8.依頼人
その夜、ルーツィンデはそわそわとしながらアレクシスが来るのを待っていた。
寝起きに抱きしめられてからまだ半日しか経っていない。未だに落ち着かなくて、もうどんな顔をして会えばいいのかわからなくて。
(どうしよ……)
右手で口元を覆う。今朝のことを思い出すたびにドキドキして、全身がカッと熱を持った。このままアレクシスと会ってしまったら、自分はいったいどうなってしまうのだろう?
そんなことを考えていると控えめに扉が叩かれた。ビクリと肩を跳ねさせ、ルーツィンデはそちらを向く。
……おそらくアレクシスに違いない。
正直、今会ったらどうなるのかわからないので会いたくなかった。でも、ここで扉を開けなかったら絶対に怪しまれてしまう。それだけは避けなければ。
(とりあえずいつも通りよ、いつも通り……)
いつも通りと言っても、どんなふうに彼と会っていたのだろう?
そんな不安をきゅっと握りつぶし、ルーツィンデは立ち上がった。なるべく一定のペースになるよう意識して足を動かす。
そうして扉の前に立つと一つ深呼吸をし、扉を開けた。
「……魔女様、彼は?」
小屋に入るとアレクシスは困惑した表情を浮かべてそう尋ねてきた。
現在、小屋の中にいるのはルーツィンデとアレクシス、そして――
「は、はじめまして! ローランドです!」
「え、あ、はい、アレクシスです。はじめまして……」
アレクシスが戸惑ったようにそう答える。彼でもこんなふうになるのだな、と思いながら、ルーツィンデはローランドのことを話す。
――扉が叩かれてアレクシスかと思ったのだが、玄関の外にいたのは二十歳前後の青年――ローランドだった。彼は開口一番、挨拶もなくこう告げてきた。
『お願いです、僕の婚約者を見つけてください!』と。
魔女は魔法のスペシャリストである。そのため依頼を持ちかけてくる人は時たまいて、ローランドもその類だった。
ルーツィンデの説明を聞き、アレクシスが納得したように頷く。
「なるほど、彼は依頼人というわけですね?」
「ええ、そうよ。それでちょうど詳しい話をしようとしていたときにあなたが来たってわけ」
「それは……話を邪魔してしまい、申し訳ございません」
「大丈夫よ。話をする前だったし。……ああ、だからね、今日は帰ってくれるかしら? 私も対応しないといけないし」
するとアレクシスはあからさまに顔を顰めた。
「なに? どうかしたの?」
しばし迷った様子を見せたあと、アレクシスはゆっくりと口を開く。
「あの……魔女様の手伝いをしてもよろしいでしょうか?」
「……お手伝い?」
「はい。できることは少ないでしょうが、依頼の完遂を手伝わせてください」
そう言うとアレクシスはじっとこちらを見つめてきた。
その瞳には真摯な光が灯っていて、吸い込まれてしまいそうで。
ルーツィンデは意識して視線を逸らすと、ローランドのほうを見た。彼は焦りを滲ませた表情でこちらを見つめている。
「……それはローランドさんに聞いて。彼が依頼内容を聞かれたくないのなら、いくらあなたのお願いでも――」
「大丈夫です! ので、よろしくお願いします!」
ローランドが食い気味に声を発した。もしかしたら知られるのは構わないから、とにかく早く婚約者を見つけてほしいのかもしれない。
となるとなかなか依頼の内容に入れず、申し訳ないことをした。
「……と、いうことだそうよ。ほら、来なさい。ただし私の言うことはちゃんと聞いてよね?」
「はい、もちろんです」
アレクシスは嬉しそうに微笑んだ。
それを見てほっとしつつ、ルーツィンデはいつもの自分の席に座る。
アレクシスの定位置である対面にはローランドが座っており、代わりにアレクシスは空席となっていたルーツィンデの隣に座る。普段と違う状況に、なんとなく落ち着かない気分になった。
「さて、じゃあ改めて依頼の説明をお願い」
「わかりました」
頷くと、ローランドは言葉を選ぶようにぽつぽつと話し始めた。
どうやら彼にはフィオナという幼なじみがいたらしい。彼は昔からその少女のことが大好きで、ひたすらアピールをし、紆余曲折を経て婚約をした。
それが二年前のこと。
そして成人してから数年経ち、ローランドの生活も安定してきたため、半年くらい前から結婚に向けての準備を始めそうだ。
しかし。
「つい一ヶ月前、フィオナが突然姿を消したのです」
村中の人に尋ねてまわった。けれども誰も彼女の行方を知らないと言う。
その中には彼女の両親も含まれていて。
「お
だからルーツィンデに探してほしいとのこと。
つまりは人探しだ。
ふむふむ、と頷いていると、隣でぽつりとアレクシスが呟いた。
「……それはただ単に婚約者に嫌われただけでは?」
「ちょっ、言い過ぎよ!」
慌てて制したものの、やはり遅かったらしい。
ローランドは目に見えて落ち込んだ。
「ですよね……。やっぱりそう思われますよね……」
「あああの、えっと、ま、まだ確定したわけではないし! なにか事情があるかもしれないから! ほら元気出して!」
「はい……」
ローランドは頷くけれど、やはりどんよりとした雰囲気を漂わせている。なるべく元気づけたいけど、どうすればいいのだろう?
