第2話 ストーカーとの帰り道

 今日も学校へ行き、授業中にノートに落書きをしながら教師のありがたい講義を聞き流し、お昼を食べて友達と談笑して、午後の授業はコクリコクリと居眠りをして、掃除当番を終わらせて、今は家路につこうと帰り支度をしているところだ。

かえで、一緒に帰ろう。最近は変質者が出るらしいから」

「アンタに変質者って言われる変質者も可哀想ね」

 ストーカー彼氏――水上みなかみにしきの申し出に、アタシ――松崎まつざきかえでは冷たく返す。

 しかし、周りのアタシたちを見る目は何故か生温かい。

「水上、頼れる男だな~。ヒューヒュー」

「水上くんみたいなイケメン彼氏と放課後デートなんて羨ましい~」

「頑張ってね、松崎さん!」

 何をどう頑張れというんだ。隣の彼氏に拉致監禁されないように気をつけるのが精一杯だ。

 何故かこの学校の人間たちは、水上がストーカー行為を働いていることを承知していながら、それを容認していた。この世界は狂っている。いや、アタシがおかしいのか?

 もう、何もわからない……。

 額を片手で押さえる私のもう一方の手を引いて、水上は上機嫌で学校をあとにする。

「楓と隣で一緒に帰れるなんて嬉しいな。今までは後ろから見守ることしか出来なかったから」

「いや、後ろから見てたの!? キモッ!」

「だって、楓は俺が誘う前にさっさと帰っちゃうから」

 そりゃそうだ、ストーカーなんかと一緒に帰りたくねえよ。住所特定されたくないし。

 しかし、背後から監視されていたのなら、家の場所なんてとっくにバレているんだろう。

 私はため息をつきたくなるのを必死でこらえていた。

「……あのさあ、アタシの知らないところで監視されるの気持ち悪いし、ひと声かけてよ」

「声かければ一緒にいてくれるってこと?」

 水上の目はキラキラと輝いていた。クソッ……顔は好みだから悔しい……。

「……言っとくけど、アンタがアタシ好みの顔だから付き合ってやってるだけだから、勘違いしないでよね」

「この顔でこの世に生まれてきてよかった」

 水上はそう言って優しく微笑むのである。……なんかこれ、アタシが悪女みたいじゃん。

「ね、帰る前にどっか寄ってかない? 暗くなる前に送るからさ」

「え~、アタシまっすぐ帰って動画サイトでも見たいんだけど」

「ああ、いつもこのくらいの時間に楓の好きな動画投稿者の新作動画投稿されるもんな」

 いや、なんでそこまで知ってるんだよ。怖っ。

「……でも、その動画投稿者に嫉妬しちゃうなあ。楓の大事な時間を削って、自分の動画を見させるなんて、罪深い……」

「アンタねえ……一応忠告しとくけど、アンチコメとか書き込んだらアタシが怒るからね」

「ふふ、怒った楓も可愛いけど……まあ、楓がそこまで言うならやめておこうかな」

 絶対コイツ本気でやる気だった。危ない。動画投稿者に迷惑かけたくないし……。

「でも、今日は俺にも時間使ってほしいな? 動画なんてあとでも見れるでしょ? どうせ寝る前にまた見てるんだから」

「いや、だからなんでそんなこと知ってんの?」

「俺は楓のことなら何でも知ってるんだよ?」

 怖い怖い怖い。

 あとずさりすると、誰か後ろにいたらしくぶつかってしまった。

「あ、サーセン――」

「楓!」

 水上が突然アタシの腕を引いて自分のほうへと引き寄せる。

 え、なに? ここで拉致監禁のフェイズに移行するの?

