第11話(最終話)BAD END LOVE
そしてそのたびに
司くんは笑顔だったが、口の端がひきつっているのが見て取れた。
うちの彼氏が本当に申し訳ありません……。
やがて、ある日の昼休み、もはや日常となった、司くんといつもの四人を合わせた昼食を楽しんだあと、あの日のように机にいつの間にか手紙が入っていた。
「どうしたの、こんなところに呼び出して」
放課後、アタシが来た場所は校舎裏の大きな木が生えてる場所。
その樹の下で告白すると永遠に結ばれるとか、そういうよくある七不思議的な噂が立っている木だ。樹齢何年なんだろう。
呑気にそんなことを考えていると、待ち合わせの相手――司くんは、つかつかとアタシに歩み寄ると、優しくハグしてきた。
ロシア人の血が流れていると言うし、海外流の挨拶かな? と思っていたら、身体は離れたものの、両肩に手を乗せられたまま、じっとアタシを見つめる司くん。
「……あの、なんなの?」
「もうすぐ水上くんがここに来る」
「例の妨害電波アプリは?」
「実は使ってないんだ」
司くんは紫色の瞳で微笑んでいて、夕焼けの光が銀髪に反射して、一種の芸術のようだった。
「水上くんの前で、見せつけてやりたいから」
その言葉の真意を理解できず戸惑うと、誰かが草を踏みつけて走ってくる音がする。
「――やあ、来たね、水上くん」
「天童ゥ……!」
水上は狂犬のような獰猛な瞳で司くんを睨みつける。
「その手を離せ……
「嫌だね」
司くんはいつもの微笑みでアタシの頬を両手で包んで――唇が、塞がれた。
水上は瞳孔を見開き、呆然とアタシと司くんのキスシーンを見つめる。
……そして、発狂したように叫んだ。
「天童ゥゥウ! テメエ、殺してやる!」
そして、いつか変質者に遭遇したときのように、ポケットに常備しているカッターナイフをポケットから引き抜き、司くんに駆け寄る。
――制服の布が破けて、赤い鮮血が、その布を濡らした。
「司くん!」
司くんが、水上に斬りつけられた。
腕でガードしたので怪我をしたのは腕だけだったが、司くんは勝ち誇ったように宣言する。
「やったね!? 今! 君は傷害罪を犯した! 傷害を起こしたストーカーは逮捕される! これで愛しの楓さんとは離れ離れだね!」
どこから涌いたのか、黒服の男たちが水上の背後から現れ、その手からカッターナイフを叩き落とし、水上の身体を地面にねじ伏せる。
「畜生……ハメやがったな、畜生!」
水上は黒服の男に地面に押さえつけられ、息も絶え絶えに呪詛を吐いた。
――やがて、警察が到着し、水上はパトカーに乗せられていった。
「さて、行き先は刑務所か少年院か……とにかく、君は彼から解放された。おめでとう」
喜んでいいのか、正直わからない。
しつこく絡みついていた人間が、突然いなくなった空白感は。
「楓さん、君はもう『同盟』に入る必要のなくなった人間だけど……今度こそ『同盟』に入ってくれないか? 君には僕の隣を支えてほしい」
紫色の瞳が、アタシを捕らえて離さない。
「君が、好きなんだ。だから、あのストーカー男とは別れてほしかった」
この美貌の少年と、付き合える?
アタシは心のなかで水上と司くんを天秤にかけてしまった。
どっちもイケメンだけど、司くんのほうが好みだし、ストーカー社会を変革してくれる、それはこの社会を良くしてくれることだと思う。
アタシの選択が間違っていたなどと、この時点で誰が言えようか。
アタシは『同盟』に参加し、司くんを新たな恋人として、社会活動に励むことになった。
どうやら司くんは、かなりのお坊ちゃんらしい。なんと、ストーカー社会を生み出す元凶となったあの悪法を生み出した悪徳政治家は、司くんの曽祖父だという。
そのことに責任を感じているらしく、彼の活動は熱心であった。マスコミの取材にも謙虚に応え、『現役高校生革命家』として一躍有名になった。
もちろんその活動を潰そうとする者はいた。なにせストーカーが中心となってしまった社会だ。司くんの写真一枚から身元を割り出して、家に放火されそうになったこともあったという。
しかし、放火も罪に問われる。警備員に発見され排除され、お金持ちの司くんに手を出せたのは水上
アタシは司くんの補助役として、常に隣に立っていた。司くんと同じ学力レベルの大学に入るのには随分苦労した。
やがて大学を卒業した司くんは政治家になり、『ストーカーは犯罪者だ』と声も高々に訴えた。
ストーカーの被害者の一部は司くんに投票した。黒服など、司くんの側近たちも組織票を入れた。しかし、まだ国民の理解が足りなかった。あまりにストーカーに慣れすぎていた。
秋野が逮捕されたとき、紅葉は静かに涙を流した。
パパが逮捕されたとき、ママは発狂寸前だった。
この世界は狂っていた。
しかし、「ストーカー行為はいけないことだ」と喧伝した効果が出始め、だんだん司くんの票田は膨らんでいった。
若き総理大臣となった司くんと『同盟』の努力は実を結び、やがて世界は正常になった。
――少なくとも、アタシは自分をこの世界の異物だとは考えなくなった。
総理大臣の妻、つまりはトップレディになったアタシは司くんと幸せに暮らしている。
今も司くんと一緒にアルバムを見ているところだ。
……しかし、なぜアルバムの写真の中で、私以外はぼかされたりモザイクになってたり黒く塗りつぶされたりしているんだろう? 変なの。
「君は僕の大切なお人形だからね。たくさん愛してあげるね」
司くんはそう囁きながら、アタシに優しくしてくれる。とても幸せ。みなかみって、誰だっけ?
――世界は正常になったが、今度はアタシが狂ってしまっていた。
【BAD END】
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