第一王子であるアレクシス。彼がやって来るようになったのがここ一番の変化だろう。

 だが、それを正直に告げることはためらわれた。カルラのことだから絶対からかってくる。もしかしたら二人が〝そういう関係〟だと邪推されるかもしれない。それだけは絶対に避けねば。


 そっとティーカップを口から離すと、淡々と告げた。


「特にないわ」

「本当に?」

「ええ、本当よ」

「本当の本当?」

「本当の本当よ。……なんでそんなに疑うのよ」


 あまりにしつこくてそう尋ねれば、カルラはニヨリと笑った。


「え〜、だって男の気配がするもの」

「っ、はっ、ちょっ!?」

「あ、その顔はもしかして――」

「ち、違うから! お、男だなんて、そんな!!」


 全力で否定するが、カルラはニヤニヤと笑ったままこちらを見つめている。ものすごく居心地が悪い。


「て、てか、根拠はなによ、根拠は!」

「女の勘」

「それ、根拠がないってことじゃない!」

「そうとも言うわね」

「だったら私の言い分に納得しなさいよ!」

「え〜、でもー……」

「カルラ!」


 叫べば、「はいはい」とカルラはしぶしぶ返事をした。しかしまだ納得しきれていないのかチラチラとこちらを窺ってきている。

 あまりにもその視線がうざったくて、ルーツィンデは一気に紅茶を飲み干すと立ち上がった。


「ほら、来たってことは研究でしょ? さっさとやるわよ」

「んー、あたしとしてはもっと追求したいけど……まあいいわ。やりましょっか」


 そう言うとカルラも立ち上がり、研究の用意を始める。


 カルラも魔女として別の場所に家があるのだが、魔女にしては珍しくこもりきりの生活が苦手らしい。そのため今回のようにほかの魔女の家へやって来ては、お互いの研究の成果を話し合いつつ、場所を借りて研究するのだとか。


 ルーツィンデの元にも一年に何回かやって来ては、お互い研究に勤しむのが恒例となっている。


 これに関してはルーツィンデもかなり助かっていた。カルラはかなり長い時を生きる魔女で、ほかの魔女の居場所もよく知っているけれど、ルーツィンデはまだ三百年ほど。ほかの魔女の居場所なんてカルラしか知らず、ほかの魔女に会いに行くことなんてできないが、ずっと一人きりだと気が狂ってしまいそうになる。

 彼女がやって来てくれて、こうして話し相手になってくれるからこそ、今まで精神を病むことなく生きてこれたのだと思う。


(それにカルラのアドバイスって的確だし)


 ルーツィンデは魔道具の研究をしていて、魔力と魂の研究をメインにしているカルラは門外漢なのだが、行き詰まっているときにくれるアドバイスはいつも的確だった。彼女のおかげで開発できた魔道具も多い。

 そんなことを思っている間に準備が整ったのでおもむろに研究を再開する。


 ぽつぽつと会話をしながらお互いの研究をしていると、「そういえばねー」とカルラが言う。


「なに?」

「あたし、ものすごくいい研究対象見つけたのよ」

「へえ、どんな?」

「秘密だけど、ルーツィンデにはいつか話してあげる」

「いつかってなによ」

「今はたぶんそのときじゃないと思うもの」


 カルラはふふっと、妖艶に笑う。しかし、言葉の意味がよくわからない。


「……どういうことよ?」

「ヒ・ミ・ツ」

「…………」

「やめて! そんな冷めた目向けないで!」

「だったら真面目に研究をやるわよ」

「……はーい」


 そんなこんなで時間は過ぎていき、ふと気づいたときには手元がだいぶ見えづらくなっていた。窓の外に視線を向ければ、いつの間にかどっぷりと日が暮れている。


「カル――」


 呼びかけようとして、やめた。目の前にいるカルラはただひたすらじっと、テーブルの上に置かれた芋虫を眺めている。

 魂があるのはなにも人間だけではない。この世に生きるありとあらゆる生命体に魂は宿っていると、カルラは考えているようだった。

 そのため、こうした虫で魂の存在を証明しようとしているらしい。が、なかなか研究の成果が出ないそうだ。


 そもそも魂なんて本当にあるのかとすら思われているのである。それを証明しようとするのは、彼女の力を持ってしてもものすごく難しい。


(……邪魔するのも悪いわよね)


 ふっ、と息をつくと、ルーツィンデは魔法で明かりをつけた。試作品の魔道具を片づけると、そのままキッチンへと向かう。

 頑張っている彼女にねぎらいとしてなにか食べさせてあげたかった。




「んー!」


 一区切りついたのか、カルラが声を上げて体を逸らす。その様子に笑みをこぼしつつ、「はい」と言ってテーブルの上に料理を並べていく。


「疲れたでしょ? 食べて」

「うわー、ありがとー!」


 カルラは満面の笑みを浮かべる。

 テーブルに並ぶのはローストビーフとヨークシャー・プティング、あと少しの野菜。カルラも食べるということでルーツィンデが張り切って作ったものだ。

 美味しそうに食べる彼女にほっとしつつ、ルーツィンデも軽く食事を摂る。


 二人で全部食べ終わると一息をつき、食後の紅茶を楽しんでいた、まさにそのとき。

 コンコンと小屋の扉が叩かれる。なんだろう、と一瞬思ったもののすぐに気がついた。

 アレクシスがやって来たのだ。


(あ、どうしよ……)


 なるべくカルラに彼のことは知られたくない。絶対からかわれるに決まっている。

 となると、今日は事情を話してアレクシスに帰ってもらおう。小屋の外で頼めばカルラには知られないはず。


 よし、と思って立ち上がった。カルラに声をかけようとしたところで、いつの間にか彼女が椅子に座っていないことに気づく。


(まさか……)


 バッと勢いよく玄関のほうを向けば、ちょうど彼女が扉を開けるところで。


「ちょっ――!?」


 止める間もなく、無情にも扉は開かれた。


「あ、あなた……」


 カルラの声がやけに大きく耳に届いた。

 これはまずい。まずすぎる。どうにかしてごまかさなければ! ……でもどうやって?

 大混乱に陥っていると、カルラがこちらを振り返った。ニヨッと楽しげなど笑みを浮かべる。


「へー、なるほどね〜。こういうことですか〜」

「ちょっ、カルラ! 別にカルラが想像しているような関係じゃないから!!」

「ふーん、本当に〜? 怪しいな〜」

「本当の本当よ!」

「ま、あたしはお邪魔なようなので帰るわー。どうぞ楽しんでね〜」

「カルラ!!」


 必死に叫ぶが、彼女はニヤニヤとしたまま小屋を出ていった。あれは絶対に勘違いしたままだ。


(そんな関係じゃないのに……)


 はあ、とため息をつく。

 とりあえず巻き込まれたアレクシスに謝罪しようと玄関へ近づき、口を開きかけたところで、気づいた。

 なぜか彼はひどく真っ青な顔をしていたのだ。きゅっと唇を噛み締め、なにかをこらえるかのような表情を浮かべている。


「……どうかした?」

「……いえ、なんでもありません」

「そうは見えないわ。ほら、話して」

「なんでもありませんから」


 彼は力のこもった声で、きっぱりとそう言った。

 その言葉に、どうしてかズキリと胸が痛む。


(……なんでかしら?)


 内心首を傾げつつも、ルーツィンデはとりあえず彼に小屋の中に入るよう促した。

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