第13話 エレナに隠されていた力


 ──禁断の森。死の森と呼ばれ恐れられているその森で、二人の女性が肌を重ねていた。


「ど、ドリアード様……恥ずかしい、です……本当に、」

「ふふ、愛いではないか。ほれ、密着せよ。もっと強く抱きしめるぞ」

「あっ……」


 元々裸体に近い恰好だったドリアードと半裸のエレナの上半身が擦り合う。その度にエレナの身体がビクビク震えた。豊満なドリアードの胸とエレナの平均よりちょっと大きめ程の胸が互いを押し潰し合っている光景はなんとも卑猥だ。もしもこんな光景を見た者がいれば、誰しもがの前戯なのだと勘違いしてしまうだろう。しかし彼女らに下心はない。彼女達がこうして互いの身を宛がっているのはエレナの体内を巡る魔力回路をドリアードが透視する為である。肌を重ね合った方がより正確に魔力回路を把握できるというのでエレナも渋々了承した。至って真面目な行為なのである。


「ど、ドリアード様ぁ、ま、まだですかぁ!」

「うむ。もういいぞ。其方の魔力回路はバッチリ把握した」


 エレナがすぐにドリアードから離れると、慌てて捲っていた服に腕を通す。しっかりと胸元を正すと、エレナはようやく落ち着いた。ドリアードはそんなエレナを理解できないでいるようだ。妖精にとって己の裸体を晒すことは恥ずべきことではないらしい。


「そ、それで……私の魔力回路はどうだったんです?」

「うむ。エレナは魔力回路には色があるのは知っているか?」


 ドリアードの質問にエレナは自分の知っている知識を思い出す。ドリアードの質問に答えるとするならば、イエスだろう。魔力回路の色は所謂属性というものであり、人間が魔力回路を授かった場合は分かりやすく髪の色に現れる。ちなみにそれぞれの属性に因んだ魔法しか使えないというのも常識中の常識だ。

 しかしそれを考えると、疑問が浮かぶ。


「魔力回路に色があるのは知っています。人間に魔力回路が宿った場合は後天的なものだから身体への影響が大きくて、その証に髪の色が変色することも。でもそうだとするなら不思議に思う点があります。私の今の髪の色は金髪です。これは地毛ですから、魔力回路の色であるはずがないですよ」

「あぁ、まさにその事なんだが……」


 ドリアードが難しい顔をしていたので、エレナはゴクリと唾を飲んだ。


「……色なんだ」

「え?」

「黄金色なんだ。エレナの魔力回路は。やはり、その髪の色通りの」

「!!」


 黄金色。それはあり得ない事だ。何故ならこの世界の神は絶対神デウスのみ、大天使はミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルのみのはずなのだから。人間が魔力回路を宿す為には神か大天使の加護がいる。しかし黄金色など、それらの神や大天使に属する色ではない。


「そ、それって……じゃあ私には、デウス様や大天使様以外の神の加護があるということですか?」

「そういうことだ。うむ……もしや、“神の統合ラグナロク”でデウスの他に生き残った神が……いや、そんなはずがないか」


 ぶつぶつ独り言を繰り返すドリアードにエレナは首を傾げる。ルーが「きゅーう!」と鳴いた。そうして、何かエレナに伝えたいことがあるのかエレナの膝の上で立ち上がり、胸に前足をひっかける。


「ルー? どうしたの?」

「きゅ! きゅきゅーう!」

「おや、見たことない獣かと思えば……宝石獣カーバンクルか。随分と珍しいな」


 そこで、ルーがエレナの腕をぺちぺち叩いた。エレナはほんの少し痛みを感じる。どうやら先程の大蜘蛛とのやり取りで切り傷を負っていたようだ。

 ──しかしここで、不思議なことが起きる。


「えっ?」


 その切り傷が、みるみる内に塞がっていくではないか。これにはドリアードもびっくり仰天である。自動回復する人間など、天変地異の存在なのだから。エレナ自身、これには言葉も出ない。


