第2話 大いなる犠牲
「今から会えないか? 大事な話がある。」
間宮から連絡があったのは、定例報告会から二週間ほど経ったある日の夕方だった。
今まで、わざわざ電話で呼び出されるようなことは一度もなかったのを考えると、よほど大事な話なのだろう。世紀の大発見でもしたのか? それとも、警察沙汰にでも巻き込まれたか?
期待と不安の入り混じった足取りで、僕は待ち合わせ場所に向かっていた。
間宮と話したあの日以降、なんとなく自分を見つめ直したくなって、バイトだなんだと適当な理由をつけてサークルには顔を出していない。
聞いた話だと、間宮も同じく顔を出していなかったようだ。図書館に籠って資料集めでもしていたのだろうか?
部員たちの中では、間宮と高部がなにかとてつもない研究を企てているとか、あらぬ噂が立っているらしい。
一つ下の後輩で、自他共に認める腐女子である早坂は、僕と間宮をモデルにしたBLオカルト小説を秘かに執筆している。本人は隠せているつもりらしいが、早坂の親友、夏川から話は筒抜けだ。
僕は呆れつつも、間宮と並べ立てて語られることに、不思議と悪い気はしていなかった。
待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、窓際の席でコーヒーを飲んでいる間宮の姿が目に付いた。喜びも不安も読み取れない、冷静な表情だった。
店員にアイスミルクティーを注文し、間宮の向かいの席に腰を掛ける。
「悪いな、急に呼び出して。」
「いや、大丈夫だが、めずらしいな。」
「少し相談したいことがあるんだ。最近お前がサークルに行っていないと聞いて、次の定例も来ないんじゃないかと思ってな。」
間宮がサークルの友人と個人的な連絡を取っている印象がなかったので、少し驚いた。
「ちょっとした気分転換だよ。映画観たりゲームしたりとか、大したことはない。」
「そうか。まぁ、元気ならいいんだ。」
こんな風にサークル以外の場所で間宮と話すのも、初めてのような気がする。そう考えると僕らは、かなりビジネスライクな関係だと言えるのかもしれない。
「で、相談したいことってのは?」
「あぁ。高部、お前、この前俺が話した霊界接続説を覚えてるか?」
「覚えてるよ。人間の意識が霊媒になるっていうやつだろ?」
「あぁ。あの説を実証できる方法を思いついたかもしれないんだ。」
心霊現象の実証は、困難を極めるものだ。
霊感を持つ人間が幽霊を目にしたとして、それはあくまで主観的な認識に留まる。文化人類学的な観察・記述をすることはできても、客観的な実証に至ることはない。
客観的な形で心霊を表出させる方法として、心霊写真や心霊映像がある。
だが、こちらも現代の編集技術の前では捏造することが容易であり、インターネットにはフェイクの心霊映像が氾濫している。
テレビ番組の投稿系心霊特番が大幅に減少したのは、こういった映像技術の進歩による副作用と言っても過言ではないだろう。
「実証…? すごいな。どうやって?」
「すまないが、お前にも教えることはできない。この方法は、人間の心理に直接働きかけるものだ。お前に協力してもらうときに、ノイズになったりしたら困るからな。」
いつのまにか協力者に仕立て上げられていることの横暴さに、少しだけ口元が緩む。
「そう言われると困るな。じゃあ、相談っていうのは?」
「まず一つは、高部にも実験に協力してもらいたいというお願いだ。お前にはぜひ、この実験の非常に重要なポイントを担ってもらいたいと思ってる。」
「それはいいが、実験の方法も知らされないんじゃ、役に立てるか分からないぞ?」
「後々分かることになる。そして二つ目は…」
間宮が神妙な面持ちで、覚悟を決めたかのように言葉を発する。
「もし仮に、この実験が莫大な犠牲をもたらすかもしれないとしても、やるべきかどうかという相談だ。」
「お待たせいたしました。アイスミルクティーでございます。」
店員の一声が、張り詰めた二人の空気に割って入った。
普段は必ず入れるガムシロップをテーブルに放置したまま、僕はグラスに口を付ける。
「莫大な犠牲…? 誰か人でも殺すつもりとか、そういうことを言いたいのか?」
「僕自身にその意図はない。だが、心霊現象という未知の事象について取り扱う以上、被験者に意図せぬ危害が加わる可能性も否定することはできない。」
間宮の言葉の重みと、その真剣な眼差しに、僕は少したじろいでしまった。
「お前はこの前、自分は心霊に対する意識を持ち続けているにも関わらず、心霊現象を体験したことがないと話してくれた。それを聞いて、この説を実証する方法についてもう一度よく考えてみたんだ。あの時俺は、お前の心霊に対する思いは恐怖ではなく信仰心だろうと言ったな。」
