プロセスとkill



 予期せず手に入れた魔法書のおかげで、魔法が使えるようになった。


 しかも財布の中にはcpして増やした金貨が大量にある。


「スローライフの始まりだ……」


 本日から自分は、まったく働かなくても生きていける。それも湯水のようにお金を利用して、好き放題に人生を楽しみながら、自由気ままに生きていける。なんて素晴らしいことだろうか。


 おかげで鎌首を擡げてくるのは、不安だ。


「…………」


 夜、宿屋のベッドで横になっていると、どうしても考えてしまうのだ。


 もしも病気に掛かったらどうしよう。医療のいの字も危うい世界観、ペストのような致死性の流行病に巻き込まれたら、体力的に劣る現代人の自分は、まず間違いなく倒れるだろう。


 もしも戦争に巻き込まれたらどうしよう。国と国の付き合い方が成熟していない世界観、人と人の争いは随所で行われているという。マッチョに聞いた話、今いる町も二十年くらい前は渦中にあったらしい。


 もしも強大なモンスターに襲われたらどうしよう。剣と魔法のファンタジーという世界観に相違なく、こちらの世界にはモンスターが存在するらしい。その影響はピンきりで、子供でも往なせるものから、国が腰を上げても難しいものまでいるそうだ。


 そうして考え出すと、夜も眠れない。


 元の世界では当然であった安全が、こちらの世界にはないのだ。


 以前も癌だとか交通事故だとか、その手の恐怖は雑多に存在していたけれど、その度合がこちらの世界は殊更に強い。おかげで保証と保険にがんじがらめにされて生きてきた現代人の心が求めるのだ。


 安心と安全を。


「なんかないかな……」


 深夜、ベッドから起き出してコンソールを起動する。


 ちなみにタッ君は隣のベッドで眠っている。部屋は彼の為にツインで取った。本来なら誰かと一緒の部屋で寝起きとか、絶対に嫌なのだけれど、彼はめっちゃ静かで碌に物音も立てないから、ルームメイトとしては最高だった。


 しかも名前を呼べば鳴いて反応してくれる。


 癒やしである。


「……思い浮かばないな」


 コンソールから視線を上げて、部屋の天井を見上げる。


 基本的にこちらのシステムは権限管理がガチガチに固められている。


 wコマンドでさえPermission deniedになるくらいだ。


 他のユーザに影響を与える作業はまず間違いなく不可能だろう。


 /bin以下にも見慣れたファイルしか見受けられない。


 cpで金貨を増やせるだけでも十分凄いとは思うけれど、それでもやっぱり、どうしても気になるのが他所様のディレクトリ。/home以下をlsできるだけでも、かなり状況は違ってくると思うのである。


「あ、そうだ……」


 ふと思い至った。


 ここってどうなってるんだろう。


[sato@world ~]$ ls -al /tmp

Permission denied


 これも駄目ですか。


 なんかもういっそのこと、激しいのやってみるか。


[sato@world ~]$ kill -9 1




---killコマンド---

現在実行中のプロセスを停止するコマンド。

プロセスIDなる数値の羅列を指定することで、対象のプロセスを殺す。

IDの指定をミスると数千万の損害賠償をお客様から受けることがある。

オプション1の指定は、Linuxの根幹プロセスに相当。

これがキルされると、すべてのプロセスが落っこちる。

部長がお客様の下に、菓子折りを持って駆けつける羽目になる。

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 ちょっとドキドキする。


 でもまあ、この場合はきっとPermission deniedに……


[sato@world ~]$


 ならないっ……!?


 え、嘘、それじゃあどうなって――――


『ぐぁ! ぐぁ! ぐぁ!』


 直後、視界の隅でおかしな現象が起き始めた。


 真っ黒な何かが、こっちに向かって迫ってくる。


 宿屋の部屋の隅の方から、まるでじわじわと滲むように。


 それこそまるで、世界が消え始めたかのような。


「ちょっ……」


 嫌だ、何これ怖い。


 っていうか、どうなるのこれ。嘘でしょ!?


 そうして驚いたのも束の間のこと。


 タッ君共々、自分は真っ黒な何かに飲み込まれた。




◇ ◆ ◇




 身体がビクリと震えると共に、意識が覚醒する。


 目に入ったのは天井。


 見慣れた自室の風景だ。


「……夢か」


 あぁ、よかった。っていうか、最後の方、マジで驚いたよもう。


 寝ていたのに身体がリアルにビクッとした。


 まず間違いなく仕事のし過ぎでしょう。


 来週あたりは定時上がりで済ませて、撮り溜めたアニメでも消化しようじゃないの。きっと身体がアラートを上げていたのだ。そうでなければ、こうまでも仕事に直結した夢を見ることはあるまいよ。


『ぐぁ』


 直後、何かの鳴き声が響いた。


 どこかで聞いたような声だ。


 そう、ペンギン的な。


「…………」


 シーツの上、そんなまさかと思いつつ身を起こす。


 ベッドに座った姿勢で、ぐるりと室内を見渡す。


 すると、これはどうしたことか。


 部屋の出入り口の辺りに丸っこいシルエットが。


「そんな、お前っ……」


『ぐぁ』


 小さく鳴いた彼の手前には、真っ黒いコンソールが浮かんでいた。





---4月1日---

ハッピー、エイプリルフール。

一年で一度だけ、嘘をついてもいい日らしい。

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スキル☆Linux ~異世界転生で学ぶLinuxコマンド~ ぶんころり @kloli

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