利根川さんのお家で

 十二階建ての県営住宅。十階の角部屋が利根川さんの家だった。誰もいないみたいで部屋は真っ暗。「お、おじゃましまーす」私の初めて友達の家にお邪魔になることによるドキドキ満載の挨拶は目の前の闇に飲まれていった。「お父さんとお母さんは?」と私が訊く前に、「共働きなの」と言って利根川さんは玄関の電気をつけた。パッと目の前が明るくなった分静けさが増した気がした。

 そういえば、私は利根川さんについて何も知らない。一人っ子なのかそれとも兄弟がいるのか。好きな食べ物とか。友達についての基本中の基本の情報すら持っていない。そして、今更それらについて訊いていいのか分からない。

 利根川さんに導かれリビングに行くと、天井すれすれまである背の高い本棚が壁を埋めていた。何やら難しそうな本がたくさん。まじまじと本棚を眺めていたら、トントンと利根川さんに肩を叩かれた。振り向くと利根川さんは電話を指さして「家にかけてあげる」と言った。今日日スマホ持たせてもらえない中学生なんて私くらいだよと少し情けなくなる。今日日の使い方が正しいか分からないけど。

「ごめん、ありがとう。自分でかけるよ」怒られるのではないかと内心ハラハラしながら、母の携帯にかけた。

「はい、平松です」と外行きの少し高めの母の声がなんだかおかしかった。でも、私とわかった途端案の定怒られた。

「あんたどこにいんの!?友達の家?また迷惑かけて」耳がキーンとなるくらいの怒鳴り声で思わず受話器を遠ざける。その様子を見ていた利根川さんが私に受話器を渡すようにジェスチャーをした。私は申し訳ない気持ちになりながら受話器を託した。

「はじめまして利根川です。愛理さんとはいつも仲良くさせていただいています。ごめんなさい。私が家に呼んだんです。ええ、わかりました。はい、よろしくお願いします。いえ、お気になさらず」

 利根川さんはその後も母と会話をしていた。私はというと、どこか気まづくてリビングを見渡したりしていた。ダイニングテーブルにはラップのかかった炒め物が真ん中に置いてあった。その手前に『チンして食べてね。ママより』と書かれた小さな付箋が貼られていた。

「平松さん、お母さんが八時くらいに迎えに来るって」

「ごめんね、電話任せちゃって」

「いいよ」

「うちはたんしんふにん?でお父さんが家にいないから、お母さん、その分心配性で」

「そうなんだ」と言うと利根川さんは何かに納得したように二三度頷いた。

「そうだ。見せたいものがあるの」そう言われて利根川さんの部屋に案内された。

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