「翡翠の皇子の冒険と様々の国制の物語Ⅴ」 - ジェルジンスキー

 語り坊主は続きを語ります。


 老農夫ハッサンから親切にも一夜の宿とパンを受け取ったジュドーフは、その恩に報いなければなるまいと考えました。また、本当のところを言えば路銀が心もとなくなっておりましたので、しばらくこの村で働かせてもらうつもりでした。

 この申し出は、老ハッサンをいたく喜ばせました。孫娘との二人暮らし、どうしても男手が足りません。麦畑の畝切り、麦蒔き、麦踏、毎日の羊の世話、小屋の修繕、水汲みと若い男にやってもらいたい仕事は山のようにあります。そういうわけで、ジュドーフは二週間の間、雇い百姓として、一日に銀貨半枚とまかない付きで雇われることになりました。



 彼ら三人の一日はこんな具合でございます。

 朝、日の出の前に起きてお祈りを済ました後、羊たちを囲い地に放す。その後、朝ごはんに大麦のおかゆを食べて、ジュドーフは麦畑の手入れと羊の放牧、ハッサンは関所の見張り、アイシャは小屋の掃除と繕い物とそれぞれの仕事にかかります。お昼には、関所近くのアカシアの木の下の木陰で、アイシャが用意したお弁当を食べます。お弁当は、もっぱらパンとナツメヤシで時々、羊のあぶり焼きという具合でした。

 午後もそれぞれの仕事がありますが、三人で小屋の修繕をすることもありました。藁葺き屋根はぼさぼさで、泥壁も大きなひびが稲妻のように走っており、隙間から土ぼこりが入ってくるありさまでした。ジュドーフとハッサンが土を練り、藁を葺き替え、アイシャは汚れた絨毯の染みと戦っております。二週間のうちたっぷり十二日間が小屋の修繕に当てられました。こうして、ハッサンのぼろ小屋は掘立小屋には違いない物の、見違えるほど住みよく、こざっぱりと整えられました。

 さて、仕事を終えますと、夕飯です。ここでももっぱら大麦の粥かパンばかりでしたが、ジュドーフはこうした食事になれておりましたから、文句などはございません。夕食後は、老ハッサンが昔話をしたり、アイシャが村のわらべ歌を披露することもございましたが、たいていはすぐに三人ぐっすりと眠りました。ハッサンには、蝋燭を買う金はとてもありませんし、みんな仕事で疲れているからでした。ただ、ジュドーフにとって不思議だったのは、アイシャの歌が、母親が時々歌っていたものとよく似ていたことでした。彼女は、ジュドーフを寝かしつけるときやほめるときなど、時々で歌詞を変えて、同じ旋律で歌ったものでした。


 ジュドーフはハッサンに頼まれて、市の立つ隣村へお使いに出たり、村長のところに伝言を持っていくこともしばしばでした。しばらく過ごすうちに、ジュドーフはこの農夫の国の国制がどんな物かを知りました。

 最初のうちは、生まれ故郷のグルカーの村がそうであるように、それぞれの役はそれぞれの家が代々引き継いでいく物とジュドーフは考えていたのですが、これはどうやら誤りのようでした。ハッサンが勤める関所守りの役も村長の役もみな、くじ引きか推挙で選ばれ、任期は一年から五年だというのです。また、ほとんどの役は三十年に一度しか就くことができないのだそうでした。

 ジュドーフを事に驚かせたのは、この仕組みが村だけでなく、郡や一番上の役(上の上の役:ラースムザーリャ)でも同じだったことです。老ハッサンや他の村人、アイシャが言うには、農夫の国で一番えらい役であるラースムザーリャは、五年ごとに開かれる大民会で三人が選ばれ、法、役、軍の三つを分担して仕事をするとの事でした。

 また、ジュドーフにとっては、この農夫の国の人びとはことあるごとに寄り合いを開いているように思われました。村の寄り合い、郡の寄り合い、国の寄り合い、その他にも、それぞれの役ごとに無数の寄り合いが持たれ、そこで万事が決まっていくようでした。グルカーでも寄り合いはしばしば開かれましたが、たいていのことは貴族の旦那方が差配していました。それに、グルカーの寄り合いは、麦一五俵分以上の畑を持つ人しか参加できない決まりでしたが、ここでは村人と認められれば、男も女も関係なく民会に参加することができるのです。さらには、ジュドーフのような外国人であっても発言しない限りは、寄り合いに参加できました。


 ジュドーフはしばしば、寄り合いでの話を聞きに行きました。寄り合いや、抽選を大切にする仕組みは、せいぜい十数年前に始まったことらしいのですが、多くの村人は盛んに自分の意見を開陳していました。ある寄り合いでは、物静かに見えるアイシャですら、はっきりとした言葉で村人と意見を戦わせていたのです!


 

 いよいよ、約束の二週間が過ぎ、ジュドーフが別れを辛く思っていたころのことでございます。隣村の触れ役人が大麦の穂を握り締めて汗をかきかきやってきたのです。大麦の穂の伝令は、緊急の民会が開催されることを意味しておりました。何かよろしからぬことが、この農夫の国に起こったのでございます。




「さて今日はここまで。汝らもし続きを得、知性と閃きの物語を楽しみたくば、銅貨三枚をば必ず持ち、この辻に来るべし。」そう言うと年老いた語り坊主は杖をついてひょこひょこ歩いていってしまいました。

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