9.探索

 パタリと閉まった扉。

 それを眺めると、ルーツィンデは立ち上がって外出の準備を始めた。


 壁にかかっていた小さな肩掛けカバンに、魔石とか魔道具とかを適当に詰め込んでいく。このカバンも魔法で改造したもので、見た目のわりにかなりの量が入るようになっているのだ。

 必要なものからたぶん必要ないものまで、どんどん詰め込んでいく。


 そしてあらかた収め終わると、ふう、と息をついた。

 そのとき。


(――あ、そういえば)


 いつも依頼を受けるときは一人きりだったから、ついアレクシスの存在を忘れてしまっていた。

 ちらりと彼のほうを向けば、じっとこちらを見つめてきていて。


 どきりと心臓が跳ねる。

 今朝抱きしめられたことが今更ながらに脳裡に蘇り、頬が熱を持った。ぐるぐると勢いよく血流が巡る。


(どうしよ……なんて話しかければいいのかしら……?)


 ほんの少し前までは普段通りに接せられていたのに。

 意識した途端、それがまったくできなくなってしまった。


「魔女様? どうかなさったのですか?」

「い、いえ、なんでもないわ!」

「……そうですか……」


 そう言いながらも、アレクシスは訝しげな表情を浮かべている。

 ……失敗した。まるでなにかあると言っているような返事の仕方だった。


(ど、どうしよ……)


 どうにかしてごまかさなければ。そう思うけれど、考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。

 とにかく、とにかく今の気持ちを正直に話すのはダメだ。それだけは絶対。だからどうにかしないと……。


 ルーツィンデが大混乱に陥っていると、アレクシスの声が聞こえた。


「ところで魔女様、これからどうするのですか?」


 その声にパッと弾かれたかのように彼のほうを向くと、彼は真剣な眼差しでこちらを見つめていて。


 スッと頭の中が冷えていく。そうだ、今はアレクシスのことよりもローランドの依頼のほうが重要だ。こんなことで悩んでいる暇があるのなら、早くローランドの婚約者を探したほうがよいだろう。


 急速に冷静になり、ふう、と息をついた。知らず知らずのうちに体に力が入っていたらしく、ふっと背中が軽くなる。


「魔女様?」

「……なんでもないわ。とりあえず婚約者さんの家に行こうと思うの。あなたは?」

「もちろんついて行きます」

「……わかったわ。じゃあ準備して……と言いたいところだけど、あなたはすることなんてなかったわね。行きましょうか」

「はい」


 そう返事をすると、アレクシスは静かに椅子から立ち上がった。


 ルーツィンデはそそくさと小屋の扉へと向かう。そして先にアレクシスを外に出させると、ピンと立てた人差し指をひと振りして小屋の明かりを消した。


「……すごいですね」


 ぽつりとアレクシスが呟く。


「なにが?」

「そうやって一瞬で明かりを消すことですよ。王城にいる魔法使いでもできる人は少ないんじゃないでしょうか?」

「ああ……確かに遠隔でやるのはちょっとコツがいるものね。掴めてない人にとっては結構難しいかも」


 魔道具は魔力を流すことによって動く。今回のように魔道具の明かりを消すためには、魔道具内にある魔力を取ってしまえばいい。触れてしまえばそんなことは簡単なのだが、先ほどルーツィンデがやったように遠隔で一斉にやるのは少々難しいのだ。