「──、……え、え、き、ききっ、傷が癒えたぁ!!?」

「ど、どどっどうなっている!? エレナ、腕をよく見せてみろ!」


 ドリアードがエレナの腕をひっつかんで凝視するが、傷は綺麗に癒えていた。ドリアードとエレナは顔を見合わせて茫然とする。そんな中、ルーだけがどこか満足げだった。


「きゅ!」

「……エレナ、この宝石獣は何と言っているのだ?」

「分かりません。ですが、思い当たる節があります。先ほど魔法書を読んでいる時、ルーはやけに治癒魔法を私に勧めてきたんです」

「治癒魔法を?」


 ドリアードはルーに視線を落としつつ、顎に手を当てる。


「うーむ、宝石獣は全てを見通す幻獣と言われているし……もしかしたらエレナの魔力回路に属した魔法を見抜いたのかもしれないな」

「な、なるほど。ルー、貴女ってやっぱり凄いんだね」

「きゅきゅっ」


 ふんっと自慢げに胸を張るルーの頭を撫でながら、エレナは己の片手を見た。


(この肌の下に、奇跡と呼ばれるほどの治癒魔法に属した魔力回路が宿ってるなんて不思議だなぁ)

(……。……。……、……。……ん? ちょっと待てよ?)


「え、ど、どどっ、ドリアード様! そ、そそそ、それって、わ、私が、治癒魔法を使えるということですかっっ!?」

「そうだろうよ。今しがた自分の傷が癒えたのを見たではないか」

「え、ええぇ、そ、それって凄いこと……ですよね?」

「あぁ。とてつもなーく凄い。この妖精の我でも前代未聞の事で半ば夢心地だ」

「で、ですよね。で、でも、頬を抓っても痛い……夢じゃ、ない。と、いうことは私は──」


 ──魔族の皆の役に立てるかもしれない。皆に認めてもらえるかもしれない!


 エレナの頬が緩んだ。本当に、本当に嬉しさを噛みしめるようにエレナは見つめていた拳を握りしめ、ガッツポーズをした。そんなエレナにドリアードはやれやれと肩を竦める。


「その力を使って、自分との婚約を破棄した元婚約者を見返してやろうという発想に全く至らない点がエレナの長所だな」

「え?」

「いいやなんでもないさ。しかし不思議だ。もしもエレナに恩恵を与える神がデウスの他に存在していたとしても、どうも腑に落ちない。授けられた魔力回路が治癒に特化したものであったとしても、エレナ自身がその魔力量を精製できないことには意味のない代物だからな。魔王殿レベルの魔力リソースをエレナが所持していることになるが……」


 それはエレナが読んだ魔法書にも書いてあったことだった。神の加護で魔力回路を授けられたのであっても、実際に魔力を精製するのはエレナの心臓。つまりは治癒魔法の魔力回路があったからといって、魔王レベルの魔力量をたかが常人のエレナが確保できるはずがない。


「これは我の推測だが──エレナは魔王殿の血を飲んだと言っていたな」

「はい。それが何か?」

「魔族の血を飲むことはな、魔力供給と言って魔族の一種の医療行為だ。だが魔力回路に合わない魔力を流すことは即死レベルの大惨事を引き起こす為にリスクが高すぎる。人間が魔族の血を飲む場合はそもそも魔力回路はないから合わないなんてことはなく、ただ魔力を消費する形で一時的に身体能力を強化することは可能だ。魔王殿も恐らくそれを狙って、命を繋いでいる間にエレナに栄養を与えた……のだと思う。が……」

「私に、魔力回路があった。それってつまり、」

「あぁ。幸運的に、魔王殿の魔力はエレナの魔力回路に。その時にさらに奇跡とも言える何かが起きて、エレナの魔力回路に魔王殿の血を膨大かつ半永久的な魔力リソースとして取り込むことが出来た。故に、エレナは治癒魔法を使えるようになった。……としか、言いようがないと思う」


 エレナは少しややこしい話に混乱する。要は「元々持っていた謎の神の加護に加え、魔王の膨大な魔力も手に入れて奇跡の術を覚えた!」ということだろうか。それでもややこしいことには変わらないが。エレナはぼんやりと自分の胸に手を当てる。鼓動を微かに手の皮膚で感じた。この心臓を中心に、とてつもなく膨大な魔力が体内で巡っていると思うと不思議な気分だ。


(でも、この力を使えば──)


「……ドリアード様」

「ん?」

「私、治癒魔法を覚えたい。治癒魔法を習得して、パパの役に立ちたい」


 ドリアードはそんなエレナに口角を上げた。


「そうか。それなら──我でも力になれそうだな」

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