10.少女の願い
家の外に出たあと、再度魔法を使って婚約者のものだと思われる魔力をたどっていく。それは村を横断し、村の外にまで続いていた。
(どこまで行くのかしら、これ……)
もしかしてかなり遠くまで続いているのかもしれない。それでもし夜が明けてしまったら……。
そんなことを思い、ルーツィンデはアレクシスに手を差し伸べた。
「ちょっとこの調子だとあれだし、魔法を使うわ」
「また転移ですか?」
「いえ。正確な場所がわからないと転移の魔法は使えないから、今回は速度を早めるだけ」
「わかりました」
彼と手を繋ぐとすぐさま魔法を使い、地面スレスレを駆けるように飛ぶ。
ひゅっと息を呑む音が聞こえたが、気にしない。とにかく十センチ程度の超低空飛行をして魔力を追っていく。
少しして魔力がとある建物の中に入っていくのを確認すると、ルーツィンデは魔法を止めた。少し酔ったのか隣でアレクシスが口元を押さえている。
その間に周囲を見渡した。ローランドの住む村から遠く離れた町。その中心部にある大きな建物の中に魔力は続いていた。
すぐ近くの塀になにか文字が書かれていたため近寄る。それを見て、察した。ここは――
「……病院、ですね」
アレクシスが言った。
「そうね」
魔力はこの建物の中に続いている。ということは、つまり。
そっと目を伏せた。最悪の考えが頭に浮かぶ。もしかしてローランドの婚約者は、もう……。
(……いえ、まだ決まったわけではないわ)
嫌な考えを振り払うと、一歩足を踏み出した。
「――行くわよ」
「はい」
アレクシスを連れ、建物の中に入っていく。まだ真夜中だからか、病院はひっそりと静まり返っていた。好都合なことに起きている人はいないらしい。
それでも万が一のことがあるからと、足音を立てないよう慎重に進む。
そしてとある部屋に魔力が続いているのを確認し、そっとその病室に忍び込む。
一つだけあるベッドには、栗色の髪を持つ十代後半くらいの少女が眠っていた。彼女がローランドの婚約者に違いない。
二人で静かに部屋の中に入れば、気配を察知したのだろう、ゆっくりと瞳が開かれていく。
そしてその瞳がルーツィンデとアレクシスを捉えた途端、ぎょっとしたように目が開かれた。
「静かに」
しっ、と合図を送れば、彼女はこくこくと頷いた。
ルーツィンデはそっと近づく。
「一応確認だけれど、ローランドさんの婚約者のフィオナさんよね?」
「は、はい。そうですが……」
よかった、と安堵しつつ、ルーツィンデは笑みを浮かべる。
「私はローランドさんにあなたを探すよう依頼を受けた魔女です」
「ローランドが……」
フィオナは困惑したように視線をさまよわせる。その瞳には喜びと悲しみ、つらさ……。
予感を抱きつつも、ルーツィンデは口を開く。
「ねえ、あなたはどうしてローランドさんのところから逃げ出したの?」
「それは――」
途端、フィオナが口元を押さえた。ゴホゴホと聞くだけで胸が苦しくなるような咳をする。
「だ、大丈夫?」
ルーツィンデは慌てて彼女のそばへ行き、その背中をさすってやった。咳をしながらも、フィオナは大丈夫だと伝えるかのように頷いている。
少しして咳が治まると、彼女がゆっくりと体を起こした。
「お手数をおかけしました。もう大丈夫です」
しかし彼女の顔色はお世辞にもいいとは言えなかった。
なにか言おうとしたが結局言葉が見つからず、ルーツィンデは閉口する。
すると、口を開いたのは今までずっと黙っていたアレクシスだった。
「では確認しますが、婚約者であるローランドさんの元から去ったのは病気が理由でしょうか?」
「ちょっ、そんな直接的に尋ねなくても――」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
フィオナはそう言って淡く微笑むと、そっと目を閉じた。
そして静かに告げる。
「はい、そうです。病気が判明して……余命半年だと宣告されたのです」
