11.二人の願い

 ――夜が明け、日が暮れ。

 フィオナと会った翌日の晩、ルーツィンデが一人、ソファーに腰掛けながらでぼんやりとしていると、小屋の扉が叩かれた。


 ゆっくりとそちらへ向かって扉を開ければ、そこにはアレクシスとローランドがそろっていた。まさか二人が同時に来るとは思っていなかったため思わず目を見開く。

 アレクシスはいつものように笑みを浮かべた。


「こんばんは、魔女様」

「……ええ、こんばんは。今日は二人一緒なのね」

「はい、すぐそこで一緒になったので」

「そう。ちょっと待ってて」


 そう言うとルーツィンデは小屋の中に戻り、用意していた肩掛けカバンをかける。これで準備は完了だ。

 ふう、と息をつくと小屋の扉へと向かう。

 出る直前に魔法で明かりを消すと、待っていたふたりに向き合った。


「じゃあ行きましょうか」

「あ、あの! ということはつまり……!?」


 ローランドがぱっと輝かせる。ルーツィンデは意識して口角をつり上げると、告げた。


「ええ、見つかったわ」

「ありがとうございます!」


 感激のあまりかローランドが手を握ってくる。思わず目をぱちくりさせながらも、その嬉しそうな様子につい唇をほころばせていると、彼の手がパチンと叩き落とされた。

 え、と、ルーツィンデは叩き落としたアレクシスのほうを見やる。彼はひどく真剣な眼差しをローランドに向けていて。


「あまりむやみやたらに、魔女様に触れないでください」


 それは静かな声だった。

 しかし隠しきれていない苛立ちがそこにはあって。


「す、すみません……」


 ローランドもそれを感じ取ったのだろう、シュンと肩を落として一歩下がる。かなり怯えてしまっていた。


「ちょっと、その言い方は――」

「魔女様、行くんですよね?」


 注意しようとしたものの言葉を遮られた。まさか彼がそんな無礼なことをするだなんて思っていなくて、目を瞬かせる。今まではかなり礼儀正しかったのに、いきなりどうしたのだろう?

 そんな疑問を抱きつつも、「まあ、そうね」と無意識のうちにアレクシスの問いかけに答えた。


「では早く参りましょう。時間も少ないことですし」

「…………わかったわ」


 彼の言葉にしぶしぶ頷くと、アレクシスとローランドの二人へ向けて手を差し伸べた。

 アレクシスはすぐに手を取ったが、ローランドはじっと見つめて首を傾げている。どうしてこうするのかよくわかっていないのだろう。


「魔法で転移するのよ。一瞬で着くわ」

「へえ……そんなことができるんですか」


 感心したような声を漏らし、ローランドはルーツィンデの手を取った。

 しっかりと握られたのを確認し、魔法を使う。

 一瞬後、そこはフィオナのいる病院の前だった。

 ローランドは「ここは……」と周囲を見渡している。


「あなたの住む村の近くにある町ね。ほら、こっちよ」

「え……?」


 驚愕したように病院を見つめるローランド。

 ……ルーツィンデのしようとしていることは、彼にとって喜ばしいことではないのかもしれない。それでも、知っていてほしいと思ったから。

 きゅっと手を握りしめ、平静を装って告げる。


「私がいいと言うまで声は出さないでね。あと足音にも注意して」


 そそくさと歩き出せば、「は、はい!」とローランドの声がした。

 そして後ろをついてくる二人分の気配。緊張で心臓がやかましい。

 それでもなんとか人にバレないようにして進み、フィオナの病室にたどり着く。


 そうっと扉を開けた。

 どうやら今日は起きていたらしく、フィオナはこちらを向いた途端目を見開く。どうして、と口が動いた。

 悲壮感たっぷりの彼女から目を逸らし、あとの二人が入ったことを確認すると扉を閉める。


「……ローランドさん、もういいわよ」

「フィオナ!」


 許可を出せば、ローランドはすぐさまフィオナの元へ駆け寄った。

 けれど。


「来ないで!」


 フィオナがそう叫んだ途端、ぴたりと歩みが止まる。「なんで、どうして……」と、彼女の口から涙声がこぼれた。


「私は、あなたと会いたくなかったのに! どうしてッ!!」

「……それは、病気だから?」


 恐る恐る、ローランドが尋ねる。フィオナはぎこちなく笑った。


「ええ、そう。私、病気なの。治らないの。だからあなたに忘れて、ほしくて……」

「本当に?」

「なにが?」

「本当に、僕に忘れてほしかったの?」

「当たり前じゃない!」

「だったら――」


 ローランドはゆっくりとフィオナに近づく。そしてそっとその手を持ち上げ、彼女の頬に触れた。


「――どうして泣いてるの?」

「え……?」


 フィオナはぱっと自らの頬に触れた。どうやらそれで自分が泣いていることに気づいたらしい。「私……」と呟き、視線をさまよわせている。


「ねえ、フィオナ。君の隣にいさせて」

「でも……」

「僕は少しでも長く君のそばにいたいんだ。君だってそうだろう?」

「ちが……」

「違わない。だから、ねえ、フィオナ。君が死ぬまでずっと一緒にいさせて」


 そう言うとローランドはフィオナのことを抱きしめた。

 すすり泣く声が静かな部屋に響く。


 ――ルーツィンデは息を殺して二人の様子を見守っていた。最初こそフィオナの表情を見て若干後悔しかけたものの、なんとか収まったようでほっと胸をなでおろす。


「魔女様」


 抱き合う二人を邪魔しないためか、アレクシスがひっそりとした声で話しかけてきた。

 ちらりと彼のほうを窺えば、理解できないものを見るような眼差しで婚約者たちを見つめていて。


「……なによ?」

「……魔女様はどうして伝えることにしたんですか。フィオナさんの、最期の願いだったのに。……確かに今は喜んでいますけれど、たとえローランドさんを連れて来なかったとしても、彼女は満足して死ねたはずです」

「そうね」

「でしたらどうして」


 ルーツィンデはそっと目を伏せて答えた。


「……あなたはローランドさんがこれから先どうなるのか考えた?」

「それは……」


 泣きじゃくるフィオナをなだめるローランド。そんな二人を見つめながら、ルーツィンデは言葉を紡ぐ。


「たぶん、あのままだとローランドさんはずっとフィオナさんに囚われたままだった。彼女がどうして姿を消したのか理解できなくて、彼女のことを想いながらずっと暮らしていくことになったと思うのよ。それは、フィオナさんの望むことではないでしょう?」


 フィオナは彼に新しい愛を見つけてほしいと口にしていた。けれど彼女のことを知らないままでは見つけられない。だから――

 そこまで考え、ふっと自嘲した。


「……まあこんなふうに偉そうに口にしているけど、ただ単にローランドさんが私みたいになってほしくないってだけね」


 ――私もずっとずっと、一人の男に囚われ続けているから。

 だからローランドに同じ気持ちを味わってほしくなかった。ただ、それだけ。


「……そうですか。魔女様はそんなふうに思っていたのですね」


 そう言うアレクシスの声はどこか寂しげで。後悔しているかのようで。


「そうね。……でもあなたの言う通り、フィオナさんの願いを叶えたとしてもよかったと思うから……そんなに落ちこまなくていいわよ」


 アレクシスのことを横目で見ながらそう言えば、彼はパッとこちらを向いて目を見開いた。

 そして数秒後、へにゃりと相好を崩す。


「……ありがとうございます」


 その様子にルーツィンデはほっと胸をなで下ろした。

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