第10話 天童司と『同盟』

松崎まつざきさん、一緒に『同盟』に入らないか?」

 放課後、夕焼けの差し込む図書室。

 転校生の天童てんどうつかさくんに呼び出されたアタシは、『同盟』という謎の単語に動揺した。

「ど、同盟……? 何の……?」

「松崎さん、君は水上みなかみくんにストーカー行為を受けている。そしてそれが嫌なんだろう?」

「それは……そうだけど」

 ぶっちゃけ、嫌なのはそのとおりである。

 写真を撮るにしても、盗撮なんて回りくどいことをしなくたって、「撮らせて」と言ってくれればピースくらいはしてやるのに。

「この同盟はストーカーを許容している社会をひっくり返すための組織だ」

 そう言って、天童くんはアタシを待っている間読んでいたらしい分厚く大きい本を私に指し示す。どうやらこの国の法律の本らしい。

「この法律書によると、この国では傷害・殺人をしない限りストーカーは逮捕されない。ストーカーに困って同盟に入った者の中には途中で監禁されて今も自由を奪われた人間がいる」

 天童くんの言葉に、アタシは息を呑む。

「この盗聴・盗撮妨害アプリを長時間使用しているとあのストーカーに勘付かれる可能性がある。だから即断してほしい。同盟に入るか入らないか」

 天童くんは自分のスマホを指差してアタシに決断を迫る。スマホの画面には『妨害電波発生中』の文字が表示されている。そんなアプリあるのか。アタシも入れようかな。

 ……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「その『同盟』とやらに入ると、何が出来るの」

「この悪法を作ったのはとある悪徳政治家だ。僕たちの最終目標はこの法律を撤廃してストーカー連中を一網打尽にし、監禁されたり監視されて自由を奪われている人々を救うこと。……とはいえ、この法律が施行されて長い年月が経ちすぎた」

 パタンと分厚い本を閉じて、天童くんはその表紙を撫でる。

「いまやこの国が狂っていることに気づいている人間は少数だし、気づいていても賢い人間は口には出さない。ストーカー共に何をされるか分からないからね。何しろ写真の人物の目に映った風景から住所を特定できるような奴らだ。この国はストーカーにとっての天国さ。君の友達も幼馴染のストーカーと懇意にしているようだね?」

 秋野あきの紅葉もみじはこの狂った国の代表者のようなものだ。ストーカーでありながら捕まらず、恋人にストーキングを受け入れてもらい、末永く幸せに暮らしている――。

 それもまた一つの愛の形なのだろう。しかし国ぐるみでやられても困る。

「それで? 君の答えが聞きたいのだけれど」

 天童くんはアタシの顔を覗き込む。

「アタシは――」

「――かえで、みぃつけた!!!! 天童と一緒なんて偶然だなあ、勉強でもしてたのかなあ!?」

 バァンと勢いよく図書室の扉を開き、水上が転がり込んできた。

 偶然を装っているわりにはめちゃくちゃ息を切らしている。

「うーん、今回は時間切れだね」

 天童くんは後ろ手にスマホを操作し、妨害アプリを切ったようだ。

「あの、天童くん――」

「司、でいいよ」

「アァ!? 俺だってまだ名字呼びだぞゴルァ!」

「じゃあ、また今度。いい返事、期待してるよ、松崎さん」

 天童くん――司くんは水上の言葉を無視してポンとアタシの肩に手を置き、法律書を書架に戻しに行ってしまった。

「ホンット馴れ馴れしいわアイツ。俺の楓に触りやがって」

「アンタも馴れ馴れしいし触るな」

 司くんが触ったアタシの肩を何故か摩擦するように『上書き』している水上の手を、ペシッと叩いた。

「……で、アイツと何話してたの」

「何だっていいでしょ~。ほら、もう帰ろ」

「はぁい」

 リードをつけなくても飼い主に従順に付き従う忠犬のように、水上はアタシの後ろをついてくる。

 司くんはその様子を、眉間にシワを寄せながら苦々しい表情で見つめるのであった――。


〈続く〉

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