第12話 魔力回路


「──うむ。なるほど。白髪の聖女、か。其方は少し前までそう呼ばれて恩恵教の連中に囲まれていたのだな」

「はい。まぁ、髪の色が変わった途端、手の平返しでしたけどね」

「だろうな。人間というものは神を少々勘違いしすぎている。神とは、そんなに人間に都合のいいものではない」


 ドリアードはため息を吐くと、エレナの髪を撫でる。優しく、優しく、まるで赤子を宥める母親のように。ドリアードの端正な顔が近づいて、エレナは思わず硬直した。


「其方も苦労したな。我にはその苦しみは分からんが、其方の魂が傷ついているのは視えているぞ」


 正直エレナにとってこのドリアードの言動は意外だった。妖精はその気まぐれ一つで人間を救いもすれば、一方で森や川に人間を引きずり込む魔族なのだ。正直この森に迷い込んだ時、真っ先にドリアードを探したのも一か八かの賭けに近かった。


「どうした? そんな間抜け面をして」

「いえ、意外だなって。妖精って、その……気に入った人間を捕えたり、逆に気に入らなければ殺してしまうという逸話もあるものですから」

「ほぅ。それはあながち間違ってないぞ。我は今、其方をどう喰ってやろうか思考中なのだが」

「えっ!?!?」

「きゅーう!?」


 エレナがルーと一緒に大きく後ずさると、ドリアードは小鳥のように可愛らしい声でクスクス笑った。揶揄われていることに気づいたエレナは頬を膨らます。ルーも安堵して、再びエレナの足元で昼寝を再開させた。


「すまんな。其方が愛いのでつい揶揄ってしまう。ちなみに気に入った人間を攫う云々の話だが、まぁそういうヤツもいるだろうというだけだ。我はそんなことはしない。そもそもここには人間は足を踏み入れようとはしないし、魔族からも食料配達以外は避けられているしな」

「あぁ、この森は人間界と魔界の境界線みたいな役割を担ってますもんね。それは誰も近づきたがらな……あっ」


 途端に、分かりやすく肩を落とすドリアード。どうやら孤独であることを随分気にしているらしい。


「あ、す、すみません、そういうことじゃなくて! あの、その……」

「いいんだ。我が独りぼっちである事実は変わらないさ……。この森から出ることもままならないしな。自由に世界中を旅できる風の精が羨ましいものだ……。それに比べて我は、こんな陰気な森で永遠に独り……」

「い、陰気だなんてそんな! わ、私は好きだなぁこの森! 緑がいっぱいで木も動くしポカポカ温かいですし!」


 エレナのぎこちない励ましに、ルーがため息を溢す。エレナ自身、今のフォローが不味かったのは理解していた。


(馬鹿! なんてフォローしているの私!? 緑がいっぱいなのは森なんだから当たり前じゃん! こんなんでドリアード様を元気づけることなんて──)


 ──しかしそんなエレナの予想を覆し、コロッとドリアードは表情を変えた。照れくさそうにもじもじと身体を動かす。


「そ、そうか? じ、実は我自身も、この森って他の森よりずっと洒落ているのではないかと常日頃から考えていてな。魔王殿の魔力も流れてくるから、他の森よりも広いし、自然が生き生きしておるしな!」

「え? あ、うん! 確かに! 大蜘蛛さんもいましたしね! あ、アハハハハハ……」

「うむ! 我は本当に其方を気に入ったぞエレナ。其方の為に我の出来る事なら何か協力してやりたいと思う。……あぁ、そういえばさっき魔力回路がどうとか言っていたな」

「っ! はい! 私、本当の魔王パパの娘になりたいんです。でも魔族の人達になかなか認めてもらえなくて……元聖女だし当たり前ですけどね。今までは光魔法を使えたのですが、神の加護がなくなった途端使えなくなってしまって……。だから魔法が使えるようになって魔族の役に立てれば認めてもらえるかなと。それで、丁度この森には魔力回路を透視できるドリアード様や聖遺物が存在しているとお聞きしたので……」

「……なるほどな」


 ドリアードが少し言葉を濁す。何か言いづらい事があるようだ。


「すまんがエレナ。聖遺物の件については力になれそうにない。聖遺物の気配は確かに我も感じているのでこの森にはあるかもしれないが、姿を一向に見せないのだ。故に行方が分からん」

「!」

「しかし魔力回路の件になると話は別だ。エレナには確かに魔力回路がある。まずはもう少し其方の回路を詳しく視てもいいか?」

「も、勿論です!」


 エレナはその一筋の希望に歓喜した。しかし次のドリアードの言葉でその表情が一変することになる。


「──では、エレナ。今すぐ服を脱げ」


「……。……はい??」

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