第5話 消えたぞうきんと友達の距離
翌日、ぞうきんが消えた。放課後、部室で初めて部活動らしい過ごし方(つまり人形劇の練習)をしていた時だ。突然、部室の戸が開いた。家庭科の先生かと思ったが違った。利根川さんだった。
「ぞうきんが消えた」
利根川さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。いつもののんびりとした抑揚のない喋り方をする彼女ではなかった。明らかに取り乱していた。おかゆ先輩とやまみちゃんは「ぞうきん?」とハモって二人揃って首を傾げた。なんだかわからないけど、一大事だと思った私は「ごめん」とだけ言い残して、利根川さんをつれて部室を出た。
誰もいない教室で私たちは無言だった。吹奏楽部の練習が聞こえる。コーラス部の歌声が聞こえる。グラウンドからは体育会系の部活の子たちのいきいきとした掛け声。
私が「何があったの?」と訊いてから、利根川さんは黙って俯いてしまった。私はこういう時になんて声を掛けたらいいのか言葉を必死に探していた。まず状況がわからない。ぞうきんが消えたってどういうこと?もしかしたら、利根川さんも状況を上手くのみこめていないのかもしれない。とりあえず、ぞうきんがいない。それしかわかっていないのかもしれない。
すると、突然利根川さんが私に抱きついた。私はびっくりしてなぜか両手を挙げてしまい万歳してるみたいなポーズになった。利根川さんは泣いていた。挙げたまま迷子になった両手で私はもじもじしながら利根川さんを包んだ。はじめのうちは静かに泣いていた利根川さんだったが、次第に嗚咽になり、気がつくと私は彼女の頭を優しく撫でていた。
「大丈夫、大丈夫だよ」と口から出たが、何が大丈夫なのか自分でもわからなかった。
それから私たちは一緒に裏庭へ行った。ぞうきんはどこかに隠れてるだけかもしれないから探してみようと、自分自身にも言い聞かせるように私が提案したのだ。利根川さんはたくさん泣いてスッキリしたのか、少し表情が明るく見えた。いつも無表情で何を考えているのよくわからない彼女のことを、私はだいぶわかるようになったのかもしれないと思った。それとも、私の前では表情に出るのだろうか。だとしたら彼女なりに私に対して友情を感じてくれているのだろうか。だといいな。そんなことを考えながら、鶏小屋を探し回った。しかし、いくら探せどぞうきんは見つからなかった。今度は私が泣きそうな気持ちになった。まさか、誰に見つかって酷い目にあったんじゃ、それとも先生に捕まって保健所送り……。最悪の展開がいくらでも思い浮かんだ。そして、最後までぞうきんは見つからなかった。
「帰ろ」と利根川さんが言った。私は無言で頷く。帰り道、二人とも一言も発することなく歩いた。家の方向的に後数十メートル先の交差点でバイバイだ。何か言わないといけない気がする。でも、何も言わないまま、交差点に差し掛かった。バイバイと言おうとした時、利根川が思わぬことを言った。
「私の家にこない?」
「え?」
私は返事に困った。長い時間探していたからもうすっかり辺りは暗くなっていた。母親に叱られると思った。私の気持ちを察したのか利根川さんは「家の電話使っていいよ。私から平松さんのお母さんに説明してあげる」と言った。私は行くことにした。友達の家に行くことが初めてだと気づいた。
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