第4話 限界
人形劇部で随分と話し込んでしまったようで、辺りは薄暗くなっていた。やまみちゃんの話が利根川さんであるとわかっていても、雑草生え放題、木は剪定されず枝があちこち伸び放題の校舎裏は実に薄気味悪いものだ。
利根川さんはすでに帰ったのか、ボロ小屋には人の気配どころか生き物の気配がなかった。恐る恐る(なにを恐る恐るになる必要があるのか)小屋を覗くと、ぞうきんが居た。夜分の餌が置いてあるということは利根川さんはもう帰っていたようだ。できれば利根川さんにはいて欲しかった。利根川さんが校舎裏に行くのを見てるのがやまみちゃんだけとは言いきれない。私はケータイを持っていない。こんな時にケータイをもっていたら、連絡をとれただろうに。前回の中間テストで「赤点取らなかったらケータイ買ってあげる」と言った母親と、母親の期待を裏切らずに赤点をとった己を恨む。そんな私の気持ちなんて少しも汲む気のないぞうきんが「ふー!」と迷惑そうに鳴いた。お前で悩んでるんだぞ!と言ってみたところでぞうきんには響かない。
さて、人形劇部の二人には何と報告したものか。何も無かったと言うか。しかし、怯えてた割に興味津々だったおかゆ先輩がどういう反応を示すかが読めない。化け猫が出たとでも言おうか?それだとやまみちゃんが興味を持つかもしれない。困ったな。いっその事、正直に二人には内緒にしてくれと真相を話すか。いや、それは何だか利根川さんを裏切るようでしのびない。
答えの出ないまま私は部室に戻った。部室の引き戸の奥から二人の談笑が聞こえる。まったく、困ったな。戸を開けると、ピタリと談笑をやめ、二人とも私の方を見て顔をこわばらせた。ぐるぐるとない知恵を絞っていたので、神妙な顔つきになっていたらしい。二人ともただならぬ事があったのだと確信した様子だ。
「な、何かいたんですね」とやまみちゃんが固唾を飲んで訊く。
「化け猫か!?」とおかゆ先輩が期待の眼差しを向ける。
「じつは…」と言ってから私はその先の言葉を用意していなかったことに気づいた。
「じつは?」と二人がハモる。
「じつは……裏庭に幽霊はいなくて…ほん―」と意を決して真実を話そうした時だった。
ガラッ!と乱暴に戸が開いた。私たちは飛び上がらんばかりにビクッと肩を震わせた。
「お前ら何時だと思ってんだ!校門締めてまうぞ!」
見回りに来た体育教師の橋詰先生だった。時計は19時まであと数分の所を指していた。一瞬にして裏庭の幽霊などどうでも良くなった私たちは小声で「すみません」と言うと逃げるように下駄箱に急いだ。そして、それぞれの帰路に着いた。怒られはしたものの橋詰先生に救われた形だ。すっかり暗くなった夜道で一人、もうぞうきんを飼うのは限界なのではないかと考えていた。
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