第11話 森の管理者ドリアード
突然降り注いだ一発に、大蜘蛛は慌てて避けた。そうして振り落とされた太い枝がエレナと大蜘蛛を繋ぐ糸を潰す。エレナは突然の事で驚いたが、我に返ってすぐに大蜘蛛から距離を取った。すると大蜘蛛を攻撃した樹木から、どういうわけか女性の声が響く。
「こやつは
大蜘蛛は悔しそうにエレナとルーに目玉を向けたが、くるりと身体を翻して大人しく去っていった。エレナは腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けていた。その視線はもはや大蜘蛛ではなく、“喋る樹木”に注がれている。
(──木が、喋ったぁ!!?)
そんな間抜け面のエレナに樹木が屈むように枝を伸ばした。どうやらここに掴まれということらしい。恐る恐るその枝に掴まると、エレナの身体が引き上げられる。抜けた腰がようやくエレナの身体を支え始めた。
「おい、小娘」
「は、はい!!」
「……ふむ。本当にただの人間の小娘ではないか。おそらく噂の“魔王殿の娘”だろうが……まぁいい。我は
喋る樹木はそう言うなり、まるで死んだかのように突然静かになる。エレナがルーと顔を見合わせ不思議に思っていると、その樹木の後ろからひょっこりとそれはそれは美しい女性が現れた。木々の葉の色にさらに木漏れ日の優しさと透明感を加えたような髪、同色の肌。そうして彼女の背中には人外を象徴する蝶のような羽が羽ばたいていた。ふわり、と不自然な風が彼女を包み、美しくその長髪を揺らしている。
化粧などしていないというのに完璧と言わざるを得ない彼女の美貌にエレナは心を奪われそうになった。女性はそんなエレナに豊満な胸をさらに張ってみせる。
「──どうだ? びっくりしたか?」
「え? あ、は、はい! こ、腰が抜けそうになるくらいにはびっくりしました!」
「ふふん。そうかそうか。正直者は嫌いではない。ちこう寄れ小娘」
女性の手招きに誘われて、エレナはゆっくり彼女の目の前まで歩み寄った。女性はまじまじとエレナを観察する。エレナの二の腕をふにふに触ってみたり、頬を横にびよーんと伸ばしてみたり好き放題だ。エレナはこの状況で断る勇気もなかったので、されるがままだった。
「ふむ? ふむふーむ! これが噂の人間の肌! 確かに風の精がたまに切り傷をつけたくなると言っていただけの事はある、柔らかい肌だな。おぉ、ここの膨らみもなかなか……」
「……っ、……あ、あの……あ、ちょっと……そこは、」
突然現れた翠の女性に好き勝手触られること十数分。やっとの思いでエレナは恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、す、すみません! どうして私は……その、こんなに貴女にふにふにされているのでしょうか!? 貴女は、一体……」
「ん? 柔らかいものがあればふにふにするのは当然のことだろう?」
女性はそう言って、エレナの肌から名残惜しそうに手を離す。トンデモ理論だとエレナは思った。
「──こほん。では自己紹介をしよう。我はドリアード。この禁断の森を司る妖精よ」
「っ! 貴女が、ドリアード様……!?」
道理で綺麗なはずだ。エレナは無意識にそう呟く。
妖精には森に迷い込んだ人間を導いただとか神の眷属であるとかいうお伽噺が多く、人間にも比較的慕われている珍しい種類の魔族である。しかしその一方で気に入った人間を森や川に引きずり込むという恐ろしい逸話も少なくはなく、人間をおびき寄せる為に容姿端麗なのだと書物に書かれているほどである。
故にエレナは褒めるつもりもなく、ただぽっと思った事を口に出しただけなのだが……その素直さがこの場では功を為した。ドリアードはすっかり機嫌がよくなり、エレナの顔を自分の豊満な果実に押し付ける。
「ふふふ。なかなか見る目のある小娘のようだな! その
「ぶふぅ!? む……むむ!?」
二つの果実に攻められるエレナ。窒息しそうになりながらも、エレナは果実以外の事に気を取られていた。それはドリアードの言葉だ。
「ぶはっ、ど、ドリアードさん! 今、私に魔力回路があると言いましたか!? ほ、本当に!?」
「?? うむ。確かにそう言ったが……」
不思議そうなドリアードとは対照的に、エレナの顔が太陽のように晴れやかになる。
「じゃあ、もしかして私も何らかの魔法が使えてしまったりするのでしょうか!?」
「あぁ。其方に魔力回路があるのだから当然だろう。なんだ其方、魔法を使ったことがないのか? そんな立派な魔力回路を持っておいて」
「いえ! 一応私、元聖女ですので使ったことはあるんですが……」
「元聖女?」
エレナは不思議そうに首を傾げるドリアードに自分の事情を話すことにした。元白髪の聖女であったこと、婚約者に婚約破棄され処刑されそうになったこと、しかし処刑直前で魔王の血を飲み命を救われたこと、魔王の娘として彼に寄り添う存在になると誓ったこと……。ドリアードは巨大きのこの笠に座り、それはそれは興味深そうにエレナの話に耳を傾けていた。
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