「そうなのですね」と感心する様子を見せるアレクシス。

 なんとなく照れくさくなりつつも、ルーツィンデは平静を装って扉を閉める。そして鍵をかけると「行くわよ」と声をかけた。


「はい。――行き先はフィオナさんの家ですか?」

「ええ、そう。よくわかったわね」

「魔女様がわざわざ尋ねておいでだったので。おそらく向かうのだろうな、と」


 まあ確かにその通りだ、と思いつつ、ルーツィンデは彼のほうに向かって手を差し伸べた。


「はい」

「……えっと、なんでしょう?」


 アレクシスが困惑したように問いかけてくる。

 言葉足らずだったか、と反省しつつ、ルーツィンデは口を開いた。


「村へ移動するのよ。魔法を使って」

「ああ、なるほど。そういうことですね」


 アレクシスはひとつ頷くと、すぐさま手を重ねてきた。

 ルーツィンデとは違い、硬くごつごつとした大きな手のひら。そこからじんわりと熱が染み込んできて、一際強く心臓が脈打つ。


 けれどそれを押し殺すと、ルーツィンデは空いていた右手を使ってふわりと魔法を使った。


 瞬間、周囲の景色がぼやける。とてつもない浮遊感が全身を襲ってきたかと思うと、次の瞬間にはどこか別の場所に立っていた。

 そっと背後を窺えば、アレクシスが不思議そうにきょろきょろと周囲を確認していた。酔ったりはしていないらしい。


「ここが村ですか」

「ええ、そうよ。……って、あれ? そういえばあなたっていつもどうやってうちにやって来てるの?」


 今更だとは思うが、村を通らないのならどうやって来たのだろう? そもそも王族なのだからいつも遠く離れた王城にまで戻っているはずである。通うのは大変なのではないだろうか?

 すると「そういえば話したことなかったですね」とアレクシスは頷く。


「魔道具ですよ、移動用の。それで王城から転移しています」

「へえ。毎晩? 魔力大丈夫なの?」

「まあ……なんとかなりますよ」


 ……苦労をさせてしまっていそうだ。

 チクリと胸が痛みつつも、今はそんなことを考えている場合ではないと頭を切り替える。

 とりあえずローランドから渡された地図を眺める。今は村の中央にある広場のすぐ近くだ。


(ならこっちね)


 地図とにらめっこしつつ、「行くわよ」とアレクシスに声をかけて歩き始める。


 夜の村はひっそりと静まり返っていた。まだそれほど遅い時間ではないのだが、やはり小さな村であるため明かりの魔道具は貴重なのだろう。節約するために夜は早めに寝ることにしているに違いない。


 地図に従って進み、たどり着いたのは一軒の家の前。村にある家の中ではまだ大きいほうで、ローランドに聞いた通り庭には多くの花が植えてある。


「……ここね」

「どうやって入るんですか?」


 アレクシスが尋ねてくる。ルーツィンデは彼のほうを向き、ニヤリと笑みを浮かべた。


「私は魔女よ。だったら決まってるじゃない」

「……確かにそうですね」


 アレクシスは苦笑し、手を差し出してきた。さすがに玄関を開けてしまえば入ったことがバレる。そのためまた転移するとわかったのだろう。

 さすが王子、と心の中で思いつつ、ルーツィンデは彼の手を取った。


 一瞬の浮遊感。

 直後、ルーツィンデたちは家の中にいた。扉が背後にあることからも、きちんと転移できたらしい。

 しっ、と口元で人差し指を立ててアレクシスを見る。喋るな、というのが伝わったようで、彼は小さく頷いた。


 そうっと歩き始める。すぐ近くの扉からは誰かのいびきが聞こえてきた。おそらく婚約者の両親だろう。


(さて、婚約者さんの部屋はどこかしら?)

 少し歩いてすぐに見つけた。可愛らしい飾りが扉に飾られている。ローランドは婚約者は一人娘だと言っていたから、おそらくこの部屋に違いない。


 アレクシスと頷き合い、そっと扉を開いた。


 質素な部屋だった。あまりものが置かれておらず、生活感がない。家からいなくなったのは本当らしい。


「魔女様、どんな魔法を使って探し出すのですか?」


 小さな声でアレクシスが訊いてきた。

 周囲を見渡しつつ、ルーツィンデは答える。


「魔力よ」

「……魔力、ですか?」

「ええ。魔力が人によって違うのは知ってる?」

「はい、もちろんです」


 小さな髪飾りが窓際に置かれているのを見つけ、ルーツィンデはそれを手に取った。


「魔力っていうのは物にもつくのよ。その人固有の魔力が。魔力をたどる魔法ってのもあるから、それを使うわ」


 魔力を確認する。何人かの魔力が付着しているが、おそらくこれを使えばいいだろう。


「さ、行くわよ」


 手を伸ばす。アレクシスが手をとると、また転移した。

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