「ああ。なかなか的を得た分析だったよ。」
あまりに的を得ていて、僕はしばらく自分の人生を見つめ直すはめになったくらいだ。
「だが、よく考えてみれば、そう簡単に判断できる話でもない。いくらお前だって、小さい頃を思い返せば、幽霊を本気で怖がったことが一度くらいはあるだろう。逆に今まで何度も霊現象を経験して、普段から常に恐怖心を抱いている人だって、一度くらい怖いもの見たさの好奇心が働いたことがあっても不思議ではない。」
「それは…」
子供の頃の記憶を思い返してみる。
確か幼稚園児の頃だったか。家族でドライブに出かけた時、車のスピーカーで流れていた音楽から幽霊の声が聞こえたと、泣き喚いたことがあったはずだ。結局それは幽霊でも何でもなく、ただそういう音楽だったのだが。
「この説の実証方法として真っ先に思いつくのは、人々の心理を分析して霊現象を感知することとの関連性を見出すやり方だ。だが、それにはあまりにも労力と時間がかかりすぎる。何が接続のきっかけになるのか、感情の強さなのか心霊に関する記憶や知識の多さなのか、それが複雑に絡み合っているのか分析するだけでも膨大な数のサンプルが必要になるし、そこに心霊以外の記憶も影響してくるようなことになれば、もうお手上げだ。」
「でも、他に方法なんてあるのか?」
「もう一つ、方法がある。」
間宮が、僕の目をまっすぐに見つめる。
「それは、霊界と接続するための引き金を、人々の意識の中に植え付けてしまうという方法だ。」
引き金を植え付ける。そんなことが可能なのか? 間宮は、催眠術師にでもなるつもりなのだろうか?
「多数の人々に、ある一つの事象について意識を向けてもらう。そしてそれが、心霊現象の発生条件となるよう設定する。共通の意識を持った多数の人間が共通して心霊現象を体験したとすれば、それは大いに価値のある実験結果と言えるはずだ。各個人の記憶や知識との関連性については明らかにできない、という課題もあるがね。」
「ある事象とだけ言われても、抽象的すぎてよく分からないな。第一、心霊現象の存在を証明するための検証で、心霊現象の発生条件をこちらが設定するんじゃ、本末転倒じゃないか。」
「あぁ、その通りだ。実は最近俺がサークルに顔を出していなかったのは、ここで問題になる、発生条件の設定方法を探っていたからなんだ。これはすでに実証済みだが、意識の植え付けが無事に完了するまでは、誰にも詳細を教えることができない。」
教えることができない話ばかりだ。
通常、実験研究を実施する際には、被験者に対して実験内容や危険性を詳細に説明し、充分な時間をかけて実験参加の同意を得ることが必須となる。
被験者はおろか、より重要な役割を担うらしい僕にさえ詳細が伝えられないというのは、もはや研究という体裁をなしていない、奇妙な営みだ。
だが、それら全てを踏まえた上で、僕が間宮の実験に心の底から興味を示しているのも、また事実であった。
「正直なところ、無茶苦茶な話だという印象しかないのは確かだ。だが、そもそも心霊研究自体が、非科学的な眉唾もの扱いされている現状がある。それに悔しさを感じている身としては、打開策となりうる試みには惜しみなく力を貸したいと思っているよ。」
「そう言ってくれると助かる。この実験には、お前が想像している以上にお前の協力が必要不可欠だ。」
「実験の危険性に関しては、被験者に危害を加える意図はないという言葉を信じよう。未知を切り開くのが研究である以上、予測できない事態は起こりうるものだ。」
当然ながら、決して褒められたやり方ではない。
だが、間宮が僕の意見に左右されることなどないのも分かっている。間宮は、自分が有益だと判断したことは絶対に成し遂げようとする人間だ。相談という名目で呼び出された今日の会話も、実際のところはただの協力依頼にすぎなかったのだろう。
「この実験、上手くいけば日本の心霊研究の流れを変えた転機として、間違いなく歴史に刻まれるだろう。俺はお前と共に、そこに名を残したいと思ってる。だから高部、俺と一緒に、この実験を成功させよう。」
柄にもなく、間宮がこちらに手を差し出してきた。
この実験は、おそらく正式な研究として認められることはないだろう。
だが、これを機に、日本の心霊研究という分野に関心が集まり、正式な実験手続きで研究が行われることの先駆けとなるのであれば、それは十分に価値のあるものだ。
荒れ果てた地に、僕たち二人が道を切り開くのだ。
「あぁ。よろしく頼む。」
そう言って、僕は間宮の手を取った。
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