 ぶつかった相手に助けを求めようと顔を向けると、男――らしい。女性用のパンツを頭からかぶり、これまた女性用のブラを服の上からつけている。

「――へ、へへへ変態だァーーー!?」

「出たな、変質者」

 水上はポケットから大きめのカッターナイフを出して男に突きつける。

 いや、コイツ、ポケットにいつもカッター忍ばせてんの? そっちも怖い。

 ダメだ、助けを求められる相手がいない。この世界にはマトモな人間はおらんのか。

 カッターを構える水上と、変質者が対峙する。ストーカーVS変質者。いい勝負になりそうですね。多分いまのアタシの目は死んでる。

 しかし、変質者の背後からバチッと火花が飛ぶような音がして、変質者はそのまま前のめりに倒れた。

 何が起こったのか理解に時間がかかった。

「楓ちゃん、水上くん、大丈夫!?」

「……あ、紅葉もみじ……?」

 アタシの安否を心配して抱きついてくるのは、アタシの友人、照山てるやま紅葉もみじだ。

「錦……助太刀したけど、もしかして邪魔だった……?」

「いや? 助かったぜ~秋野あきの

 紅葉の彼氏――秋野あきの夕陽ゆうひは、スタンガンを手に持っていた。護身用……だろうか? 護身用にスタンガン持ってる高校生も嫌だけど。

「とりあえずこの変質者、警察に通報して突き出してもらうか」

 水上が警察に電話をかけ、変質者は敢えなく御用となった。どうせならこのストーカーも連れてってほしいものだが。

「いやはや、逮捕へのご協力、ありがとうございます! 仲の良いカップルで羨ましいでありますな」

 警官はそう言って敬礼してパトカーで去っていった。あ……ストーカーとその被害者がカップルに見えてるんだ、警察って……。

 本当に、この世界は狂っている。

「――さて、すっかり暗くなっちゃったし、今日はデートはなし。このまま送ってくよ、楓。またあんな変態に出くわしたら大変だからね」

 そう言って、水上は優しく微笑みながらアタシと指を絡める。

「紅葉、僕たちも帰ろう……」

「うん。じゃあね、楓ちゃん、水上くん」

「また明日、学校でね」

 紅葉と水上はひらひらと手を振りあう。

 どうも、幼馴染の秋野と紅葉は家も隣同士らしい。さぞかしストーキングが捗るだろうな。

 秋野夕陽は、照山紅葉の幼馴染であり、彼氏であり――ストーカーでもある。

 紅葉はまったく気にしていない様子だが、プライバシーを侵害されてなんとも思わないのだろうか。

「楓、怪我とか無い?」

「無いけど……変態に触っちゃった……」

 おえー、と舌を出して吐く真似をしたアタシの背後に回り、突然後ろから水上が抱きしめてくる。

「な、なに」

「上書き」

 一瞬ちょっと何を言ってるのか分からなかったが、変態に触れてしまった部分を『上書き』してくれているらしい。

 いや、イケメンに背後から抱きしめられるのは悪い気分じゃない。ストーカーじゃなければ。

 このまま誘拐されるのでは、心臓がバクバク言っている。

「ドキドキしてくれてる?」

「主に恐怖心でね」

「ああ……あんな変態に出くわすなんて、怖い思いをしたね、楓。可哀想に……」

 いや、そっちの恐怖じゃなくて。いや、女性用の下着を身にまとった変態もある意味怖かったけど。

 水上はアタシを後ろから抱きしめながら、よしよしと肩を撫でる。

「じゃあ、もう帰ろうか。大丈夫、俺が守ってあげるから……ね?」

 水上がポケットに手を入れると、チキチキ……とカッターの刃が動く音がした。

 うん、これ、逆らったらアタシがヤバいやつだな。

 アタシはおとなしく水上と恋人繋ぎをしながら家路につくのであった。

 水上に住所がバレることになるが、それはもう仕方ないと諦めた。


 アタシの家の前に着いても、水上は絡めた指をなかなか離そうとしない。

「ああ、帰したくないな……このままお持ち帰りしたい……」

「そのへんにしとけよ、水上」

「冗談だよ。このくらいで勘弁してあげる」

 睨むアタシに顔を近づけて、額にチュッと口づけされる。アタシは恐怖で身体が固まった。

「――じゃあね、楓。また明日」

 水上は手を振りながら夜の闇に消えた。このあたりは街灯が少ない。それで純粋に心配してくれたのもあるんだろうけど……。

「……ビックリした……」

 そうつぶやきながら、アタシは家のドアを開けたのだった。

「ちょっと、楓? 帰りが遅いと思ったら、あのイケメン、なに?」

 ママがエプロン姿で仁王立ちをしてアタシに尋問する。いや、気になるのイケメンのほうかよ。

「アタシの彼氏を名乗るストーカー」

 アタシは正直に質問に答える。

「あらやだ、ストーカーなんて、私とパパの付き合い出した頃みたいね。ねえ、パパ?」

「うんうん、僕は今もママの寝息を録音してたりするけどね」

「やだ~、恥ずかしい~」

 ……やはりこの世界は狂っている。


〈続く〉

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