だから、ローランドの目の前から姿を消したのだ、と彼女は語った。両親も彼女の意志を汲んで、病院を手配したり、周囲に根回しをしたりしてくれたらしい。
余命半年。その言葉が重く胸にのしかかる。
ローランドは彼女を心の底から愛しているようだった。そうでなければわざわざ森の中にある魔女の元になどやって来ない。
それなのに、余命半年だなんて。
「……だから彼の前から姿を消したのですね。彼に、自らの死を知って悲しんでほしくないから」
「はい」
アレクシスの言葉にフィオナが頷く。
確かにローランドの前から姿を消したならば、彼は彼女の死を知ることがないため、悲しむこともないだろう。
だけど、それは――
「あ、あの、お願いします、彼にこのことは言わないでください。私は、彼に悲しんでほしくないんです。それに……できることならば、新しい愛を見つけてくれたら、と……」
「わかりました。約束します」
アレクシスが即座に頷いた。するとフィオナはほっと胸をなでおろし、「ありがとうございます」とか細い声で告げる。
「――じゃあ、あなたの事情もわかったことだし、私たちはもう行くわ」
そう言うとルーツィンデは立ち上がった。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
そう礼を口にするフィオナににこりと笑いかけ、ルーツィンデはアレクシスとともに部屋を出た。無言のまま歩みを進める。
病院の敷地を出たところで、「魔女様」と声をかけられた。静かに振り返れば、アレクシスが凪いだ瞳でこちらを見つめていて。
「魔女様はどうするおつもりなのですか?」
「……なんのこと?」
「フィオナさんのことです。魔女様、彼女のお願いを了承しませんでしたよね?」
さすが王族、鋭い。
ふっと笑みを浮かべ、「そうね」と頷いた。
アレクシスはくしゃりと顔を歪める。
「どうしてそんなことを。……依頼、だからですか?」
「違うわ」
「ではどうして」
そう尋ねられると答えられなかった。
「……もうちょっと、考えたいのよ」
ローランドにフィオナのことを伝えるか、伝えないか。はたまたまだ思いついていない第三の選択肢を探すのか。
まだ、気持ちが定まっていなかった。
「……わかりました」
そう言うアレクシスの声は、あからさまに不機嫌で。
(……彼は、フィオナさんの肩を持つのね)
確かに彼女の願いを叶えてあげたいとも、思う。
でも。
「……帰りましょうか」
そう言うとアレクシスのほうに手を差し伸べた。
不満げな表情を浮かべつつも、彼はきちんと手を取ってくれる。
そのことに安堵しつつ、ルーツィンデは転移の魔法を使う。
一瞬で小屋まで戻ると、アレクシスはぱっと手を離した。
途端、ズキリと胸が痛んだ。
嫌われてしまったのかもしれない、と思うと、どうしようもなくつらく、悲しくなる。
(あれ……?)
なんでこんなふうに思うのだろう?
魔女だからとその力を恐れられ、遠巻きにされることもあったし、ある人からは依頼を達成できず罵詈雑言を浴びせられたこともある。
それなのに、アレクシスのことになると、どうしてこんなにも……。
「では、もう遅いですし私は帰らせていただきます」
ぐっと手を握りしめた。胸がきゅうっと切ないけれど、それを押し殺して口を開く。
「ええ。……おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
アレクシスはかすかな笑みを浮かべると一礼し、くるりと踵を返して歩き出した。
その背中から視線を逸らすと、ルーツィンデは体の向きを反転させて小屋の中へと入っていく。
月明かりを頼りに進み、ソファーにごろりと寝転がった。
目を閉じると浮かぶのは、アレクシスのこと。
(……今は彼のことなんてどうでもいいでしょ)
それなのに。
どうしてか今日見た彼の様々な表情が脳裡に焼きついて離れなくて。
(なんなのよ、これ……)
両手で顔を覆い、くしゃりと顔を歪ませた。
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