そう考え始めたとき。
「魔女様」
くいっとローブの裾を引っ張られた。そちらを向けば、アレクシスが不満げな表情を浮かべていて。
「彼のことは元気づけるんですね。私にはそんなことしてくれなかったのに」
「あなたは黙っててくれる!?」
「…………わかりました」
不満を隠そうともせず、しぶしぶといった様子でアレクシスはそう返事をした。
なんだかどっと疲れてきて、はあ、とため息をつくと、ルーツィンデは改めてローランドと向き直る。
彼は相変わらず暗い空気をまとっていた。
「……ねえ、あなたの婚約者ってどんな人なの?」
「フィオナですか?」
「ええ、もちろん。それでどんな人?」
ローランドの問いかけに頷けば、彼は突然の質問に困惑した様子を見せながらも、自らの婚約者について語ってくれた。
フィオナという女性はとにかく明るく、前向きで、誰からも好かれるような人らしい。童顔で可愛らしい見た目であるが、中身はしっかりとしていてダメなことはダメときっぱり口にする、正義感の強い人物だそう。
「じゃあ、そんな人があなたのこと嫌うと思う?」
「……なにか、あまり触れられたくないことに触れてしまったとか……そういうことで、嫌われてしまったのかもしれません」
「幼なじみでしょう? あなたの知っている彼女はそんなことする人だったかしら? むしろ嫌なことは嫌だってはっきりと口に出すタイプじゃない?」
「…………確かにそうですね」
絞り出すかのようにローランドは口にした。
ルーツィンデはにこりと笑いかける。
「だったらちゃんと信じてあげなさいよ。それが愛でしょ?」
「ありがとうございます」
ローランドはふにゃりと破顔した。よかった、なんとか元気を取り戻したようである。
「……その女性の本性を知らなかったっていう可能性だって……」
「お黙りなさい」
ぽつりとアレクシスが口にしたため注意しておいた。
ローランドは声が聞こえなかったのか、不思議そうに首を傾げている。
こほん、とわざとらしく咳をした。
「さて、じゃあ依頼の件だけれど……婚約者さんの家の場所ってわかる? あと婚約者さんの自室も」
「フィオナのですか?」
「ええ。間違えるといけないから、なるべく正確に。できる?」
「はい。彼女の家には、それこそ昔から行ってますから……」
そういえば幼なじみだったと語っていた。行き慣れているのは当然だろう。
「えっとそれで彼女の家ですが……地図を書いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんよ」
ローランドの頼みを了承し、魔法で紙とペン、それとインクを呼び寄せる。彼はあまりペンを使うことに慣れていないのか、ときどきペン先を紙にひっかけつつも簡単な地図を書いてくれた。
「ここに書いた家です。庭に花がたくさん植えられているので、それを目印にしていただければなんとかなるかと。フィオナの部屋は、可愛らしい飾りがしてあるのですぐにわかると思います。彼女は一人娘ですからそんな部屋はほかにないですし」
「ありがとう。じゃああなたはもう帰っていいわよ」
そう告げると、ルーツィンデは魔法で小屋の扉を開けた。ぴゅうっと夜風が入り込んでくる。
「明日の夜、また来てちょうだい。見つかっても見つからなくても、そこで伝えるわ」
「ありがとうございます!」
ローランドはここに来てから一番の笑顔を浮かべた。そして頭を下げると、軽快な足取りで小屋の外へと出ていった。
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